外伝九話:寄生体
新たな力に啓示。
地上の寄生虫である人類を滅ぼせとは大きく来たものね。
加えて傷口から覗いた、明らかに異様な触手。
何かに寄生されているのは目に見えている。
ムラクは仲間が異様な姿に変貌して怯えている。
アーダルは息を呑みながらも警戒を崩さずに武器を構えている。
そして宗一郎は、額に皺を寄せて訝しんでいた。
「一体なにが取りついているのか、わからなければ戦いづらいな」
「正体を調べます?」
「それはいいけど、どうやって調べるつもり?」
「動きを止めて、体のどこに何が寄生しているのかを見る」
げっ、それってつまり……。
「解剖するつもり?」
「そうなるな」
「グロっ」
思わず声が出てしまった。
流石に自分から人間を捌くのは全く気乗りしない。
冒険者としては死体も見慣れているし、僧侶という職業柄、出血が酷い人や臓物がお腹から零れ落ちている人なんかも助けた事はあるけど、あれは治そうと必死になっているから、あえて気にしないようにしているだけだし。
「ちょっと待ってください。どうやって動きを止めるんですか?」
「四肢切断し、さらに頭も飛ばすしかあるまいな。その間も再生しようとするだろうから、手早く頭なり胴を両断して中を見るしかないだろう」
「流石にそんなことしたら、いくら再生力が高いと言っても死ぬと思いますが」
「生憎、俺は侍だ。それ以外に思いつく方法はない。魔術師なら石化や麻痺の魔術で動きを止める事は可能であろうがな」
しかし、今このパーティには魔術師は居ない。
だがムラクは、胸を張って答えた。
「麻痺ですか。任せて下さい。アルケミストにもその手の秘術がある事をお見せします」
「何をぐだぐだ喋っている!」
ハヴィエルがアーダルに向かって襲い掛かって来る。
アーダルは上段からの斬り下ろしを脇差で受けるけど、その勢いに大きく弾かれて上半身を大きく仰け反らせる。
受けた衝撃で手がしびれたのか、顔を歪ませるアーダル。
「ちいっ」
仰け反ったアーダルは即座に背後に忍者らしいバク転をして距離を取り、体勢を整えた。
体は無意識に自分の力をセーブしていると聞いた事がある。
常に全力を出していたら筋肉も骨も悲鳴を上げて壊れてしまう。
だけど寄生されているハヴィエルは、明らかにリミッターを解除されて全力を振り絞っているように思えてならない。
「俺に任せろ」
宗一郎が打刀を構えて前に出た。
わたしとアーダルはその言葉に従って後ろに下がる。
流石にあんな化け物みたいな力を持った相手に、わたしは立ち向かう気にはなれなかった。
ハヴィエルの剣技はわたしから見てもそれほど秀でているようには見えない。
ある程度魔物との戦いをこなし、命のやり取りを重ねればこれくらいはやれるようになるだろうという剣。
素早く正確に敵の急所を突こうとする、無駄のない技だ。
恐らく普通の状態なら、宗一郎なら難なくさばけるだろう。
宗一郎も、ハヴィエルの剣を受けた時に顔をわずかにゆがめた。
「むっ」
アーダルやムラクが弾き飛ばされたのを見て、力に優れた相手とは意識していたんだろうけども、寄生されている以外、見た目は普通の人間だ。
中々見た目による先入観はぬぐえない。
宗一郎の打刀が力で流され、わずかに受けの構えが崩された。
しかし流石は侍。
即座に相手の力量を見直し、それに合わせてより受けられるような構えに変えた。
ハヴィエルは奇声を上げながら剣を乱打し続ける。
そのどれもを受け流しつつ、宗一郎は冷静に相手を見る。
一瞬だけ、宗一郎の目が細くなった。
わたしがまばたきした時には、既にハヴィエルの上半身と下半身が分断されていた。
「く、くそっ」
即座に傷口から触手を伸ばし、体を繋ごうとするハヴィエル。
「そうはいきません!」
術式が完了したのか、ムラクが印を構えて手を前に突き出した。
ムラクの両手から霧が発生し、黄色い霧はハヴィエルの体を包み込む。
「なんだこの霧は……うげっ!」
ハヴィエルは呻き、痙攣する。
びくんと体が跳ねて、水揚げされて地面をのたうつ魚みたいに。
「
「なるほど。
宗一郎も感心して頷いている。
「それで、麻痺させたのは良いけども結局どこに何が寄生されているのかは、体を開かないと分からないわけでしょ?」
「そこはノエル、君の出番だ。斬って確認したら回復の奇蹟で治してくれ」
「一つ言っておきたいんだけど、わたしの役割は仲間を治療する事が第一で、わざわざ腑分けした敵を治す為じゃないのよ」
「そこをなんとか。ボクの仲間を助ける為にも」
「そうは言うけど、
何事も優先順位がある。
わたしに取っては助けられるかどうか不明の相手より、仲間の方を優先したいと思うのは当たり前だ。
間違っているだろうか?
体中から触手を出しているのであれば、体全体にもはや寄生している物体が蔓延っている可能性が非常に高い。
その場合、どうやって助ければいいのか皆目見当がつかない。
言い争いをしていると、突然ハヴィエルがこの世の終わりのような叫び声を上げた。
「何だ!?」
振り返ると、ハヴィエルの体が真ん中から割れて死んでいた。
ギロチンのような鋭利な切断面ではなく、無理やり力技で割いたかのような傷口。
そしてハヴィエルの遺体の傍らには、今までに見た事もないものが立っていた。
それはさながら、肉の塊をなんとか人の形に模して作られた物とでも言えばいいのか。
あるいは人間を内側から裏返したらこんな風に見えるかもしれない。
いずれにしろグロテスクな見た目で、普通の人間なら正気を失いそう。
生憎、わたしたちは冒涜的な悪魔や魔物の数々と出会って慣れてしまっているから、正気を失う事は出来ないけど。
血を滴らせながら、肉の怪物は雄叫びを上げる。
この世のものとは思えない、地の底から響いてくるような叫び。
即座に怪物は触腕を伸ばしてくる。
しなるムチのように飛んで来る触腕は、わたし達の間をすり抜けて一番奥に居るムラクを狙った。
先ほどのの戦いで、一番弱いと見たのかもしれない。
「うわっ!」
怯えるムラクの顔の前にまで触腕は伸びるけど、それ以上は届かない。
アーダルが触腕を切り離し、更に宗一郎が肉の怪物の四肢を既に切断していた。
だけど、切断した程度では即座に体同士が触手を伸ばしてくっ付いて再生しようとする。
宗一郎は怪物を細切れにし、バラバラにした所でようやく動きが鈍くなった。
「何なんだろう、これ」
「さてな。しかし再生力が凄まじいのは分かった。見ろ。今でも弱々しいながらも触手を伸ばして体を繋ぎ合わせようとしている」
「うわ。本当だ。気持ち悪い」
「どうします、これ?」
「斬っても潰してもダメなら溶かしてみますか」
ムラクが酸の雨を作り出し、肉の怪物に降らせている。
デザートウルフに当てたアシッドバレットといい、ムラクの作り出す酸は非常に強力だ。
見る見るうちに肉の怪物は煙を上げて溶けだし、叫んで悶えている。
「流石に酸に抵抗は無いようですね」
「生物なら酸は大抵効くんじゃないですか。中和する物質でも分泌しない限り」
「悪魔はどうなんだろう?」
「さぁ。ボクはまだ悪魔と遭遇した事がないので、実際試してみないとわからないです。他の魔術と同じく抵抗されるかもしれません。その時はこっちを使いますが」
ムラクは腰に提げているビンを指さした。
その中には恐らく酸の水が入っているんだろう。
魔術は詠唱を遮られたり、あるいは魔術障壁を張られてしまうとかき消される。
それ以外にも、悪魔は魔術を一定確率で無効化するフィールドを持っている。
魔術師の魔術は確かに強力だけども、意外と対抗手段は多い。
魔術が使えなければ、魔術師は一転してお荷物になる。
そう言う意味ではムラクは準備が良い。
物理的に起こす炎や毒も、耐性を持っていない限りは誰にでも効く。
流石に
だから強い魔物にはやっぱり魔術が必要になる。
しばらくして、ようやく肉の怪物は酸ですっかり溶けた。
再生する様子も見られない。
わたしはほっと一つ溜息を吐いたけど、ムラクの顔は曇ったままだった。
「結局、彼を助ける事はできなかった」
「全てが終わったら、サルヴィの寺院へ連れて行こう」
「それまでに魔物に食われてなければいいんですが……。ノエルさん、蘇生の奇蹟は使えないんですか?」
「……使えない事はないけど、祝福されたアイテム無しに蘇生の奇蹟を行うのはあまり勧められないわよ」
一応わたしも
寺院は山ほど祝福の供物があるからこそ、それなりに蘇生率が高い。
特に「預言者の右腕」と言うアイテムは祝福の効果が非常に高い。
あれがあるから蘇生の儀式がある程度成り立っているとも言える。
今ここでやる場合、一か八かに賭ける事になりかねない。
下手をすれば有能なパーティメンバーを迷宮の真ん中で失ってしまう事になる。
それはつまり、自分たちの死が背後に迫っているのを意味する。
まぁ、寺院で蘇生の儀式をしても蘇生できない時もあるんだけど。
「それに、蘇生系の奇蹟はやっぱりマナを大量に消費するの。今ここで使って失敗したら、ハヴィエルは灰になってしまうし、わたしはもう他に何も奇蹟は使えない。一日休まないといけなくなる」
今回取った冒険の日にちは三日だ。
あまり時間を無駄にしたくはない。
ムラクは唇を噛み締めて、上を向く。
「……わかりました」
「しかし、あの怪物は寄生していた人間の体を動かせなくなったから慌てて表に出て来たのかしら」
「だろうな。おかげであいつが体のどこを根城にして寄生しているのか、わからんままだった。次に同じようなものに出会ったら、その辺りをどうにか調べたい所だ」
「あの怪物に寄生された魔物や人間が他にも居るって事?」
「可能性は高い。速い所ムラクの他の仲間も見つけてやらねばならぬ。手遅れになる前に」
あんなに嫌らしい敵があと何匹も居るのかと思うと、入る前から気が滅入る。
しかし今更帰るわけにはいかない。
わたしはもう一度、溜息を吐いて頬を叩いて気合を入れ直した。
「行きましょう」
「ああ、ゆこう」
城の門は口を開けたまま、訪問者を待っている。
わたし達は長く訪れた者の無かった城へ、いよいよ足を踏み入れる。
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