外伝十四話:過去語り
人骨に寄生した例の魔物と対峙しているわたし達。
しかし、わたしはもう殆どマナが尽きかけている。
奇蹟による攻撃が出来ない以上、武器を構えているのは虚勢に近い。
自衛するにもわたしの近接戦闘能力では厳しい。
ここはわたしがターゲットにならない事を祈りつつ、アーダルを頼りにするしかないだろう。
ここまで来て神頼みなんて本当に嫌だけど。
ちらとアーダルに目をやると、一筋の汗を頬に流しながら敵を見つめている。
寄生体はまるで皮膚を剥いてむき出しになった筋肉のように、人骨を自らの肉で覆っている。
皮膚を剥いだ人間のようなグロテスクな風貌。
特に頭骨には寄生体の肉が多く付着しており、空洞であるはずの片方の眼窩には寄生体の目と思われる物体がぎょろぎょろと忙しくわたしとアーダルを見ている。
恐らくは頭に本体とか司令塔にあたる部分が居ると思われる。
互いに動かない。
ひやりとした空気が首筋を撫でる。
先に仕掛けたのは寄生体だった。
わたし達と寄生体の距離はだいぶ離れていたけど、遠い間合いから腕を振りかぶる。
その間合いからでは届かないと思った矢先、骨の拳はアーダルの顔にまで伸びていくのを目の当たりにする。
考えてみれば寄生体の触腕は変幻自在に伸び縮みするのだから、こういう攻撃は普通にある訳だ。
「噴!」
しかし拳は、紫色の気で覆ったアーダルの受け流しによって弾かれる。
弾いた瞬間、アーダルは不敵な笑みを浮かべた。
どうして笑っているの?
思わず問い掛けたくなったけど、戦いに水を差すわけにはいかない。
わたしはじっとアーダルと魔物の戦いを固唾を飲んで見守る。
弾かれてもなお続けざまに、寄生体は今度は左腕を振りかぶり、真っすぐに拳を繰り出す。
鞭のようにしなりながら襲い来るパンチは、わたしにはかなり速く思えた。
アーダルはそれを当たる寸前にまでひきつけて、上半身をわずかに反らして躱した。
反射神経が非常に良い。流石は忍者と言った所かな。
「そう言う攻撃は見知っている」
アーダルはぼそりとつぶやき、伸びきった腕を手刀で斬り飛ばした。
寄生体のぎょろぎょろ動く目が止まり、叫び声を上げる。
アーダルの次の行動は素早い。
叫んで驚いている間に一足飛びに間合いを詰めて、もう懐に入り込んでいる。
まさに疾風迅雷。
寄生体は咄嗟に体を守ろうと残った腕でガードする。
しかし忍者の手刀は、同じく気か何か特殊なもので守っていなければどんなものであれ切り裂いてしまうのだから、いくら守っても意味はない。
素早い手刀の連打が寄生体を襲い、切り刻んでバラバラにする。
胴体、腕、足、そして頭がそれぞれ散らばって床に転がり落ちた。
寄生体は即座に部位を繋いで再生しようと触腕を伸ばすけど、その度にアーダルに斬られてさらに細切れにされていく。
二度も体を切り刻まれると、流石に寄生体もふしゅうと声を上げた。
転がり落ちた頭骨から、六本の触腕を出して虫のようにかさかさと地面を走り始める。
向かう先はわたしの方だった。
アーダルには敵わないと見てか、あるいは人骨に寄生しているのでは本来の力? を発揮できないと思ったか。
そしてわたしならば、容易に寄生できると思ったか。
見た目だけなら間違いなくわたしの方が弱い風には見える。
頭骨だけになった寄生体は飛び上がり、わたしの顔目掛けて襲い掛かろうとする。
触腕が顔に食いつかんとした瞬間、わたしは印を結んで叫んだ。
「
印を結んだ手から発された衝撃波は寄生体に直撃し、そのまま向かいの壁まで吹き飛ばされる。
壁にぶつかった頭骨が砕け、中から寄生体の本体が零れ落ちてその肉をだらしなくずるずると壁に付着させる。
「何でかは知らないけど、頭に取りつきたがるんだなこいつら」
アーダルは言うと、彼女もまた印を結んで精神を集中し、目を見開いて叫ぶ。
「火遁の術!」
両手を地面へと手のひらを向けて構えた瞬間、火がほとばしり地面を走りながら、寄生体へと向かっていく。
まだ壁にへばりついたままの肉塊は、避ける暇もなく燃え盛る炎の柱に巻かれて燃え盛る。
ぴぎゅうううと言った豚の叫び声に似た絶叫を上げながら、寄生体は炎に身をくねらせて地面に落ちた。
肉の燃える匂い。どんな生き物のであれ、慣れる事はない。
特にこの寄生体の燃える匂いは酷いもので、思わず胸が悪くなるほどだった。
寄生体の本体となる部分が燃えるに従い、人骨にこびりついていた残りの肉塊も萎びていった。
これで完全に死んだみたいだ。
ほっと胸をなでおろす。
再生力が高いと言っても、酸や炎のように明確な弱点があるのならまだ対処のしようがある。
完全無欠の生物なんてそう簡単にいやしない。
いてたまるものか。
アーダルもようやくほっと一息をついて、頬を覆っている布を外した。
「ハヴィエルという戦士に憑りついていた時ほどのパワーは感じなかったな」
「ふうん、と言う事はあの魔物は生物に寄生してこそ真価を発揮する、って感じかしら」
「戦った限りはそう思いますね」
「それにしても、炎まで出せるなんて凄いわね。魔術師でもないのに」
言うと、アーダルははにかんで答える。
「出発前になんとか習得できたのが、この火遁と雷遁でして」
「他にもあるの?」
「ええ。水と土と風なんかがあるんですが、僕に向いている火と雷を覚えろと言われまして」
「それにしても、あの魔物が火にも弱くて助かったわ」
わたしはちらと寄生体だった黒い燃えカスを見た。
炎の勢いが凄まじかったというのもあるけど、あの短時間でこれだけ燃え盛るというのはもしかしたら、体に流れる体液の質がわたしたちとは異なるのかもしれない。
「ともあれ、ようやく安全が確保できそうね。とりあえず牢屋から出ましょう」
「そうですね……」
流石にわたしのマナももう打ち止めだ。
アーダルも連続した戦いの為に疲労の色が見える。
無理はしてはいけない。
冒険者の命なんか迷宮の中では泡沫のように儚いのだから。
牢屋を出ようとすると、案の定扉にはカギがかかっていたけど、城一階の立派な門とは違って風化が大分進んでおり、アーダルが蹴り飛ばす事で無理やり開けられた。
牢屋の外を出て周囲を警戒する。
「どう、何か見える?」
「左手は行き止まり、右のほうは通路が続いています」
「じゃあ、一旦行き止まりの方に行きましょう」
ひとまず壁を背にし、魔法陣を張る事にした。
隠し扉もないし、休もうと魔法陣を描いている間に襲われる事も少ない筈だ。
休息の魔法陣は範囲内に魔物を寄せ付けない。
亡霊みたいな壁を通り抜けてくるような魔物がフロアに居ても安心だ。
描いた魔法陣の上に敷物を敷き、わたし達はランプに火をつけてひと時の休息を得る。
ふたりのどちらともなく、ほうと溜息が漏れた。
静かな時が流れていく。
わたしは水や携行食の固いパンを口にしたりしているけど、アーダルは押し黙ったまま下を向いている。
とても気まずい。
思えば今までは目的があるから喋る事ができたけど、いざこうやって二人きりになってみると何を話せばいいのやら。
わたしはとりとめのない会話があまり得意じゃない。
いや、宗一郎とならいくらでも出来るから、よく知らない人との会話が得意じゃないと言った方がいいか。
アーダルとはまだ会って一週間くらいしか経ってない。
気まずいのも無理はないか。
アーダルだって、宗一郎の彼女と言われる女と一緒でその胸中が穏やかであるはずがないもの。
こんな時、宗一郎はどんなことを話していたっけ。
目を瞑って思いをはせる。
……そういえば彼は、いつもはじめて組むパーティの仲間がいるときは自分の生い立ちから話していたように思う。
元々東方から来る人間は珍しかったし、それが大陸のシン国ではなく、更に東に未知の島国があってそこから来たというのだから、よっぽど他人に興味がない人間でもない限りは興味を持って話しを聞いていた。
生い立ちからここまで流れてくる事になった経緯を語り、どんな苦労を味わったか。
そして冒険者になった自分がどれほど恵まれていると感じたか。
嬉しそうに冒険者としての自分を語る時の宗一郎の顔が、わたしは見ていて微笑ましく思ったのを覚えている。
だからわたしも、アーダルに自分の事を知ってもらおう。
この先長くパーティを組む相手なのだから。
「ねえ、アーダル」
「はい、なんでしょう?」
「アーダルはどこから来たの? 肌が白いからここらの人じゃなさそうね」
「イル=カザレムより遥か北の国ですよ。森と霧の深い国で、狩猟をして暮らしてました」
「あら、もしかしてその国ってガートランドって名前じゃない?」
「知ってるんですか?」
アーダルの声がわずかに跳ねる。
「当然よ。わたしの出身はそれより更に北東にあるの」
「僕の国より北東?」
「エルフの国って聞いた事がないかしら」
「……恥ずかしながら、僕はイル=カザレムと故郷以外には全然他の国は知らなくて。故郷以外に色んな場所を知りたいと言っておきながら、このザマです」
「まだ若いのだから、これから色んな所へ行って見ればいいわよ。折角だからわたしの国と過去について、ちょっとお話しでもしましょうか」
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