外伝十話:城一階の探索

 アスカロン廃城の中へ踏み居る。

 城の中は日光が入らない分、薄暗い。

 城に人が居た頃は灯りをつける為の松明や魔光灯があったのだろうけど、今はもう無人の廃墟。そんなものは無い。

 一応外の光を取るための小さな窓もあるけれど、窓は小さく、あまりにもか細い。

 廃城の中を歩くには頼りなさすぎる。

 だからわたしは、ひとつの奇蹟を唱える。


サンライト陽光


 手のひらから太陽の光に似た灯りが浮かび上がり、わたし達の頭上を照らす。

 魔術で作られた灯りは青いが、奇蹟によって作られた灯りは陽光に似ている。

 それは何故なのかと修道院に居た時に聞いた事がある。

 でも誰も深く考えていなかったのか、詳細はわからなかった。

 恐らくは太陽の光こそが神の恩寵そのものだとイアルダト教では示されているからこそ、その再現の為の奇蹟なのかもしれないとわたしは思っている。


 サンライト陽光は迷宮に居る限り基本的に消える事は無い。

 魔術を打ち消す領域に入り込んだり、魔物が魔術を打ち消す呪文を唱えない限りはいつでも明るく、薄暗い物陰から正体不明の敵に襲われる危険性はかなり減る。

 もちろんわたし達の姿も敵から丸見えだけど、そもそも迷宮の魔物たちは薄暗がりにいて暗闇に目が慣れていて、灯りが無い状態でも侵入者の姿は察知出来ている。

 だから冒険者たちが迷宮に灯りを持たずに入るのは自殺行為に等しい。

 気配を消して忍び込める忍者だったら、魔物に気取られる事なく歩けるかもしれないけど。


 城の中に入ると、身震いするような空気がわたし達を包んだ。

 外は灼熱の砂漠の熱気が襲い掛かるというのに、魔術で冷やされた冷蔵室の中かと勘違いするくらいだ。

 吐く息が白く空気中に見える。

 これほどの冷気を感じるという事は。


「居るな。亡霊どもがうようよと」

「それならわたしの出番ね」


 狼といい、寄生された冒険者といい、わたしが出る幕が中々なかったけど、不死者がいるのなら話は別。

 僧侶は不死者と対峙する時こそもっとも真価を発揮する。

 早速、闇の向こうからおぼろげな人影が音もなくやって来た。


「侵入者……排除……」


 おぼろげな姿はぶつぶつと独り言を上げながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 鎧兜に身を包み、ロングソードと盾を手にした亡霊。

 装備は古めかしく、おそらくはこの城を守っていた兵士、門番だろうと思われた。

 霊には物理的な攻撃は一切通用しない。

 武器に何かを塗り付けて属性を付与するか、祝福された武器でも持ってなければ太刀打ちできない厄介な相手だ。

 

「さぁ、来なさい」


 そろそろ体を動かしていかないと、鈍った体はいつまで経っても錆び付いたままだ。

 軽く肩を上下させ、首を左右に傾けてコリをほぐし、目の前の敵を見据える。


 虚ろな門番は二人。

 その片方が早速剣を振り上げ、攻撃してきた。

 でも亡霊の攻撃は遅い。

 持っている小盾でしっかりと受ける。

 亡霊は実体がない筈なのに、受けると衝撃を確かに感じる。

 わたしは受けきった後、モーニングスターを門番の頭に振り下ろした。

 祝福されたモーニングスターは門番の頭をすり抜ける事なく、きっちりと捉えている。

 頭はひしゃげているけど、血を出す事は無い。

 潰れた頭を不思議そうに盾を持った方の手の指で撫でると、ゆっくりと虚空に消えていった。致命傷を食らったと悟ったのだろうか。


 もう一人の門番は同僚の様子を気にも留めず、続けて剣を振るってくる。


フォース衝撃波!」


 咄嗟にわたしはモーニングスターのトゲ鉄球を門番に向けると、そこから衝撃波が発されて門番は吹き飛んだ。

 衝撃波は空気の圧縮によって発生する。

 亡霊は確かに物理攻撃を受けないけれど、強烈な空気の流れには抗えないのかあっという間に後方へと遠ざかっていく。

 そしてわたしはひざまずき、祈った。


「主よ。哀れな迷える子羊を御救い下さい。彷徨える魂をその御手によって導き、天への道を指し示してください――」


 文言を唱えた瞬間、柔らかな光が天から差し込まれ、門番の亡霊を包み込む。

 呪われた彼の魂は徐々に浄化され始め、虚ろだった目には光が宿り、生前の姿を取り戻し始める。

 彼はようやく自分がどうなっていたのかを悟り正気に戻ると、わたしたちの方へと目を向けてわずかに微笑んだ。

 そして彷徨っていた門番の魂は光の柱に導かれて天へと昇り、消えていった。

 ひとまずの敵を退け、わたしはほっと息を吐く。


「こんな所かな」


 蘇生してからそれほど時間は経ってないけど、そこまで感覚が鈍っていなくて良かった。

 これなら十分パーティのお荷物にならずに戦える。


「あっさりと解呪ディスペルが決まったじゃないか。衰えてはいないな」

「まあ、あんまり現世に強い未練を残しているような亡霊じゃなかったから」

「未練があるとディスペルの成功率が下がるんです?」

「あまりにも未練が強すぎると、導きの光を無視しちゃうのよ。そういう霊は大抵強力なものが多いんだけど」


 未練を残しこの世に留まっている霊は、生前の恨み憎しみが骨髄にまで染み渡っている者ばかりだ。

 その負の感情の分だけ、強力になっている。

 だからこそ昇天する気にもならないんだけど。


 亡霊を片付けた後は、少しばかり冷えた空気が緩和された。

 それでもまだ冷えた空気は足下に立ち込めていて、寒気が体に伝わってくる事に変わりはない。

 城の中を道なりにしばらく歩いていると、大きな門が左手側に見えた。

 真っすぐに通路はまだ続いても居る。

 どちらに進むべきか、短い議論の末に門を開けてそちらへ進んでみる事になった。


 門は時間の経過によって古びてはいるものの、外とは違って日光と風雨に晒されていない為か朽ち果ててはおらず、しっかりとその姿を残している。

 鉄製のがっしりとした門は、ちょっとやそっとの攻撃では破壊できそうにない。

 門の前には何かをはめ込む台座があり、その中には鷹の紋様が模られたレリーフがはめ込まれていた。

 

「門を開けるぞ」


 門の横にはスイッチがあり、宗一郎がそれを押すとず、ず、ずと門は徐々に上がり始めた。

 数百年の時を経てもなお、機能を失っていないのは凄い。


「ゆこう」


 宗一郎が先に踏み込み、わたし達が続く。

 門の先を真っすぐに行くと、すぐに右に行く分かれ道があった。

 右へ行く。

 すると同じような門がすぐに見えて、その前に人影のようなものが見えた。

 歩いていくにつれ、わたしの作った灯りによって人影は徐々に照らされてその全容を明らかにする。


 まず、人型ではあるものの人ではなかった。


 背丈は人の二倍もある魔物で、頭は山羊になっている。

 体は人のようであるけど、漆黒の鎧に身を包んでいた。

 右手には剣を握っている。

 ツヴァイハンダーに似ているけど、人間が持つと特大剣に属するような大きさだ。

 それを片手剣のように軽々と振るうとは、どれだけの力があるのだろう。

 左手には何も持っていない。


「山羊頭の騎士、か」


 宗一郎は呟いて、打刀を鞘に納めた。

 代わりに背の鞘から抜いたのは、野太刀だ。

 大型の魔物を相手にする時は、頑丈で肉厚の野太刀を使わなければ体を叩き斬る事は出来ないと宗一郎は言っていた。


「見るからに只の魔物じゃなさそう。悪魔っぽい雰囲気がするわ」

「それは山羊頭だからですか?」

「そうでもあるけど、身にまとう雰囲気がこの世のものじゃないのよ。アーダルも少し感覚を研ぎ澄ませたら、多分わかるはず」


 悪魔の種類にもよるけど、この相手は見るからに強そうな雰囲気を放っている。

 

 山羊頭の騎士は門の前から動こうとせず、こちらを見据えている。

 門の先には行かせないという明らかな意志を感じた。


 悪魔は他の魔物とは違い、知性のある者が多い。

 それは人間を相手に騙す輩が多いからか、それともかつて天使であった頃の名残だからだろうか。

 いずれにしても、冒険者にとっては厄介な相手に変わりない。


 徐々に距離を詰めるにつれ、山羊頭の騎士の目が細く鋭くなっていく。

 騎士は腰を更に沈め、剣を両手に握り柄を顔の前に構え、切っ先をこちらに向けている。


 ふしゅう、という呼気が聞こえた。


「自分を倒さねば先へは進めない、との宣言だな」


 宗一郎はいつの間にか獣のような笑みを浮かべていた。

 相手が強ければ強い程、彼の心はある種の歓びに満ちていく。

 それは強者と切り結びたいという、侍や戦士の持つ闘争本能。

 本能のままに戦う魔物より、同じ剣や武器を扱う者を前にするとよりその欲望は高まっていく。

 わたしにはわからない感覚だ。

 そしていつの間にかアーダルも同じ顔をしていた。


 先に、山羊頭の騎士が動き始める。

 剣を上段に構えて勢いよく振り下ろすと、剣から竜巻が発された。


「むっ!?」


 竜巻は左右に素早くぶれながら地面を削り移動する。

 アーダルと宗一郎は最小限の動きで、わたしとムラクは竜巻の軌道上から思い切り逸れるように避けた。

 そして宗一郎とアーダルは二人で騎士に向かっていく。

 騎士はアーダルのハンドアクスの斬り込みを左腕のガントレットで受け、次いで宗一郎の刀の一撃は右手の剣で難なく弾いた。

 二人ともたたらを踏んで後ろに下がる。


 山羊頭の騎士は力任せではない、確かな剣の技を持っている。

 しかもどうやら魔術も使える魔法剣士と来たものだ。

 どちらも高い水準で使いこなせる者は中々いない。

 

 山羊頭の騎士は口の端に笑みを浮かべた。

 その程度か、と言わんばかりに。


「これは中々、手強いな」


 宗一郎は誰にでもなく、自分に言い聞かせるように呟いた。

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