外伝十五話:ノエル=ファスティア
エルフの国というものがあるのを知っている人は多い。
だってエルフという人種は、少ないながらもどこかには居たりするものだから。
でも何処にあるのかまでは知らない人が多い。
エルフたちは自らの事を語りたがらない人たちばかりだから。
エルフはわたしから見れば、偏屈でプライドが高くて傲慢な人たちばかり。
長命なのを誇り、短命な人たちを見下して子ども扱いしている。
そのくせ、短命な人たちにやり込められた時ほどプライドを傷つけられたと言わんばかりに愚痴るのだから面白い。
一般的にはエルフは平和を愛するとか言われているけど、それも大きな間違い。
エルフは安定を好み、不安定になる変質、変化を嫌う。
だから異物となるものを拒み、他の何かの介入を嫌う。
その代わり、自分たちも何かの変化となる事を嫌う。
何処にも行かないし、他者に介入しようともしない。
だから、最近になるまで他の人々はエルフの国がある事も知らなかったし、エルフも他所に行こうとしなかった。
流石に最近は色んな国の色んな人々が交流を深め、世界中を行き交っている。
エルフたちも賢く聡いからその潮流に乗り遅れるのは不味いと思い、ある程度は国の外に出るエルフも増え始めた。
それでも、石頭の長老たちは外の世界なんか知らないと言わんばかりに引きこもっている。
エルフは平均で千年は生きると言われている。
更に長生きするなら、二千年くらい生きた人もいたらしい。
でも昔より長生きできなくなったとエルフの人々は嘆く。
なんでもエルフの始祖、ハイエルフなる種族が居たらしい。
今はもう居ないとされている伝説の種族。
ハイエルフは長生きで、一説には不死であったとも言われている。
この辺り眉唾だけども。
エルフ国の伝承によると、この大地と宇宙は天上より降りて来た創造神なる存在に作られたらしい。
その後、創造神によって竜の形をした神を遣わされ、竜の神は地上の平穏を守っていたんだけども、自分だけでは大変だと思ったらしく地上に居る一つの種族に目をつけたとか。
それがハイエルフで、ハイエルフは竜の神からさらに力を与えてもらう事で地上の種族の中では飛びぬけて進化したとも言われている。
特にハイエルフの女性は竜の巫女とも呼ばれ、その力が特別に強い人が神なる竜からの神託や予言を司っていたとか。
わたしの母はさかのぼって行けばハイエルフの血筋に連なる家系だったと聞いている。
でも、母は一切特別な力を持ってはいなかったし、何よりわたしは過去の御伽噺でしかないと思っている。
わたしはどうやって生まれたか。
ハーフエルフなんて生まれるのは、大抵エルフが人間に見初められた時くらいで、ご多聞に漏れずわたしもそうだった。
エルフの国は全体が鬱蒼とした森と険しい山々の中にあり、土地勘の無い人が迷い込んだら間違いなく遭難して死んでしまう。
だけど父は運が良かった。
ちょうどその時、森で木の実を集めていた母が通りがかって助けてくれたのだから。
自分の家まで連れて行き、行き倒れていた介抱をしていたら自然と二人の距離は近づいていった。
二人はすぐに結ばれ、母はわたしを宿した。
でも、そんな二人を他のエルフたちはけして祝福はしなかった。
先述のように、エルフは異物を嫌う。
特に
事あるごとに父を無視するか、或いは敵意をあからさまに示した。
それでも父はまだ母と一緒に暮らしていたけれど、ある時エルフの国に
エルフたちが住む山の一つに貴重な鉱石が埋蔵されている、という噂が流れそれを狙っての事だったらしい。
邪魔なエルフたちを排除し、わがものにしようと言う浅はかな意図は、しかしエルフたちによって跳ね除けられる。
エルフは全員が弓の名手で、しかも魔術師としてもかなりの使い手が多い。
森の中になんら警戒もせずにずかずかと入り込んできた兵士たちに対し、罠を仕掛けて足止めしたあとにすかさず矢の雨を降らし、更に魔術で追い打ちをかけていく。
森と山はエルフの独壇場であり、
エルフたちは侵入者たちを退ける事に成功した。
しかしエルフたちは今回の「災厄」は
エルフたちは大変迷信深い。
それは現代の時代になってもなお彼らの心の中に根差しており、わたしはそれをエルフの悪い癖のようなものだと思っている。
ついに父はエルフの国を去った。
そうでなければわたしと母に危害が及ぶと考えたから。
わたしは未だに、父の顔すら知らない。
物心ついたころのわたしに襲い掛かったのは、
エルフは同族で固まりたがり、他種族を見下す。
人間との混血なんて、格好の存在だった。
ハーフエルフは今やそこら中に居ると言うのに、エルフの中には未だその価値観に染まっている者が多い。
わたしは随分とエルフの子どもたちにいじめられた。
そして母までも。
そのうちにわたしたち親子は村八分のような扱いを受け始めた。
母は、生まれ育った国を去った。
自分だけなら耐えられるけど、わたしまでも迫害されるのならもうこの国に居る意味はないと、以前語ってくれた事がある。
だからハーフエルフとはエルフの国以外でよく出会うのかもしれない。
実際、国を流れゆく時に助けてくれたのはハーフエルフたちだった。
各国に居るエルフとの混血は独自のコミュニティを作っている。
そのコミュニティのツテを辿って、わたしたちはイル=カザレムのサルヴィにまで辿り着くことが出来たのだから。
わたしは同じハーフエルフに出会ったら、同じように親切にしてやりたい。
サルヴィに居るレオンには今も世話になっているし、いずれまた何かを買ってお返ししてやりたいもの。
でも、せっかくサルヴィに来たのに母は病に倒れてしまった。
エルフの国は寒冷な気候だったけど、サルヴィは一年の大半が暑い。
体調を崩した母は早々にサルヴィを去って、幾らかはエルフの国に気候が似ている、イル=カザレムの北のヘルトゥール山脈の麓の街で療養を始めたけど、療養の甲斐なく、結局母は半年後に亡くなってしまう。
わたしは天涯孤独となり、ヘルトゥール寺院に身を寄せる事にした。
僧侶としての信仰と心構えを身に付けようと思ったから。
僧侶は需要が多く供給が足りない職業だ。今でも。
治癒と回復の奇蹟は、怪我人や病に侵された人を救う。
それがちょっとした、簡単なものであっても人々には感謝される。
生きる為の手段として選ぶのは不心得者とか言われるかもしれないけど、自分一人で生きていく以上仕方ないと思わない?
わたしはヘルトゥール寺院では十五歳から三十歳まで過ごした。
あ、いまわたしは五十歳くらいね。たしか。
ハーフエルフはエルフほどじゃないにせよ、長生きだから。
幸いな事に寺院のみんなからの評判もよく、このまま司祭や司教になるための修業をしないかと勧められたけど、わたしは寺院を出る事を選んだ。
ヘルトゥールの街はエルフの国みたいな空ばかりで、故郷の嫌な出来事を思い出しちゃうから。
何をしようか迷ったけど、わたしは冒険者を選んだ。
冒険者なら色んな人と出会い、色んな場所に行ける。
この辺りはちょっとアーダルと似てるかもね。
そして僧侶なら組む相手には困らない。引く手数多だもの。
わたしはサルヴィに行く前に、まず別の街でしばらく冒険者としての研鑽を積んでいった。幾度となくパーティを組んでは解散し、ある程度実力を積んでからサルヴィに向かった。
そしてサルヴィに来てから三年くらい経った頃だろうか。
冒険者ギルドに、見慣れない服装と顔をしている人を見た。
長い黒髪を後ろにまとめ、腰に刀を差したサムライ。
その人こそが三船宗一郎だった。
宗一郎との出会いこそが、わたしの人生の本当の始まりだったように思えてならない。
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