外伝六話:仲間は募るも現れず
早速三人で冒険者ギルドに向かってみると、既にいくつもの依頼が掲示板に貼られている。
いつも見かける採集系、護衛系の依頼に加え、討伐系の依頼がまとめてある場所には飛び切り目立つように、とある依頼が貼ってあった。
”依頼名:ドラゴンゾンビ討伐
依頼主:イル=カザレム王 フェディン=エシュア
目的地:イル=カザレム南西部ライラット地区 アスカロン廃城
内容:依頼名の通り、大穴から飛び去ったドラゴンゾンビの討伐を依頼する。
ドラゴンゾンビは南西へ飛び去った後、住民の証言によればライラット地区
のアスカロン廃城へ降り立ったとの報告があった。
今はそこに落ち着いているが、また何処かへ飛び去るかも分からない。
他国へ逃げ込んだとなれば面倒な話になる。
何としても飛び去る前にドラゴンゾンビを討伐してほしい。
腐っているとはいえ、竜は竜だ。
くれぐれも用心して臨んでほしい。
報酬:十万ガルド、及び城の宝物庫にあるものを一品なんでも各冒険者に与える”
※一ガルドは日本円にしておよそ百円の価値と換算できる
「じゅ、十万ガルド!?」
アーダルが思わず目を丸くするのも無理はないか。
十万ガルドとなれば、普通の人なら何年かは遊んで暮らせるくらいの額だ。
冒険者は装備品とかアイテムで高い物買っちゃうと終わっちゃう額でもあるけど。
「宝物庫にある物を一つなんでも、しかも各冒険者に与えるなんて随分と太っ腹ね。もし存在するなら預言者の髪を編んで作られたタリスマンが欲しいわ」
「噂だけで真偽は不明だがな。しかし、これだけの報酬を用意するとはそれだけ討伐が難しいと言う証拠に他ならぬわけだ」
宗一郎の言う通り。
腐っても竜。竜は死んでもなお強力だ。
知能は生きている時よりも劣っているとはいえ、腐食ブレスは恐ろしい攻撃だ。
ポイズンジャイアントの毒ブレスとは違い、金属製なら装備品をも腐食させて使い物にさせなくなる上に、人間もまともに浴びるとあっという間にその肉と骨も腐らせて朽ちさせてしまう。
なんて恐ろしい攻撃なのでしょう!
依頼文を確認した後、宗一郎はギルド職員が座っているカウンターの所に向かった。
「失礼する。今、サルヴィの冒険者ギルドには上級以上の冒険者はどれだけ登録されているかな?」
職員が机から冊子を取り出して眼鏡を掛ける。
「今見る限りでは十五人程度ですね」
「十五だと? 少なすぎるのではないか」
「今年は引退した人も多かったですからね。怪我やら、年齢やら、あるいは後ろめたい事でこっそり国から出ていったりもありましたし」
宗一郎の後ろからわたしは顔を出して冊子を覗き込む。
上級冒険者の名前が連なっているものの、名前の上には既に取り消し線が引かれているものが多い。
取り消し線が引かれてない人物でも、ではこれから仲間に出来るかと言うと……。
「この獅子戦士ランドールという者は手が空いているか?」
「彼は現在、採集依頼で東の草原にてカエンソウなる薬草を探しています」
「では輝かしいリッカルドなる魔術師は?」
「彼は護衛依頼の為、南の国エディンパスへ出国いたしました」
「……それでは、僧侶の強欲たるガイウスは」
「北にあるヘルトゥール山脈の竜の洞穴なる場所にて、竜の化身となるための修業と称して山籠もりを続けています。戻って来る気配はありません」
「もういい、わかった。つまり線の無い者も全員何かの依頼などで居ないという事だな」
「まことに申し訳ありません」
わたしの思っていた通りだった。
上級冒険者はその経験と実績から、常に何かしらの依頼を受けている事が多いし、ガイウスのように自らを高める為に数年もの修業をすることもざらだ。
彼らがわたしたちの都合よく集まってくれるなんてあるはずがない。
「どうするの?」
「この場に居る冒険者から募るしかあるまい……」
それを聞いたわたしとアーダルは、流石に眉をひそめた。
この時ばかりは考えている事は一致している。
つまりは、無理だろうということ。
宗一郎の言葉を聞いた冒険者たちは、声を掛けられる前にスッとギルドから姿を消していく。
彼らは迷宮の浅い層をうろちょろして小銭を得ている連中が大半で、最初から迷宮の深層に挑もうとする気概のある人は皆無だ。
中層に挑んでいる冒険者も中にはいるだろうけど、彼らも自分の身の程はわかっている。
ドラゴンに挑むなど、夢物語に過ぎないと。
「あ、ユリウスとリースヴェルトだ。おーい!」
その時アーダルは知り合いを見つけたのか、とんがり帽子を被った女魔術師と金髪の戦士に話しかけていた。
二人ともそれなりに経験を積んできた雰囲気が見える。
「……あら、もしかしてアーダル? 服が変わってるからちょっとわからなかったわ」
「盗賊から忍者にクラスチェンジしたんだよ」
「それは凄いじゃないか」
金髪の戦士、ユリウスが感嘆の声を上げた。
中々整った顔つきをしているけど、宗一郎に比べたら精悍さが足りないかな。
戦士にしては線は細めだけど、修羅場はくぐってそうな目つきをしている。
「ユリウスとリースヴェルトは何してるの?」
「これから迷宮の調査に行くところだよ。臨時とはいえ仲間も集めたし」
「ところでさ。僕らも依頼を受けて動く事になったんだけど、一緒に来ない? 仲間が足りないんだ」
一瞬、二人の間に沈黙が流れる。
彼らは背後にでかでかと貼りだされている依頼を見て、こちらに視線を戻した。
「もしかして、ドラゴンゾンビの依頼をやるつもり?」
「そうだけど」
「いやぁ、私達にはちょっと荷が重すぎるわねえ。申し訳ないけど」
「僕らもアーダル達と組んでから、迷宮に何度か潜って経験を積んできたけども、せいぜい倒せるドラゴンはガスドラゴン程度だよ。ようやく地下三階を歩けるようになってきたくらいだからね」
「流石に本物のドラゴンと対峙するのは無謀だわね。アーダルは忍者になったとはいえ、ドラゴン討伐やるつもりなの?」
「もちろん、僕だけじゃないよ。ミフネさんとノエルさんも居るからね」
「ミフネさんだけじゃなくノエルさんも? 彼らと組めるなんてうらやましいよ」
驚嘆するユリウスに、ちらっと宗一郎とわたしに目をやって会釈するリースヴェルト。
「流石にわたし達でも三人ではドラゴン相手はちょっと厳しいから、もう少し仲間が欲しかったんだけどね……」
「僕らでは流石に力不足ですよ。力になりたいのは山々ですけど」
言われ、しょんぼりと肩を落とすアーダル。
それは仕方ないだろう。本人たちが自分の実力を一番よく把握している。
彼らを連れて行った所で、足手まといにしかならないだろう。
「じゃあ、僕らは迷宮に行ってきます。ミフネさんたちも気を付けて」
「ああ。お主らも気を付けてな。迷宮に異変があったら知らせてほしい」
「わかりました」
ユリウスとリースヴェルト、臨時の仲間たちは連れ立ってギルドから出て行った。
「やっぱり仲間は加えられそうにないわね。どうする宗一郎?」
視線をちらと送ると、宗一郎は長い事唸っていた。
唸ってはいたが、やがて諦めて首を振った。
「
やっぱりそうなるのね。
まあ、わたしは宗一郎についていくってもう決めてるし。
「やれるだけやってみましょう。でも無理は禁物よ。これだけは二人も約束して」
まだいけると思って全滅した冒険者は数知れず。
普段より人数が少ない冒険ともなれば、用心に用心を重ねてなお石橋を渡らないという心構えが必要になる。
「苦労はするにしても、倒せるんじゃないですか。僕とミフネさんは二人で亡国の女王を倒したわけですし、僧侶のノエルさんが居れば大丈夫でしょう?」
アーダルの言葉は、油断に満ちていた。
亡国の女王がどれだけ強いのかはわたしは知らない。
しかしドラゴンを相手にして舐めてかかったら死は避けられない。
わたしが諫めようと声を発する前に、宗一郎はアーダルに向かって言った。
「それは違う。女王たちとの戦いは単に運が良かったから勝てたに過ぎない。俺が鬼の力に目覚めていなければ、二人とも不死者の仲間入りをしていたはずだ」
言われ、アーダルはばつが悪そうにうつむく。
「それまでの道のりも楽ではなかっただろう? アーダルは水晶の儀式剣とエルフの
「ご、ごめんなさい」
「アーダルが強くなったのは間違いあるまい。その自負を持つのは良い。しかしうぬぼれてはいかん」
「……僕はまだまだです。うぬぼれてはいないつもりです」
「なら良い。亡国の女王も厄介ではあったが、竜も厄介さで言えばあの女に匹敵するぞ。街を一晩で滅ぼすのは余裕でやれるからな」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。ドラゴンにまつわる文献を一冊でもいいから読んでみると良いわ。その手の逸話は幾らでも出てくるから」
アーダルにドラゴンの恐怖を教え込んだところで、さて三人で行くことに変わりはないけども、油断さえしてくれなければ忍者という存在は心強い。
たとえ見習いの新米であっても。
さて、依頼の内容を確認して仲間を募ろうとして募れなかった以上、もうギルドでやる事はなくなったわけで。
「では、一旦解散しよう。各々冒険の為の準備を整えてくれ」
「分かったわ」
「了解です」
わたし達はそれぞれの寝床に戻った。
散らかっていたイブン=サフィールのVIP部屋は客室係の仕事のおかげで、すっかり整理整頓されて綺麗に戻っている。
準備を始めよう。
まず武器のモーニングスター。
防具の祝福された鋼の胸あてに軽い合金製の円い小盾。
それ以外にも、三日分の食料と水。
食料は干し肉や固めのパン、塩漬けや酢漬けにした野菜類。
そう言えば宗一郎は何かの薬草を乾燥させたものを持って行ってたっけ。
あれは栄養満点で水で戻してすぐに食べられるんだけど、味がとにかく不味いのが難点だったなあ。
思い出すたびに苦虫をかみつぶした顔になってしまう。
水が最も大事だけど、わたしは空間魔術を施した水筒を持っている。
圧縮水筒という名のそれは、皆が想定するような手頃なサイズの水筒だけども、その中には物凄い量の水が詰め込める。
お風呂に三日は水を替えて入れるんじゃないかって思うくらいの量。
そんなに要らないんじゃないかって思うかもしれないけど、わたしは体を出来るだけ清潔に保ちたいし、水はあればあるだけ有難いもの。
それだけ入れると重たくて運べないんじゃないかって思うかもしれないけど、そこは空間魔術の粋が込められた水筒。
なんと普通の水筒の重さくらいにしかならないというから驚きよね。
もちろんその分高くて、買うのに宝石や貴金属が幾らか必要になるくらいの価格なんだけども、冒険を便利にするためには背に腹は代えられない。
あと日差しがきついから日焼け止めも必要かな。砂漠を歩かないとは言っても。
そして、薬類。
麻痺治しの調合薬と石化治しの銀の針。
他の薬はともかくこの二つは必ずわたしも持っていく。
麻痺と石化は掛かったら死ぬのと同じようなものだから、必ず持っておくべき。
久しぶりの冒険にわたしの胸は躍っている。
同時に、以前のようにやれるのかという心配も脳裏をよぎった。
手慣らし、というにはあまりにも強い相手。
「いけないいけない!」
弱気な考えはやがて自分の考えも後ろ向きにしてしまう。
わたしだけではなく、宗一郎だって居るのだから。
あとアーダルも。
荷物をバッグに詰め込み、わたしは準備が出来た。
しかし実際に出かけるのは明日になる。
宗一郎の武具の手入れがまだ終わってない、という連絡があった。
急ピッチでブリガンドさんにやってもらっているとはいえ、もし不備でもあって戦闘中に折れたり壊れたりしたらパーティが全滅しかねないから仕方ない。
わたしは今日はゆっくりと眠り、英気を養った。
翌日。
わたし達はいつもの馬小屋に集まり、黒ずくめのカイムスを呼び出した。
彼はイル=カザレムの国内であればどこでもテレポートによって移動させてくれるという便利屋をやっている魔術師だ。
かつては国中に名を馳せた高名な魔術師だったと聞いているけど、片方の手足を失い冒険者を引退した。今は木製の義手になっている。
「南西の廃城だね。その場所は記憶しているけど、依頼とは言え難儀な場所に行く事になったものだね」
「迎えはひとまず、三日後に頼む」
「了解。では早速テレポートの準備をするから集まってくれ」
魔法陣を描いた場所に私たちは集まり、立つ。
カイムスが詠唱を始めると、ぞわぞわと肌が泡立つ感覚を覚えた。
テレポートの感覚は、いつ味わっても慣れない。
目を開くと、わたし達は荒涼とした砂漠のただ中に立っている。
イル=カザレムの南西部、棄てられた土地ライラット地区。
目の前にある大きな城は、かつての姿を失って朽ち果てている。
「ドラゴンゾンビが逃げ込んだ城はここね」
アスカロンの廃城。
それがこの城の名前だ。
「ひええっ!」
その時、誰かの悲鳴が砂漠に響き渡る。
悲鳴が上がった方向に目を向けると、大荷物を背負ったノームと思しき人がデザートウルフの群れに襲われていた。
「たたたたたた助けてえ!」
「宗一郎!」
声を掛けると、宗一郎は無言でうなずいて走り出していった。
その後をアーダルとわたしで追いかける。
目の前で困っている人がいるのなら、助けない道理はないと宗一郎は口癖のように言っていた。
わたしも出来る限り、助けられる人がいるのなら助けたい。
僧侶はその為に居るはずだから。
「今、助けるからね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます