外伝八話:アスカロン廃城の由来
アスカロン廃城は、かつてはこの地域が豊かであったとうかがわせるくらいには立派な城だった。
しかし石造りの城は、いまや年月の経過により風化して朽ちており、かつての威容は見る影もない。
ところどころ天井や壁が崩れ落ち、城周囲に巡らせれた
当たり前だけど、門番は誰も居ない。
城の門は口を開けたまま訪れる事のない来訪者を待っている。
「
城から少し離れた場所に宗一郎が目を向けていた。
確かに泉の残骸がそこには残っている。
まだ機能を成していた頃、泉の水は旅人や行商人の渇きを癒していたんだろう。
全てが乾き切って砂だけになってしまった今では、思いをはせる事しか出来ないけど。
「ところで、この地域がなぜこんなに荒れ果ててしまったのか、皆さんは知ってます?」
ムラクが何気なく口を開いた。
「さぁ。僕はイル=カザレムに来てからそんなに経ってないから知らないかな」
「わたしは、昔この地域に災害があってそのせいで人が居なくなったってくらいしか聞いてないわね」
わたしとアーダルが言うと、ムラクは鼻を鳴らして語り始める。
「では教えましょう。かつてこの地域は善良で有能な領主が治めていました。民からの評判もよく、また緑豊かな地域だったとか」
「らしいな。何故このような事になった?」
宗一郎が相槌を挟むと、ムラクは続けた。
「ある時、領主の下に行商人より一つの小さな像が送られました。厄災の像と名がついたそれは、四本の手に背中には羽がついているという不気味な造形をしていましたが、領主はその像をいたく気に入ったようで、常に傍らに置いていました。そして、次第に政務から遠ざかり始めたのです」
為政者が政治から興味を失ったらどうなるかは、誰が想像しても同じ結果に辿り着くだろう。
「その地方は荒れ始めるわね」
「そうです。領主が何もしないものだから部下達が好き放題やり始め、税金や重労働を課せられた住民は耐えかね、周辺の都市へと逃げ始めます。それだけならまだしも、翌年に疫病と熱波が同時にライラット地区を襲い、壊滅的な被害を出しました。それでもなお、領主は新たに作ったという祈りの部屋とやらで祈りを捧げるばかりで、住民の為になる事は何もしなかったと」
神への祈りを捧げる。
それ自体は神を信ずるものであれば当たり前の行為であり、心の拠り所を作る事でもある。信仰を重ねる事で神はきっと降りてくる。僧侶であればより固くそう信ずるものだ。
しかし、民を統べる王は信仰のみを恃んではならない。
神頼みは全て人の手によってやれる事をやった上で待つべきものだ。
何もしないものに神は救いの手を差し伸べてはくれない。
そして直接、苦しむ人々を救う手だてを持つのは人の上に立つ王のみなのだ。
「やがてライラット地区の惨状は、時のイル=カザレム王の耳にまで届きます。王は苦しむ民を放置し、信仰に耽る王など言語道断と激怒し、自ら兵を率いて領主を打ち首にすべくアスカロン城へ向かいました。しかし王が祈りの部屋に入った時、彼は驚愕します」
領主は既に人に非ず。
かつて人々に畏れられた古の魔神に変貌していたとか。
ムラクはぐわっと指で口を大きく横に開いて見せる。
「その魔神は熱波と疫病の化身として人々の間では有名でした。後から推測されたのですが、領主は厄災の像に込められた魔神の思念に囚われたのでしょう。魔神の依代になってしまい、自ら疫病と熱波を呼び寄せてライラット地区を滅ぼしたのです」
「だが王が来たと言う事は、魔神は討伐されたのであろう?」
「その通り。魔神は依代を得てもなお、現世には完全体として現れる事は叶いませんでした。本来の力の半分程度しか使えなかったとか」
その時の事は、以前どこかで読んだイル=カザレムの歴史書にも記述があるとムラクは語った。
時の王ミシュラムはかつて優れた冒険者としても名を馳せており、迷宮深層まで潜って得て来たミスリルの剣を使った、魔術と剣技を融合させた全く新しい戦い方を用いて魔神を倒したと。
ミスリルの剣か。相当高いんだろうな。
ミスリルがまず剣を作れるくらいの素材があると言うのがまず貴重過ぎるし、剣に加工するなんて何を考えているのかと魔術師には激怒されるだろう。
でもミシュラム王のように、魔術と剣技両方をマスタークラス並みに扱えるのなら、剣として作るのも悪くはないのかもしれない。
剣を杖の代わりとしてそこから直接魔術を発射したり、或いは剣にマナを注ぎこんで魔法剣として魔物に振るっても強いだろうし。
でも魔術と剣を両方扱える人は中々居ない。
どちらも究めようとするには人間では年月が足りな過ぎるし、エルフやハーフフットは少し非力で剣技には向きづらい。ドワーフは魔術に秀でたものが少ない。
サムライという職業であれば、魔術を多少扱える人もいるけどわたしは最高位の魔術までも使いこなすサムライは今まで見た事はない。
「魔神となった領主を倒しはしたものの、荒れ果てた地区を再興する事は叶わないと見た王はそのまま撤収しました。以後、ライラット地区は荒れ果てた土地として現在に至ります」
「成程な。よく知ってるじゃないか、ムラク」
「その土地の歴史や出来事を調べるの、好きなんですよ。調べておけば住民とも仲良くなれますし、情報ももらえるし、知る事でその地域自体の理解も深まります」
自分が住んでいる所の事を他の地域の人が知っていると嬉しくなるのは、誰しもが持つ感情じゃないだろうか。
暗部までも深く知りすぎていると、こいつは危険だと思うかもしれないけど。
「さて、城の周りを見る限りは特に危ないものは無さそうだ。いよいよ中に踏み込んでみようかと思う」
「隊列はどうします?」
「俺とアーダルが前に並ぶのは当然だが、もう一人をどうするかだな」
「ノエルさんを前に出すのはちょっと。僧侶ですから、万が一何かあったら回復役が居なくなりますし」
「ちょっと待ってくださいよ。ボクだってアルケミスト仕込みですが治療の術は幾つか覚えています。だから前はちょっと勘弁してほしいかなって」
「
「そんな事言わないで下さいよぉ」
すがるように宗一郎を見上げるムラク。
あの目。雨に濡れた仔犬のような目は危ないな。
ノームは恥ずかしがり屋だけど、一旦知り合いになれば凄く人懐っこいと聞くし、あれは情にほだされそうになる。
隊列は前後に三人ずつというのが迷宮探索においては常識になっている。
「だったら、わたしが前に出るわ。それでいいでしょう?」
「ノエル……しかし」
「ムラクは前に出るのが嫌だと言ってるんだもの。わたしが出る以外にないでしょう」
露骨に宗一郎は渋る。
そりゃそうだ。
苦労して蘇らせた仲間を、彼女を前に出して死の危険性を上げたくはないに決まってる。
でも冒険なんてしている限り、危険はそこらの道端に幾らでも転がっている。
死を覚悟しないで冒険なんかできやしない。
わたし達はそれを受け入れて、その代わりに自由な冒険をしているのだから。
「ノエルさんがそうすると言っているのですから、前に出すべきでしょう。全く物理で戦えない職でもないわけですし」
「アーダル……仕方あるまい。ノエル、無理はするなよ」
「もちろん無理をするつもりはないわ。でも、それなりに武器でも戦える所だってある事を見せないとね」
そうして、わたしと宗一郎とアーダルが前に並び立って後ろのムラクを守るような隊列になった。
意図せずして、いや意図してこのように並ぶ形になったけど、思ったよりも新鮮で、そして宗一郎の隣に居るというのは楽しい。
アーダルが居なければもっとよかったのにな。
「それじゃ、行こう……おっと?」
門に向かおうとした時、一人の男がいつの間にか門の前に立っていた。
格好を見る限り冒険者だ。
鎧を着て剣を握っている。戦士かな?
「ハヴィエル!」
その時、ムラクが叫んだ。
「無事だったんだね、良かった!」
仲間の一人だったのだろう。
ムラクが駆け出そうと踏み出した時、宗一郎が手で制した。
「ミフネさん、どうして!?」
「待て。様子がおかしい」
ハヴィエルと言う戦士はゆっくりとわたし達に向かって歩いてくる。
しかしその歩き方は、何故か妙に足を引きずっているし、その目もどこか焦点が定まっていない。
口からは涎も垂らしている。
「ノエルさん、あれは生きているんですか?」
「わからない。でも少なくともアンデッドではないと思う」
アンデッド、不死者は太陽の光を忌み嫌う。
完全なる不死者、ヴァンパイアロードであっても陽光を浴びると無事では済まないと言われている。
不完全な不死者ではひとたまりもない。
でもハヴィエルは砂漠の過酷な日の光を浴びても無事だ。
「ムラク。生きていたんだなぁ。オレたちを見捨てて一人でおめおめと逃げやがって」
「何を言っているんだ。ボクは君達を助けようと思って戻って来たのに」
「いいよいいよ。罠を踏んだのも俺たちの運が悪かったって事だよな。冒険は全てそういうのも受け入れるべきだ。でもムラク、お前はオレたちを見捨てた報いを受けるべきだって思わないかぁ?」
言いながら、ハヴィエルと言う戦士は剣を振りかぶって走り始めた。
先ほど足を引きずっていたのが嘘のように、爆発的な脚力で距離を詰め始める。
猿のような叫び声を上げながら、さながら気でも狂ったかのように。
あまりにも不格好な突撃は、宗一郎の打刀の一撃によって止められる。
胴を横薙ぎにし、ハヴィエルの体からは鮮血が噴き出した。
「やるねぇ」
しかしハヴィエルは全く動きを止めずに剣を振り下ろす。
宗一郎は止むを得ず、武器を持った右腕を斬り飛ばした。
もちろん腕は落ち、さらに肩口から鮮血が噴き出すものの、ハヴィエルは意に介さない。
「おやぁ。腕まで斬られちまった」
普通ここまでされたら痛みにのたうつはずなのに。
それどころか出血が既に止まりかけている。
一体彼の体には何が起きている?
にやっとハヴィエルは不気味に笑い、なおも武器を持たないまま残っている左腕で殴りかかって来たので、宗一郎は更にすれ違いざまに首を落とした。
流石に首を落とせば生物は生きてはいられない。
そう思っていた矢先のこと。
「首を落としたからといって、安心しちゃあいかんよなぁ!」
落とした首が言い放ち、残された体のパンチがムラクを襲ったのだ。
「ひええっ!」
ムラクはなんとか持っていた小盾で受けたものの、衝撃で後ろに転がっていく。
ハヴィエルの体は落ちた首を拾い、首の傷口に頭を乗っけると傷口同士が融合してあっという間に元通りになる。
「一体どういう体をしているんだ……?」
アーダルが固唾を飲むと、ハヴィエルの右腕からは何か奇妙なものが見え隠れしているのに気づいた。
「触手?」
蠢く触手が傷口から伸びている。
ハヴィエルは落とされた右腕も拾い、くっ付けると即座に融合した。
未だに合わない焦点でわたし達を見つめるハヴィエルは、天を仰いで叫んだ。
「オレは新たな力を得た。そして啓示も受けた。……この地上に棲みつく寄生虫、つまり人類を滅ぼせとなぁ!」
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