外伝十六話:ガールズトーク
「そんな過去があったんですか……」
「宗一郎と比べたら、全然悲惨でも何でもないわ」
わたしの過去なんて、せいぜいその程度のものだもの。
エルフたちの下らない嫌がらせから逃げ出して自由を得られたのだから、それなりに上手く行っているとわたしは認識している。
いや、わたしは逃げたのではない。
母に連れられてとはいえ、わたしは故郷を捨てたのだ。
エルフの国に居た時よりも、今のサルヴィの方がずっと居心地が良い。
ハーフエルフに全く偏見のない人々が居るとは知らなかった。
おかげで良い日々を過ごさせてもらっている。
……もしかしたら心変わりをして、故郷に戻る日が来るのかもしれない。
ろくでもないとはいえ、それでも故郷には変わりない。
戻れる故郷があるだけマシなのかも。
それよりも、宗一郎の方が悲惨だった。
彼は故郷を捨てたのではなく、追われたのだ。
戦乱によって。
聞く所に寄れば、宗一郎は武家というものの当主の息子だった。
彼の家系である三船家は、小国と言えども精鋭ぞろいで侮りがたしという評価だったとか。
でも当主が戦争中に死んでしまい、家中が混乱の最中に二つの強国に領国を奪われてしまった。
宗一郎たちは辛くも脱出したものの、流れた辺境の国で母親も死んだ。
弟たちとは途中ではぐれ、生死もわからないという。
そしてシン国に行った後、師匠にあたる人も海の藻屑となってしまったとか。
それでも宗一郎は、自由を得られたのだから今の方が幸せだと言って笑う。
わたしはその笑顔が眩しかった。
ふと、唐突に思い当たる所があった。
わたしも宗一郎も天涯孤独だ。
わたしの父は生きているかもしれないけど、何処にいるかもわからないのでは死んでいるのと変わらない。
宗一郎もまた、戦乱で家族をほぼ失った。弟たちも行方不明。
だから惹かれ合ったのかもしれない。
誰も親族が居ないというのは、しがらみがなく自由なのかもしれない。
わたしが会ったハーフエルフたちは、一人でいる者が多かった。
でも夜に一人で眠っていると、時々不安が鎌首をもたげて背中から這い上がって来る。
ハーフエルフもエルフ程ではないにしても、寿命は長い。
五百年は生きると言われている。
まだ五十年しか生きてないのにそれ以上の年月を一人で過ごすなんて、わたしには耐え難い事だった。
宗一郎はどう思っているのか知らないけど、わたしは家族を作りたい。
宗一郎の子どもなら四人は欲しいな。
ハーフからクォーターエルフになったら寿命はどうなるんだろう。
更に短くなるのだろうか。
そんな事を考えていると、アーダルから問い掛けがあった。
「あの、ミフネさんと最初に出会った時、どんな印象を持ちました?」
「印象ね……。やっぱり見慣れない、変な服装の人が居るなってくらいで。まあ物珍しくはあったけど」
「そうですよね」
もちろん刀を使うサムライという連中は見かけない訳じゃない。
でも東国の本物の侍、武士という存在は今のところ宗一郎しか知らない。
宗一郎の剣技はどの似非サムライの剣よりも鋭く、風のように早く、何物であろうとも一刀の下に真っ二つに斬り伏せるのだ。
「最初は臨時で組んだのよ。寡黙で修行僧みたいな人だなって思ったけど、先陣を切ってどんどん魔物を一撃でばっさばっさと斬って行くから凄い頼りがいがあるなって評価になったわね。いつの間にか臨時パーティのリーダーになってたわ」
アーダルがうんうんと頷いている。
「めちゃくちゃわかります。凄い、頼りがいがありますよね。わたしもサルヴィの迷宮の地下一階で、
「そんな事があったの?」
「ええ。その後、組んでた仲間も蘇生してくれた上に、いつの間にかサルヴィに来て死んでいた父を蘇生させるために、盗賊の迷宮に一緒に潜ってくれたんです」
確かに、盗賊の迷宮を一緒に攻略したとは聞いたけども、最初の出会いがそんな感じだったとは知らなかったわ。
「迷宮内で困ってるパーティを助けるとか、普通の冒険者はあんまりしないわよね」
「はい。下手に助けると逆に自分たちが返り討ちに遭う可能性もあるし、何より助けた方からも文句を言われる可能性もあるので」
そうなのよね。
冒険者の素性なんてよくわからないし、助けた奴が実はろくでもないなんてよくある事だもの。
元々チンピラとかならず者が隠れ蓑としてやる稼業でもあるし、どうしても気性の荒い人が多いのも事実。
だからこそ、宗一郎の優しさがより際立つわけで。
「宗一郎は、どんな時でも困っている人が目の前に居たら積極的に助けてたなぁ」
「死体回収を始める前からそんな感じだったんですね」
「まぁ、もし困ってる振りをして襲い掛かって来る強盗みたいな連中だったとしても、宗一郎なら逆に首を飛ばせるし、全く頼りになるわ本当に」
「べた褒めじゃないですか」
「当然よ。じゃなきゃ宗一郎と一緒に居ようなんて思わないもの」
「そうですよね……」
一瞬、アーダルの顔に暗い影が落ちる。
まあ、彼女も間違いなく宗一郎に惚れているだろうな。
そもそも死ぬ寸前だった所を助けられて、仲間のみならず父までも蘇らせてくれる男に惚れない女なんて、よっぽど好みじゃない限りは居ないと思うもの。
だからわたしは聞いた。
「宗一郎のこと、好き?」
聞いた瞬間、アーダルは声にならない声を上げてうつむき、膝を抱えてごろごろと悶え始めた。
頭巾を外して露わになっている耳は真っ赤に染まっている。
彼女の言葉を待つまでも無かった。
やがてごろごろ転がるのが収まり、動きを止めた時にか細い声が聞こえた。
「……はい」
「やっぱりね」
「でもまだ僕はミフネさんの隣に立つにはふさわしくない気がするんです」
「なんでアーダルは忍者になったんだっけ」
「ミフネさんの隣に立って戦いたいからです」
「ふうん」
今、やっとわかった。
「アーダル、貴方の本当の願いを当てましょうか。貴方は迷宮の中で宗一郎の隣に立ちたいんじゃない。普段の日常の中で、宗一郎の隣に並び立ちたいんでしょ」
「うぐっ」
図星を突かれたのか、アーダルは下唇を噛んだ。
もうわたしという彼女が居るから、きっと彼女にはなれないとでも思ったのかしら。
随分と純粋な子ね。
もっと貪欲な女なら、彼女もちの男くらい奪ってやろうと考えるはずなのに。
せめて迷宮の中では隣に居たいと思って忍者になったのなら、随分と奥ゆかしい。
「誰が隣に立つのがふさわしいか、そうでないかは貴方が判断する事じゃない。宗一郎よ」
「でも、もうミフネさんにはノエルさんが居るじゃないですか」
「そうね」
一人目ならね。
「アーダル、知ってる? イル=カザレムでは夫は四人まで妻を持つことができるのよ」
「……そうなんですか?」
アーダルはわたしに掴みかからん勢いで迫って来た。
「顔が近い」
わたしはアーダルの顔を押しのけ、続ける。
「本当よ。でも夫は妻たちが不平不満を持たないように平等に接しないといけないから、大変でしょうけどね」
「でも、ミフネさんは心に決めた人以外はお嫁さんを貰う気は無いって言ってましたし」
「今からでも心に決めさせる事はいくらでも出来るでしょう。宗一郎の故郷の国でも、正室の他に側室っていう、第二第三の妻みたいなものを持てた制度があるみたいよ」
「……ノエルさんは、その、いいんですか。僕がミフネさんの第二の妻になっても」
気が早い。
まだわたしと宗一郎は結婚してないし。
まあでも、もしアーダルと宗一郎が一緒に居る事を想像してみたけど、やぶさかでもないかな。
組んでまだ短いけど、大分この子の性格とか真面目さみたいなものは伝わって来たし、何より純粋で正直な所が気に入ってきた。
「僕はでも、結婚とかは考えられないですよ。流石に今の段階では」
「まだ付き合ってもいないからね。でも、アーダル」
わたしはずいと彼女に迫る。
「良い男は早い者勝ち。まごまごしていると手を上げる女はどんどん増えていくわよ」
「そうかな……いや、そうかも」
まあ、東国の男はイル=カザレムにおいてどれほど人気があるのかわたしはわからないけど、宗一郎だけは間違いなく別格だと思う。
ひいき目に見てる部分は間違いなくあるけどさ。
「サルヴィの迷宮を攻略するまでには考えておいてもいいかもね。わたしもアーダルとはこれから仲良くしていきたいし。ただ、男女の仲になったら報告してよね」
「え、あ、は、はひ!?」
男女の仲という単語を聞いた瞬間、アーダルの顔は真っ赤に染まった。
わたしと宗一郎の一夜でも思い出したのかもしれない。
人に見せるものでもないのに、勝手に覗いたのは何時か蒸し返してやろう。
「さて、と」
顔を真っ赤にしてるアーダルをよそに、わたしは懐中時計を取り出した。
「三時間は休めたわね。マナも結構回復したし、そろそろ宗一郎たちを探しに行きましょうか」
わたしは描いた魔法陣を消し、立ち上がった。
待っててね、宗一郎。ともう一人。
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