外伝五話:王様からの通達

「おはようございます。おはようございます、ノエル様」

「……んん」


 誰かの声が聞こえる。

 目を覚ますと、わたしの泊まっている部屋にその声の主が入り込んでいる。

 全く見覚えのない人。


「だ、誰!?」


 咄嗟にベッドの側に置いているモーニングスターに手を掛けると、入って来た人は慌てて弁明する。


「ホテルの客室係ですよ! 頼みますからその武器を降ろしてください!」

「ああ。スタッフさん……」

「部屋の外から何度お声をおかけしても返事がないものですから、仕方なくマスターキーで入ったんですよ。それにしても、凄い事になっていますね」


 客室係は部屋を見回し、少しばかり溜息をついた。

 これから部屋の清掃や片付けを行ってもらうのだけども、今からすでに申し訳ない。

 わたしの泊まっているVIP用部屋はすっかり散らかっていた。

 主にワインの瓶や蜂蜜酒の小樽と、食べ散らかしたおつまみや脱いだ服などで。


 ん、脱いだ服?


「うわっ!」


 わたしはあわてて毛布をかぶった。

 っていうか下着姿じゃん、なんで!?

 いや、多分酒を飲みすぎて体温が上がって暑くなったから、か?

 客室係は慌てるわたしを後目に部屋の片づけを始めている。

 くそ、わたしのこの体を見ても気にならないのか。男なのに。

 と思いきや横目でちらちらと見ているのに気づいた。やはり男だな。


 わたしは昨日、あまりにも感情の持って行き所を見失ってついやけ酒をしてしまった。

 普段は嗜む程度にしか飲まないのに思い切りがぶ飲みしてしまったものだから、今のわたしの頭は教会の大鐘をひっきりなしに叩かれているような痛みに襲われている。

 そして胃は大荒れの嵐を引き起こしており、つまり非常にまずい。


「うぷっ」


 嵐は今にも胸から喉までせりあがってきており、もはやせき止めておける限界を越えていた。

 急いでトイレに駆け込み蓋を開けて、吐く。

 さながら滝のようにとめどなく溢れてくる。

 トイレの便座を抱えている最中だというのに、背後から客室係が声をかけてきた。


「あの、伝えたかった用件があるのですが宜しいですか」

「……なに」

「ミフネ様がロビーでノエル様をお待ちです。ですが、もうしばらく待ってもらえるかと伝えた方が宜しいでしょうか?」

「……そうしてもらえると有難いわ」


 少なくとも、胃の中身を全て吐き出すまではとても下に降りられそうにはなかった。




 ようやく全てを綺麗に吐き出し、人前に出られるように身支度を整えてロビーに降りる頃にはすっかりおやつの時間になっていた。

 わたしは起こされたのはお昼のはずだったんだけども、吐いてからもぐったりして着替える気力が中々出てこなかったのだから仕方ない。

 ロビーのテーブルの一つに、宗一郎とアーダルが座っている。

 何やら二人とも笑って話しをしている。

 随分仲がよさそうな事で何よりじゃないですか?

 額に少し血管が浮き上がるのを感じながら、わたしは静かにその席に座る。

 宗一郎は二日酔いの風体をしたわたしを見てしかめ面をするけど、それ以上何かをいう事は無かった。

 昨日の事もある。宗一郎にも当然負い目はある。

 わたしが怒るだけの理由があったのだと理解している。

 

「ノエルさん、だいぶ酷い顔ですね。どうしたんです?」

「昨日ちょっと飲みすぎただけ。大丈夫よ」


 テーブルに置いてあったコップの水をぐっと飲み干す。

 水は体の隅々にまで行き渡り、残ったアルコールを全て洗い流してくれる気がする。

 少しほっとした。

 宗一郎はテーブルに肘をついて両手を組み、おもむろに話しを切り出した。


「今朝、フェディン王に呼び出された」

「王様に? 何の用かしら」

「決まってる。昨日迷宮近くにできた大穴についてだよ」


 やっぱりそれか。

 でも、わざわざ宗一郎を呼び出すなんて、フェディン王は一体何を伝えたかったんだろう。

 王の依頼をこなして信頼を得てるとしても、宗一郎は一介の冒険者に過ぎない。

 とはいえ、冒険者として宗一郎ほどの実力と実績を持っている人はいまやサルヴィにどれだけいるだろうか。

 もしかしたら、王も宗一郎の事を頼りにしている部分があるのかも?

 そう考えると少し嬉しいな。

 

 宗一郎曰く、王は次のように語ったそうだ。

 

 まず、大穴の調査を第一に進めたいと。

 大穴がどのくらい深い所まで貫いているのかを確かめる。

 そして何が墜落したのかを突き止める必要があると。

 墜落したものが無害であればそれでよし。しかし有害であればただちに排除する必要があると。

 それは当然だろう。

 首都のごく近くに正体不明のものが落ちて、それが悪さをし始めたら大変な事になるのは間違いない。

 魔物であれ、疫病の素であれ、どちらにしてもまずは正体を明らかにしなければ対処のしようがない。

 害がないと分かっても、あれだけの大穴を放っておくわけにもいかない。

 埋め立てる必要があるけど、土や砂をどこから持ってくるのか、どれくらい人員と月日が必要になるのかを計算する必要がある。

 砂は近場にいくらでもあるけども。

 

 次に迷宮に異変が発生していないかの調査も必要だ。

 しかし、大穴の調査に王国の人員の大部分を割くので、こちらは冒険者たちに任せたいとのことだ。

 兵士達は迷宮に不慣れであり、踏み込める階層もそこらの冒険者とそれほど変わらないらしい。

 王の近衛兵の中には宗一郎にも比肩しうる実力を持つ戦士や魔術師もいるみたいだけど、それらを迷宮に投入すると城の守りがおろそかになってしまう。

 以上の様々な理由を考慮すると、結局冒険者たちに丸投げするのが手っ取り早い。

 冒険者だって迷宮の異変が原因でうっかり死ぬのは御免だろう。

 深層に踏み込まず、中層や浅い所で小銭を稼ぐ彼らに調査してもらうのがいいだろう。

 どちらにしろ深層に踏み込み、余す所なく歩きとおすのはわたし達がやるのだ。


 迷宮調査に関連して、王は次のような事も言っていた。

 昨日、出来る限りの梯子を掛けて大穴を調べていた所、迷宮の壁と思われる部分が露出していたとの報告があったそうだ。

 そこで大穴を利用して、エレベータを設置するつもりだと。


 フェディン王は迷宮に魔物が蔓延る現状を憂いている。

 今は魔物は迷宮内部で大人しくしているが、いつ気まぐれを起こして外に出てくるかもわからない。

 ドラゴンゾンビが大穴から飛び出したように、魔物の群れが首都を襲う事態も十分考えられる。いつ爆発するかわからない爆弾を懐に抱えているようなものだ。

 だからこそ、有力な冒険者が深層に降りるのを少しでも楽にできるようにするとの事だ。


 これはわたし達には朗報だった。

 どのような原理かは未だ不明だけど、迷宮の主が倒されるとその中に棲みついている魔物たちも姿を消してしまう。

 全く居なくなる事はないにしても、弱い魔物がわずかに残るくらいで危険性は大きく下がるのだ。

 迷宮が首都近くに隣接しているというのは、わたしの冒険者経験の中でもサルヴィで初めて見たものだった。

 そのおかげでサルヴィは冒険者で栄えている街でもあるのだけど、フェディン王は冒険者が集まるのを歓迎してはいないようだ。

 冒険者は様々な人がいる。

 中には荒っぽい人、というかどうみてもゴロツキまがいの人も居たりして、治安と言う面で言えばマイナスでしかない訳で。

 むしろ騒ぎを起こす連中と見ている街の人や衛兵たちもいるくらい。

 冒険者ギルドはその印象を拭うべく、様々な啓蒙活動を行っているけどその効果は芳しくはない。

 イル=カザレムは今や貿易で利益を大きく上げている国だ。

 かつては迷宮から持ち帰って来る財宝などで潤っていたかもしれないけど、今となってはたかが知れている。

 だからこそ、有力な冒険者(つまりわたし達)に目を掛けて迷宮をさっさと攻略してもらいたいというのが王の本音だろう。



「そして最後に、腐竜ドラゴンゾンビは事実上放置せざるを得ない、というのが王の言葉だった」


 宗一郎は語る。

 

「大穴と迷宮の調査に王国の人員と冒険者を割く以上、ドラゴンゾンビを追いかける余力はないって事ね?」

「そうだ」


 わたしの問いに宗一郎は頷いた。


「フェディン王は出来れば、俺たちに腐竜ドラゴンゾンビを討伐してもらいたいと言っていた。実質王からの依頼のようなものだな」


 余力はないが、かといって全く放っておくわけにもいかない頭の痛い存在。

 だからこそ一番の精鋭を当てるのは全くもって正しい判断だ。

 宗一郎は元々そのつもりで準備を進めていたのだけども。

 わたしも迷宮に潜る前に肩慣らししとこうと思ってたけど、肩慣らしがドラゴンとはねえ。


「全く、神様はいきなり辛い試練を与えて下さるものだわ」

「俺たちなら出来る。必ずや腐竜ドラゴンゾンビを討伐できるだろう。何よりノエルがいれば守りは盤石だ。俺たちが傷ついても回復してくれる事で、何度でも立ち上がれるからな」


 その言葉は少し嬉しくてときめいたけど、わたしはつとめて感情を抑えた。


「とはいっても、流石に三人でドラゴンゾンビ討伐は厳しいわ」

「無論、けして油断できる相手ではない。早速、冒険者組合ギルドに行って仲間を募ってみよう。幾ら上級の冒険者が減ったとはいえ、少しはまだ在籍している者も居る筈」


 仲間、か。

 上手く行くと良いけど。


「何か言ったか?」

「いいえ、何でもないわ。善は急げ、早くギルドに向かいましょう」

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