第四十一話:親子の再会
寺院へ向かう足取りは最早小走りになっており、アーダルはしきりに俺に向かって遅いですよ、なんて言葉を投げかけてくる。
まだ俺は先日の疲労も抜けていないというのに、若い奴は生命力に溢れていて困る。
そう、生命力だ。
何故若い冒険者たちの蘇生費用が安いのか。
何故それなりに年齢を積み重ねた冒険者たちの蘇生費用が高くなるのか。
寺院は持てる者達、つまり上級の冒険者たちからは金をとるのが当たり前だと言う建前を持ってはいるが、実情はもう少し異なる。
冒険者になり立ての者は、よほどの例外が無い限りは大抵若者だ。
十五歳くらいで適性のある職の登録と訓練を受け、希望と野心を抱いて冒険者となり、依頼を受けたり迷宮に潜る。
そしてあっさりと死ぬ。
だが彼らは若い故に生命力に漲っている。
蘇生が成功する確率は生命力があるかどうかに掛かっている。
寺院に運ばれても大体は蘇り、この世に戻って来れた事を安堵し、そして冒険者を辞めていく。
そういうものだ。
ゼフは三十五歳だとアーダルが言っていた。
生命力は年を経るほどに失っていく。
当然だ。それが生命の摂理なのだから。
五十も過ぎると、蘇生の確率はがくんと下がってしまうという。
少しでも蘇生の確率を上げる為に、
現状では最上位の奇蹟である為に、費用は一番掛かる事になっている。
そういう訳で年を喰った冒険者、いわゆる上級冒険者たちの蘇生費用は高額になりがちなのだ。
……年を聞くほどの親しい関係を築く暇もなかったな。そういえば。
三日も組んでいない迷宮仲間の為に俺は奔走していたと思うと、何だか笑ってしまう。
いやそもそもだ。
赤の他人の死体をわざわざ回収する仕事をやろうとしている時点で俺はどうかしている。金の為とは言え、あまりにも割りに合わない。
他人からはそんな事をするよりも別の仕事をやった方が良いとよく言われたものだ。
だがこの仕事のおかげで、俺は新たな縁を見つけられた。
何事もやってみるものだ。
「着きましたよ! 早く行きましょう」
「そう急かすな。急いだ所で逃げる訳でも……」
言いかけた所で、口を噤む。
もしかしたら逃げてしまうかもしれないと言う考えが頭によぎり、慌てて自分の頭を振って前を向く。
それに、家族が本当に天へ逝ってしまうかの瀬戸際で急ぐなと言うのも無理からぬ事だ。
寺院は相変わらず僧たちが静かに読経と修行に励み、その声が低く響いている。
人が神仏に祈りを捧げるのは何処でも変わらないものだ。
俺たちはさっそく蘇生の為のお布施を払おうと
「これは私たちでは処理できません。大僧正か会計の者にお渡しください」
と言われ、ひとまずそのまま聖堂に通された。
聖堂の簡素な石の
「大僧正、支払いの宝石です」
「ほう……これはまた、随分と凄い物を持ってきましたね。この人を蘇生しても十二分にお釣りがくるような代物ですよ」
「価値がわかるのですか」
「一応これでも大僧正の身にありますからね。物の価値がわからなければ騙される事も多いですから」
では始めましょうかと大僧正は言い、聖遺物の「預言者の右腕」が収められている祭壇の前にひざまずき、祈りを捧げ始めた。
奇蹟は上位であるほどに詠唱が長く時間がかかる。
生命をこの世に再び帰すのはいわば運命に反する事であり、僧侶たちは神を信じその加護を受けているからこそ、願いが聞き届けられる時もある。
蘇生は神の慈悲そのものだと彼らは語る。
――天におわす我らが父よ。憐れな子羊である我らに今一度、更なる慈悲と奇蹟を御恵み下さい――
大地にささやき、神に祈り、なおも願い、慈悲を請うが如く首を垂れる。
――
奇蹟の名前が唱えられた瞬間、天上から光が降り注ぎゼフの身体を包み込む。
雲の隙間から差し込まれる光芒は眩く、天使が降りてくる梯子にも例えられる。
光は徐々にゼフの体に集束し、切れていたはずの首を繋げた。
その次に心臓、頭と光は動き、やがて全身をゆっくりと照らす。
しばらくその状態であったかと思うと、徐々に光の勢いは弱まって天上へと戻っていった。
儀式の間、アーダルは固く目を瞑り両手を組んで祈っていた。
成功か、失敗か。
誰もが固唾を飲んで見守っている。
その時、うめき声のようなものが聞こえ、次いでゼフはゆっくりと目を開く。
「俺は……一体どうして」
「父さん!」
一目散に抱き着き、涙を流すアーダル。
まだ蘇ったばかりで状況を把握していないゼフは、目を白黒させている。
「なんで一体ここにアデーレが居るんだ?」
「良かった! 本当に生き返って! 心配したんだから!」
俺もほっと胸をなでおろす。
ここで無慈悲にゼフに成仏でもされたらどうやって慰めの言葉をかけるべきか、悩んでいただろう。
それ以上に、生き返ってくれてよかった。
家族を失うのは何よりも辛く、身を引き裂かれる。
アーダルには俺のようにはなって欲しくなかった。
俺は争いの為に家族はおろか部下や国の民をも失い、今は異国の地に居る。
確かに俺は、故郷に居た頃は自由ではなかった。
次代の三船の領主になる事を願われ、その為に俺という存在が居たようなものだった。
今思えば、自由と引き換えに得た代償としては、払ったものは大きすぎたのかもしれない。
それでも俺はどちらが良いかと言えば、今この地で暮らす方を選ぶ。
失ったのならばもう一度作ればいい。掴み取ればいい。
俺は新たな仲間と家族を作る。
「儀式は成功ですね。ミフネ殿。少し彼らをそっとしておきましょう」
大僧正に声を掛けられ、ふと自分が思い耽っていた事に気づく。
「折角の再会だ。しばらくはそっとしておきましょうか」
「それよりも」
一言置き、大僧正はひときわ鋭い視線を俺に向ける。
「話があるので私の部屋に来ていただけますか」
口調は丁寧であったが、言葉とは裏腹に来ないとは言わせぬという強い意思を感じた。
元より話があるとは言ってはいたものの、問い詰められるような気がして俺は少しばかり気圧される。
「わかりました」
聖堂を出て、カナン大僧正の部屋へ通される。
と言っても、そこも他の僧たちとは変わらない質素な部屋だ。
木製の
流石に机と椅子は他の僧たちのものよりもしっかりしている。
仕事で書き物をするので机は大きく頑丈な素材で出来ており、椅子もまた人体の事を考えて弾力と柔軟性に富んだ作りになっている。
服をしまう収納室は、様々な法衣を着込むために大きく作られている。
大僧正である以上、権威を示す存在でもあるために質素一辺倒ではいられないのだろう。
カナン大僧正は椅子に座り、俺も進められて丸椅子に座る。
「私は先日、不死の迷宮に入ったのは不穏な気配を感じたからだと言いました」
「ええ」
「しかし、私はその日二つの気配を感じたのです。亡国の女王の気配のみではなく」
やはりか。
鬼神が目覚めた時の気配も、外に漏れてしまっていたと言うわけだ。
「もう一つの得体の知れぬ、強大な気配。悪魔や悪霊たちとも違う、異質な気配です。それはどうやら、貴方の中から発されているようですね」
こうやって二人きりになると、より強く感じられるのですよ。
そう言い、大僧正は真っすぐに俺を見つめる。
凍り付いたかのように時の進みが遅い。
「貴方は一体何者なんですか。貴方の血筋に、その血脈の中に混じっている異物は一体何なのですか」
答えるべきなのか。
答えた瞬間、俺はどうなる。
空気が震えているように思える。
いつも柔和な笑みを崩さない、穏やかな大僧正の姿は今はない。
異端を前にして神罰を下さんとする審問官の如く、大僧正は苛烈な殺気を俺に向けている。
冷たい汗が背筋を流れる。
固唾を呑み込み、俺はようやく口を開く。
「我が先祖は、遥か昔に鬼神と呼ばれる存在をその身に取り込んだ事があるらしい。故に俺にもその力が眠っている」
「成程、やはり」
大僧正は存在について確信を得ると、殺気を和らげて天井を見上げた。
「今はその気配は感じません。どうやって力を鎮めたのかはわかりませんが、しばらくは出てくる事はないでしょう」
「そうなんですか」
「しかし、そのまま放置しておけばいずれまたその鬼神とやらは目覚めるでしょう」
「それは予言ですか?」
「ええ。何年後かはわかりませんが、貴方という存在を依り代として蘇り、この地上に災厄を振りまくでしょうね」
「俺はどうすればいいんですか」
「確実な事は何も言えません。ですが、抗うのか。従えるのか。或いは鬼神とすらも融和し手を結び共存していくのか。貴方がその存在とどうしたいのか、それを考えるのがまず第一だと思います。方針によって対処法は異なりますからね」
俺がどうしたいのか、か。
「早急に答えを出せと言うほど、時間的余裕が無いわけではありません。しかし、頭の片隅には常に置いておくべきです。万が一、貴方が鬼神に呑み込まれた時は我ら寺院の総力を挙げて鬼神を祓う事を誓いましょう」
鬼神を祓うとなった場合、やはり俺は確実に一緒に葬られるのだろうな。
そうならないためにもまず、自ら鬼に対してどうすべきかを考えねばなるまい。
その後、俺は盗賊の迷宮もとい不死の迷宮で何があったのかを話した。
亡国の女王、
「貴方のお話し、実に興味深いものでした。特にこの国が出来る以前の出来事を今一度掘り起こしてみる価値はありそうな気がしますね」
「お役に立てたようなら何よりです」
「随分と時間を取ってしまいましたね。もう戻られて大丈夫ですよ。貴方の行く道に神の御加護があらんことを」
大僧正の部屋を出て再び聖堂に戻ると、まだアーダルとゼフは話し合っていた。
というよりはもはや口喧嘩に近い様相で、よくもまあこれだけ喚きあえるものだとある種感心してしまう。
周囲を見守っていた僧たちもすでにおらず、聖堂には二人しか残されていない。
「アデーレ! 頼むから一緒に故郷に帰ろう!」
「嫌だ。僕はこの国で冒険者を続けます。せっかくミフネさんが僕を仲間だって認めてくれたんだから、もっと一緒に居るんだ!」
その言葉を聞いた瞬間のゼフの表情と言ったら、絶望と言うほかない程に落ち込んでいた。人はあれだけあんぐりと口を開けるものなのだな。
俺が聖堂に入って来た音を聞いてゼフはこちらに首を向けると、涙目になって俺にすがってくる。
「ミフネ~~~! お前はなんてことをしてくれたんだ!」
いい年の大人がわんわん泣くなよ……。みっともない。
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