第四十話:財宝の価値は

 俺たちが迷宮からサルヴィに戻ると、既にとっぷりと日が暮れてしまった。

 もうどの店も店じまいに入っており、今から店を開こうとするのは酒場やいかがわしい店くらいのものだ。

 青灰輝石ミスリルをドワーフの鍛冶師であるブリガンドの所へ持っていくのは明日にし、ひとまず今日は宿を取る事にする。

 とはいえ、「冒険者の宿」に泊まるつもりはない。

 あそこは部屋の等級にもよるが基本的に他の宿泊者と相部屋になる事が多い。

 一応最高級の部屋であれば個室になるのだが、それならばわざわざ「冒険者の宿」を選ぶほど俺の懐は余裕が無いわけではない(勿論普段使いの金と、ノエルを蘇生させるための金はキッチリ分けている)。

 それに最高級と言えども、あの宿に比べれば設備は遥かに劣る。


「じゃあ何処に泊まるんですか?」


 当然のアーダルの疑問に俺は答える。


「イブン・サフィールに泊まる」

「ええ! あそこはよほど余裕のある人達じゃないと泊まれないホテルじゃないですか! 大丈夫なんですか?」

「俺の財布の中身を心配してもらっちゃ困るな。俺とお主の一泊の代金くらいは余裕で支払える。こないだも連泊したことがある」

「凄いですね……」


 ため息を漏らすばかりのアーダル。


「お主もいずれ俺くらい稼げるようになれるさ」

「そうだと良いですねえ」


 力なくアーダルは笑う。本当に力が入らなかったのかもしれない。

 それくらいお互いに疲れていた。

 重い足取りで、俺たち二人は「イブン・サフィール」に辿り着く。


「わぁ……!」


 初めて訪れたアーダルは、目を輝かせて玄関広間の中に立ち尽くしている。

 「冒険者の宿」は客が冒険者と言う事もあり、必要最低限の椅子や机などくらいしか広間には無く、そこも冒険者でごったがえしていて騒がしい。

 だが「イブン・サフィール」は、もちろん広間と言うだけあって人は集まっているのだが、調度品がしつらえてあったり、椅子や机が雑に詰め込まれているわけではなくきちんと空間を保って置かれている。

 客も懐に余裕のある商人や上級冒険者、あるいは国の要人も時に利用する事があり、賑やかではあるが騒がしいという事は無い。

 あまりにも何もかもが違いすぎる。

 アーダルは子供に戻ったかのように(いや、まだ少し子供ではあるかもしれないが)調度品や広間の設備などを余すところなく眺めている。


「おいおい、あまりはしゃぐなよ」

「あ、いや、すいません。こんな高級そうな場所、僕には縁が無かったもので」


 俺は受付に向かい、二人別々に部屋を取った。

 一応仲間とはいえ、アーダルは女だ。

 一緒の部屋に泊まって何かしらの間違いが起こっては、今後の冒険に差し支える。

 部屋が別と聞いてアーダルは少し口を尖らせていた。

 あえて俺はその顔は見ない振りをする。

 

 特に最高級でもなく、この宿においては普通とされる部屋を取ったが、それでも「冒険者の宿」よりも広く大きい部屋に、大男でもゆったり眠れるような寝台ベッドが用意されている。

 それに部屋に風呂まで設置されているのだ。

 食事も頼めば部屋まで持ってきてくれる、至れり尽くせりだ。

 しかし俺は、ひとっ風呂浴びた途端に身体に染みついた疲労がどっと押し寄せ、倒れ込むように寝台ベッドに眠り込んでしまった。


 

 翌日。

 宿の充実ぶりにご満悦だったアーダルはさておき、朝食を取った俺たちは財宝を手にドワーフの鍛冶屋に向かう。

 鍛冶屋は早朝から既に槌の音が鳴り響いており、仕事の熱気に包まれている。

 

「朝も早くからどうした? また刀でもぶち折ったか」

  

 不愛想で髭を長く伸ばした店主、ブリガンドが仕上げの研ぎを行っている一振りの長剣ロングソードを一旦置いて応対する。


「こいつを鑑定してほしい」


 無造作に麻袋から青灰輝石ミスリルを取り出すと、ブリガンドの顔がにわかに色めき立つ。


「おい、こいつはまさかミスリルか……? こんなに純度の高い物は見た事がねえ。見ろよ、原石だってのに鮮やかな灰色と青色の光沢を放ってやがる。普通ならもっとくすんだ色のはずなのにだ」

青灰輝石ミスリルは俺も幾度か見た事はあるが、これはそれほどに凄い物なのか」

「今まで生きて来た中で一番の輝きだ」


 しかしブリガンドは青灰輝石ミスリルを手元から俺に突き返す。


「おい、俺はお主に鑑定と引き取りを願いたいのだが」

「俺が扱うのは武具だぜ。確かに俺たちドワーフは鉱石や貴金属もある程度は目利きできるが、ミスリルは流石に専門外だ。こいつはレオンの方が適任だろうよ」


 エルフの血が流れる奴は好かねえがな、とブリガンドは呟く。

 ドワーフとエルフは犬猿の仲だとはもっぱらの話だが、分かりやすい嫌悪として表に感情を出されると、間に挟まれることの多い人間としては何とも言い難い気持ちになる。

 

「わかった。そちらに出向くとしよう」

「済まねえな。また武具の修理やらあったら持ってきてくれや」


 俺たちは鍛冶屋を出て、今度はレオンの店へと向かう。

 

 サルヴィの街を貫く大通りから一本それた路地に店はある。

 大通りほどではないにせよ、それなりに人が行き交い賑わいがある。

 ある程度進んでいくと、ひっそりと看板が出されている店を見つけた。

 それは「細工工房アーヴィンス」という名前を掲げている。

 店構えは周囲の民家と何ら変わらない、レンガ造りの建物だ。

 しかし扉には細工師の仕事がなされている。

 金細工で紋様が描かれているのだ。流れる風がいくつも紡がれているように見える紋様はエルフが良く使うもので、ここの店主がエルフ系である事が伺える。

 

「ごめんください。店主はおられるか」


 扉を開き、中に入る。


「わぁ……!」


 その瞬間、アーダルは目の前の光景に圧倒される。

 長机や棚には金や銀と言った貴金属や宝石類で作られた首飾り、腕輪、指輪、髪飾りなどなど様々な小物がずらりと並べられているのだ。

 この手の店に入ったが最後。

 女性はあらゆる商品に目移りしてはあれこれ試し、良くて半日、下手をすれば一日中店に入り浸ってしまうだろう。


「お客さんかな? 今日はどう言ったご用件で……って、ソウイチロウじゃないか」


 店の奥から現れたのは、店主のレオン=アーヴィンスだ。

 男性ながら女性と見紛うほどの中性的な見目麗しい顔は、エルフという種族の特徴である。

 しかしエルフほど耳は尖ってはいないのが、彼の種族が実はエルフではなくハーフエルフ、即ち人間との混血であるのを物語っている。

 

 彼を一目見た人間の女性は、その美貌に惚れて店に通いつめてしまうとの噂だ。

 金糸を束ねたように艶めき輝く金色の髪と宝玉に例えられる青い瞳、そして細い面の優男風な印象を見せる。

 衣装は気取った所は無いにしても、さりげなく散りばめられた指輪や首飾りは最先端の流行を常に追っている。

 というか、彼が流行を作り出しているとも言えるだろう。


 俺は服飾には全く興味がなく、装飾品をごてごてと付ける趣味もないので、普段はレオンの店に訪れる事は無い。

 服は大きさが自分に合っていて着れればそれでよいのだ。

 まして自分を着飾るなど、今の俺にはあり得ぬ不相応な事だ。


「まだそんな武骨な格好しているのか。君は磨けば必ず輝くというのに」

「俺は侍だ。実用的な物以外は身に着けるつもりはない」

「勿体ないね。それで用件は何かな」


 レオンが椅子に座って気だるげに用件を問いかける。

 俺が麻袋から青灰輝石ミスリルを取り出そうとした時、アーダルがレオンの顔に見とれていた。

 

「おい、アーダル。まじまじと人の顔を見つめたら失礼だろう」

「あ、すいません。つい綺麗なお顔なもので」

「こんな顔で良ければいくらでも見てくれて構わないよ。それにしても、その盗賊の子、男かと思いきや女の子なんだね。宝石やら装飾品に興味があるから変だなって思ってたよ。なんだってそんな格好をしているんだい?」

「色々と込み入った事情があってな。出来れば他の人には話さないで欲しい」

「わかってるよ。他人の事情に好奇心で顔を突っ込んだら殺されかねない相手も多いからね、僕の商売は」

 

 見た目は優男そのものだが極めて誠実であり、その仕事ぶりに関しては信用に足る人物ではある。そうでなければこの街において長く商売を続けられるものではない。

 改めて俺は麻袋の中からお宝を取りだす。

 

「こいつの価値を鑑定してほしいんだ」


 お宝を見た瞬間、うっすらとした微笑みを崩さなかったレオンの表情が真顔に変わる。

 目を見開き、その青灰輝石ミスリルが放つ輝きを真っすぐ見つめている。


「……おい、ソウイチロウ。こんな物をどこから拾ってきた? まさか大富豪の家に侵入して盗んできたんじゃあるまいな」

「馬鹿を言え。盗賊の迷宮で見つけたんだよ」

「盗賊の迷宮? あそこはもう探索されつくした、枯れた迷宮じゃなかったのか」

「本当の主がまだ存在していたんだよ。そいつを倒して、最奥で発見したんだ。それで、価値はいかほどなんだ」


 レオンは机に布を敷き、青灰輝石ミスリルをそこに置いてじっくりと観察している。

 幾度となく、見る角度を変える度にため息を漏らす。


「これほどまでに純度が高く、大きなミスリルは初めて見たよ。しかもこんな量があるとはね。これを僕に買い取ってほしいと?」

「ああ。盗賊の子の父が死んでしまってな。蘇生の為の資金が必要なんだ。名うての冒険者だったから費用がそれなりに高い。出来れば高く買い取って欲しいんだが」

「出来ればも何も、こんなもの金貨袋が十袋あっても足りないぞ」


 ちょっと待っててくれ、と言ってレオンは一旦店の奥に引っ込む。

 少しの間の後、彼は一つの宝石を持って来た。

 握りこぶしほどの大きさの金剛石ダイヤモンドだ。

 それも職人の手によってキッチリと加工がなされた、美しい宝石だ。

 光にかざすたびに煌めきが反射し、宝石に疎い俺でも素晴らしい逸品だとわかる。


「店にある金貨では支払えそうにないから、こいつを持って来た。これだけの大きさのダイヤモンドは、王様か大富豪の商人でもない限りは中々お目に掛かれない代物だよ。金貨を山と積まない限りは手に入れられない」

「この青灰輝石ミスリルはそれだけの価値がある、ということか?」

「ああ。このダイヤを手放しても惜しくはないね。それを使って指輪やネックレス、イヤリングを作れば魔術師が僕の言い値で買ってくれるだろうからね」


 そう語るように、レオンはただの細工師ではない。

 特別な材質の鉱石や宝石を加工し、特殊な力を持つ装飾品を作る事が出来るのだ。

 例を出せば、青灰輝石ミスリルを加工し魔素マナの容量を増やす指輪や、あるいは魔術の威力を増大する耳飾りなどを今まで作ったりもしている。

 それ以外にも多種多様の特別な装飾品や護符アミュレット等を製作しており、故にレオンの店は客足が途絶える事無く現在まで続いている。


「サルヴィの寺院は、お金だけじゃなく宝石類でも支払いは受け付けている筈だ」

「ああ。これで足りると良いんだが」

「その冒険者のランクがどれほどかは知らないが、伝説級の冒険者でもない限りは間違いなくお釣りは来るよ」

「釣りの分け前はどうする?」


 アーダルに問うと、彼女は笑って答えた。


「僕は父が蘇ってくれればそれで充分です。後はミフネさんが貰って下さい」

「欲が無いね。お金は貰える時に貰っておかないと後で困るよ?」


 レオンはそう言うが、アーダルは首を振る。


「僕は冒険者としての大切な心得を教えてもらい、貴重な経験を積ませてもらいました。いえ、それ以前に最初の冒険で危うく命を落とす所だったんです。だから今回の冒険については、これ以上の分け前を貰う気にはなれません」


 今後の冒険については平等に分け前を貰いますけどね、と付け加えて。


「今時こんな殊勝な考えを持った子は珍しいね。気に入ったよ」


 レオンはとある棚に向かうと、置かれている瓶の中から一つを選んで持ってくる。


「水晶から削りだして作った瓶だ。これを君にあげよう」

「え、いいんですか?」

「良いから貰っておきなさい。素直な若い子への餞別だよ」

「若い子って……レオンさんもだいぶ若く見えますが」

「レオンはああ見えて二百年は生きているぞ」

「に、にひゃくねん!?」

「おい、年をバラすのはやめてくれよ。おじいちゃんに見られてしまうじゃないか」

「バラすも何も事実であろうが。いい加減年相応の格好をしたらどうなんだ」

「僕は着飾るのが好きなんだよ。ほっといてくれ」


 レオンがぶつくさ言う事は聞き流しつつ、俺は対価としてもらった金剛石ダイヤモンドを鞄にしまい込む。

 

「……しかし、君達は本当にいい素材を持ち込んでくれたよ」


 気を取り直したのか、レオンはまるで新しいおもちゃを与えてもらった子供のように青灰輝石ミスリルを見つめては目を輝かせている。

 鉱石をどう加工しようかと思案しているのだ。

 こうなるともう、店じまいだ。

 彼は客あしらいなどをしている場合では無くなってしまう。


「じゃあ、俺たちはお暇させてもらうよ」

「ああ。また何か良い物を見つけたらウチに持ち込んでくれ。高く買い取るよ」


 俺たちは店を後にし、足取り早く寺院へと向かう。

 特にアーダルは父親を早く蘇らせたいのか、半ば小走りになってしまっている。

 とはいえ、俺は一つだけ気がかりな事があった。


 果たしてゼフは、確実に蘇生出来るのであろうかと。

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