外伝七話:ノームはアルケミスト
ノームの男はまるで登山でもするようなリュックを背負って必死にデザートウルフの群れから逃げようとしている。
しかし悲しいかな、ノームは身体能力に優れているとは言い難い。
只人と同じくらいか、それよりは劣る印象が強い。
狼の群れはパッと見る限り、十数匹は居る。
デザートウルフは遠巻きに囲みながら徐々にノームと距離を詰めている。
狼は獲物を追いかけながら体力を徐々に奪っていき、やがて力尽きた所を一斉に襲い掛かるというやり方で狩る。
夜行性のデザートウルフが昼に出てくるのは珍しいと思ったが、格好の獲物がのこのこと出て来た所を見かけたのかもしれない。
いずれにしろ、ノームはこのままでは死を免れない。
宗一郎がデザートウルフの群れの最後尾に追いついた。
流石にそこまで近づくと、一匹の狼が存在に気づいて振り返り、唸り声を上げる。
そこで群れの多数が背後から追いかける存在に気付き、ボスが一声うぉんと上げると、群れはノームを追いかけるのとこちらを迎撃する為に半分ずつに分かれた。
最後尾に居た狼が宗一郎に飛び掛かるが、あまりにも素直すぎる。
まっすぐに飛びついてくる狼の噛みつきを左に半身になって躱し、下から打刀で振り上げて斬る。
狼の頭だけが地面に落ち、体は着地した後に困惑していたけど、やがて出血多量で力尽きて倒れ込んだ。
狼たちはそれを見て、ノームを追いかけるよりも厄介な相手が来たと判断してボスの狼がさらに一際大きな雄叫びを上げた。
ノームを追いかけていた半数も引き返し、群れ全体がこちらに集まって来る。
わたし達もようやく宗一郎に追いついた。
「魔術師が居れば一網打尽に出来るのだがな」
「居ないのは仕方ありません。ノエルさんは攻撃奇蹟は?」
アーダルに使えるのかと尋ねられたが、わたしが会得してないはずがない。
「これでも上級僧侶よ。使えるに決まってるわ」
ふんと鼻息を荒くすると、アーダルは苦笑いを浮かべた。
「愚問でしたかね。じゃあ援護お願いします!」
アーダルも宗一郎の隣に並び立ち、狼の前に立って武器を構える。
ハンドアクスを右手に、脇差を左手に。
わたしは二人の後ろに立ち、モーニングスターと円の小盾を構えた。
瞬間、宗一郎の刀が閃く。
「奥義・五の太刀、
出た、宗一郎が多数を相手にする場合の定番の技。
狼は一匹ならそれほど苦戦するような敵じゃないけど、犬系の魔物の何が一番厄介かと言うと、群れで出てくる所にある。
群れの統率力が高いボスほど恐ろしく、初級冒険者では狼の群れと対峙しても勝てるかどうか怪しいくらいには手強い。
とはいえ、宗一郎に掛かれば狼の群れくらいはなんてことはない。
起こされた竜巻によって、狼の群れの半分を空高く吹き上げた。
狼たちは体の制御も出来ないままに砂の地面に叩きつけられる。
巻き込まれなかった狼はアーダルが突撃し、次々と斬り伏せていく。
向かってくる狼の噛みつきや体当たりを寸前の間合いで躱しながら、ハンドアクスや脇差で斬っていくのは、さながら踊り子の舞のようにも見えるほど美しい。
そして微妙に、宗一郎のような間合い取りをしてるようにも見えて微妙に腹が立つ。
やっぱり手本にしてるんだろうなぁ。
忍者になり立ての割に強いのは、宗一郎という手本がありつつ、更に修業をしっかりやっているからこそだろう。
「じゃ、わたしも出来る所を少しは見せないとね」
わたしは手を組み、祈りの文言を唱える。
――天におわす我らが主よ。その力の一部を借り給うて、眼前に立ち塞がる障害を打ち倒さんと欲す――
「
奇蹟の名を唱えた瞬間、空から大きな拳が降り注いで残った狼に襲い掛かる。
衝撃波の拳は強力で、狼たちはほとんど圧し潰されてしまった。
今更だけどアレを喰らっても体を保っていた宗一郎はどれだけ頑丈なんだろう。
そして一時の怒りでこれを唱えてしまったわたしも恐ろしい。
「大方片付いたかしら?」
「いや、狼の頭目が逃げたな」
流石にボスだけあってその辺りの気配には敏いのか、奇蹟の攻撃を察知してステップで避けていた。
自分が一匹だけになった事を悟ったボスはすぐさま身を翻し、砂漠の彼方へと走り去ろうとする。
その時、ボスに何か液体の弾丸のようなものが衝突した。
瞬間、ボスは大きな叫び声を上げながら体を溶解させて倒れ込む。
なおも煙を上げていく死体からは、酷い匂いが立ち込める。
「うわぁ、えっぐい死に様……」
「しかし誰がこんな攻撃を? 俺の仲間たちにはこのような攻撃を出来る者は居ないはずだが」
「ボクです……」
声の方向を見ると、先ほど狼に追われていたノームだった。
わたしはノームの方に向かっていき、彼の様子を見る。
かなり疲労しているけど、大きな怪我はなく無事なようだった。
「おかげで助かりました」
彼は背負っているリュックから水筒を取り出し、一気に水をあおる。
砂漠で走り込んでいただけに喉の渇きも相当だろう。
彼の三つ編みにされた茶色の髭は綺麗に整えられているが、流石に走っていたせいか多少乱れていた。
ノームと言う種族は豊かなあごひげがあり、ずんぐりとしている。
ドワーフと似ているけど彼らは鼻がだんごのようであるのに対し、ノームは耳が少しエルフのように尖っている。
それに頑固で偏屈なドワーフと違って、好奇心が非常に強くて人懐っこい。
鍛冶や採鉱技術に優れているけど、精霊術にも長けている。
一般的に広がっている魔術とは異なった体系であるらしいけど、ノームたちはそれを世の中に広めようとは全く考えてないようで、彼らの間でしかその術は使われていない。
というのが、一般的に知られているノームの知識だ。
それにしても、彼は一体どうしてこんな所に来たのだろう。
ライラット地区は砂漠地帯でオアシスも少ないから人口も少ないし、治安も良くない。
アスカロン廃城は盗賊団が根城にしているという噂まである。
そうでなくとも見るべきものは何もない、棄てられた地区であるはずなのに。
「お主の名前は? どうしてここに居るのだ?」
宗一郎が尋ねると、ノームの男は立ち上がり答える。
「ボクはムラク=モイクと言います。イル=カザレムの南に位置する国エディンパスから、ちょうどドラゴンが飛来するのが見えたので、是非とも一目ドラゴンを見たいと思いまして来ました」
「ドラゴンを見たいが為だけに?」
アーダルが呆れた声で言うと、ムラクはむっとして口をとがらせる。
「ドラゴン、見た事ある人そんなにいます? あれだけ大きくてカッコいい存在は居ないでしょう? 是非とも近くで見てみたいじゃないですか」
力説され、思わずアーダルは少し仰け反った。
いや確かにあれはドラゴンだけど、腐ってもいるんだけど……。
まあ遠くからじゃわからないか。
わたしはそれよりも気になっている事があった。
「さっき狼のボスに使った魔術、あれは一体なに?」
「あれこそがアルケミストの真骨頂です。
「随分と恐ろしい魔術だな」
「魔術ではなく錬金術です」
大きく胸を張るムラク。
錬金術とやらは存在は聞いた事はあるけど、その内容は世の中からは秘匿されているに等しい。使い手は誰もがその内容を明かそうとしない。
卑金属を金にする為の術らしいけど、如何にも胡散臭い。
でも興味はある。
金を作れたらアクセサリー作り放題だし、金を媒体にした魔術の品も作れるから魔術師や僧侶にとっては垂涎の代物もレオンに依頼し放題だわ。
「何故そのような術を学ぼうと思った?」
「金、作れたらめっちゃ大金持ちになれるじゃないですか。一攫千金で夢がありますよ! まあ、今の所全然成果は上がってないし、ボクの師匠はもう死んじゃったんですけども」
わたしと同じような事考えてたわ。
「そうなのね。それで、ドラゴンを見に来るのはいいんだけど、まさか一人で?」
「一人のわけ無いじゃないですか。ドラゴンを倒しに行こうって言って冒険者ギルドで仲間を募って、即座にここに来たんですよ」
思い立ったら行動が速いタイプなのね。
「でも、城に入った瞬間に落とし穴の罠があって。それで仲間全員が落ちちゃってどうしようもなくて城の外でこれからどうしようか考えてたら、狼に襲われたわけです」
「成程な。それでムラク、お主はこれからどうするのだ?」
どうすると問われ、ムラクはあごひげを撫でて考え込む。
「ドラゴンを見ないで帰りたくないですし、臨時とは言え仲間を見捨てるのは流石に忍びないですし……」
わたしと宗一郎は顔を見合わせて頷いた。
「俺たちはそのドラゴンを討伐しに来たのだ。ムラク、良ければ我らの仲間にならないか?」
「え、いいんですか?」
「先ほどの錬金術を見る限り、実力は本物だろうと思ったからな」
「やったやったぁ!」
ムラクは小躍りして喜んでいる。
「じゃあ早速、城に向かいましょう!」
「まぁ待て。急いては事を仕損じるという言葉もある。まずはよく城周辺を見て回ろうじゃないか。お主らは恐らく、よく注意せずに進んだから罠に引っかかったのだろう」
図星なのか、ムラクは顔を真っ赤にして口を結んだ。
「そうです……うっかり城の中に入って一歩進んだら、どうやら罠のスイッチを踏んじゃったようで」
そのうっかりが仲間を殺しかねない。
わたしは今から、少しばかりムラクに対して不安を覚えていた。
このノームの少年は本当に大丈夫なのだろうか?
わたしの不安とは裏腹に、仲間たちは進んでゆく。
やがてアスカロン廃城の前まで、わたし達は辿り着いたのだった。
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