第四十二話:歓喜の時
聖堂に戻った時に見た光景は、親子喧嘩であった。
どうやらアーダルの本当の名はアデーレと言うらしい。
「何故、故郷を出たのだアデーレ。訳を聞かせておくれ」
「別に深い考えなんてないよ。ただ女の僕だって故郷を出たかった。旅をしてみたかった。それだけだよ。父さんだってしきたりの意味がわからないってぼやいてたじゃないか」
「それはそうだが……」
「そもそも、男と女でなんでしきたりに違いがあるのかよくわからない。そりゃ、男と女で身体のつくりは違うから出来る事と出来ない事はあるだろうけど、故郷から一歩も出るななんて、僕には我慢できないよ」
アーダルは心の底から叫ぶように言葉を吐きだした。
俺の故郷でも、女は男よりも行動やらなにやら制限されていたように思える。
女は男が外に出ている時に家を守る要であり、世継ぎを生む為の存在である。
逆に言えばそれ以上の価値がない、と暗に言っているように思えた。
世継ぎの男子を生む事でその母となり、ようやく女は上に立つ事が出来る。
それ以外の手段はほぼ無いと言い切ってもいいくらい、女と言う生まれだけで不利益を被る事は多い。
受け入れるか、抗うかは個人によって異なるが……。
一般的な話になるが、女の一人旅は危険を伴う。
男に比較して腕力も弱く、女と言うだけで襲われる確率は飛躍的に増大する。
アーダルが旅をするにあたり、男装をしているというあたりでもうなずけるだろう。
故郷から出るなというしきたりが出来るのもわからなくはない。
それでも旅に出たい、家に縛られずに自由を得たいという意志が固いのであれば、もはや止められないだろう。
ここに居るアーダルのように。
「ミフネぇえええええ! 何とかしてくれぇ!」
アーダルに返す言葉もなく、俺にすがりついてくるゼフ。
「本人の意思は相当に固いようだな」
「お前が冒険に連れ出したからじゃないのか!?」
我が子がかわいいのはわかるが、流石に筋違いの事を言い始めやがったぞこの親父。
「連れ出したわけじゃない。そもそも最初の冒険でお主の娘はな、追い剥ぎの集団に襲われて死にかけていたんだぞ。俺が助けなければアーダルはお主と一緒に遺体安置所で寝ていただろうな」
「なんだと……」
「そこから事情を聴き、お主を蘇らせたいからと言う願いを聞いて一緒に迷宮に潜り、宝を探し当てたのだ。お主が隠した宝をな」
「俺の宝? 何の事だ」
きょとんと俺を見るゼフ。
「お主は盗賊の迷宮に宝を隠していたのではないのか?」
「いや。俺の宝は自分の部屋に隠しているが」
「お主の部屋を家探ししたのに見つけられなかったんだが?」
「そりゃ、お前らの探し方が下手くそなだけだったんだろう。そこらの盗賊じゃ見つけられないように、空間を歪ませる護符の下に隠したからな」
どうやら迷宮に隠されていた宝は別の誰かのものだったようだ。
俺たちはただ単に運が良かったのか……。
これで宝が見つからなかったら、本格的に無駄骨折りで別の方策を考えなければならないところだったな。
「ともかく蘇られて良かったよ。そのまま死んでいたら故郷の土を二度と踏めなかったのだぞ」
「それは、確かに」
「アーダル、アデーレだってもう十五を過ぎた立派な大人なんだ。いつまでも子供とばかり思わず、一人前の大人として接したらどうだ。まだ未熟なのは確かだが、俺の誇りに掛けてお主の娘は死なせはしない」
俺がそう言うと、ゼフは腕を組んで考え込む。
「そこまで言うのなら、娘を貰ってやってくれんか」
その言葉に俺の心拍数は跳ね上がる。
同時にアーダルの顔も瞬時に赤くなり、口を手で抑えた。
一体何を言い出すんだこの親父は。
「お主らと俺は知り合って一週間と経っておらんのだぞ。冗談にしては笑えぬ」
「確かに一日くらいしかお前とは組んでおらんが、お前の人となりについては以前から噂で流れてきていた。それに足手まといになりかねない俺の娘とたった二人で迷宮に潜り、宝を探し当てて俺を蘇らせようとするなんて、中々出来る事じゃない。普通なら俺など見捨てられても仕方ないだろう。強さについては言うまでもない」
そう言われるとこそばゆくなるが、だからと言って安易に嫁にもらうなどとは口が裂けても言えぬ。
「俺は、心に決めた人以外に嫁を貰う気はない」
「わかってるよ。言ってみたまでだ。だがお前にその気があれば、もう一人くらい嫁に貰ってもいいんじゃねえのか」
「父さん、勝手に話を進めないでよ!」
アーダルから横やりが入り、思わず俺はホッとする。
「ともあれだ。お前が俺の娘を見ていてくれるというなら、これ以上心強い事は無い。後は頼んだぞ。ただし、死なせたりしたら容赦なくお前をぶちのめしに行くからな」
「その言葉、胸に刻もう」
ゼフは笑い、俺の背中をバシバシと叩く。痛いんだが。
これでアーダルもようやく本当に自由な冒険者としての道を歩めるようになった。
俺はこの子を立派な冒険者として独り立ちできるように、それまで見守らねばならぬ。
責任重大だ。
「俺は一足先に部屋に戻り、何日か休んだら故郷に戻る。世話になったな」
ゼフは寺院から出て、足早に自宅へと戻る。
俺たちも続いて外に出ようとすると、一人の僧が金貨袋をたくさん持って現れた。
「先ほどのお布施のお釣りとなります。どうぞ受け取ってください」
何とこれほどの金貨が手元に戻って来るとは思わなんだ。
これだけの金貨があれば、俺が貯めてきた金額と合わせればもうノエルの蘇生費用を満たして有り余る。
さっそく俺はカナン大僧正に願い出て、今からでも蘇生の儀を行えないか僧に願い出てみるが。
「申し訳ありません。大僧正はこれより隣国のシルベリア王国へと出立するのです」
「何のために?」
「なんでも、大切なお方が不慮の事故でお亡くなりになられたそうで。蘇生の儀式を依頼されたそうです」
「わざわざ行く必要も無いと思うのだが」
「そうは言われましても、お隣の国の事情もあるでしょう。なんでも最近は異教が栄えているようでして、我らイアルダト教に帰依する者も少なくなり、蘇生の儀を執り行える高位の僧も減っているようなのです」
シルベリア王国も国教はイアルダト教と定めていたはずだが、そんな事になっているのか。宗教絡みの国の争いは中々収まらない。
治安の悪化も考えられる。
大僧正が襲われたりしないだろうか、不安だ。
「大僧正の安全については大丈夫です。国直属の親衛隊の中でも指折りの実力を持つ者たちに警備してもらいます。我らの僧兵も護衛に加わりますので、むざむざと殺されたりする事態にはならないでしょう」
「いつ頃戻ってくるのだ?」
「来週の頭には戻ってこられるかと」
「仕方がない。それまで待つしかないか」
「ミフネ殿には大変な額のお布施を頂いてます故、戻ってきましたら一番に蘇生の儀を執り行うようにいたします。何卒ご容赦を」
「わかった。済まぬ事を聞いたな」
残念だったが、ひとまず来週にようやくノエルを蘇らせそうだ。
はやる気持ちを抑え、俺とアーダルは寺院を出る。
ようやくだ。
ここまで長かったような、短かったような気がする。
そう思うと体が震えて止まらない。
「これからどうします?」
「ぱーっと飲みにでも行くか?」
「いいですね。全部終わりましたし気持ちよくなりましょう!」
俺とアーダルは街の酒場へと繰り出し、それまでの苦労を洗い流すように酒と料理を頼み、気前よく周囲に居た客にも奢ってやった。
全ての苦労は来週に報われるのだ。
その時の俺は、呑気にもそう思っていた。
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