第二十一話:休息のひと時


「それで、復活の秘術を突き止める為に十五歳から旅を続けてサルヴィまで来たと」

「そういう訳だな」


 語っているうちに、いつの間にか焚火の勢いが弱まっている。

 俺は焚火に薪を足して火の強さを戻す。


「父を蘇らせる……。それが俺の使命だと思っていた」

「今は違うという事です?」

「今更父を蘇らせてどうする、という事だ」


 蘇らせたところで、弟たちや親族が生きているのかもわからない。

 もし生きていたとして、彼らなりに生き延びて三船の血脈を繋いでいる可能性はある。

 折り合いをつけて生きて来たところに、いきなり俺と父が戻って来たとなれば新たな秩序が生まれた場所にて再び混乱の元とならないか。

 死んでいたとして、俺たちが戻って来たところでついてきてくれる連中が居るのか甚だ疑問だ。

 既に三船の領土、松原の地は二つの勢力に割譲されてしまっている。

 もはや三船の血族に戻るべき故郷は無い。

 母の言葉は狂った人間の妄言だ。今となってはそう思う。

 そもそもだ。


「あの国に戻った所で、幸せに暮らせるか疑問なんだよ」


 大海を渡り、諸国を旅して様々なものを見聞きしてきた。

 俺の国では身分に縛られ、ろくに仕事を選べやしない。

 海の外に出てみれば、ある程度の制約はあるものの基本的には自分が望む仕事をやる事が出来る。

 冒険者は望む仕事と言うには違うが自分のやりたい事をやる、という意味ではまさに最適の職業だ。いや、これはもはや生き様と言ってもいい。

 好きな時に依頼をこなし、金銭を得る。

 あるいは迷宮に潜り込み、魔物と戦い、内部に隠されている宝物を持ち帰る。

 もしそれが貴重な宝物ならば一躍英雄になれる。

 竜でも倒せば伝説の一つにすら数えられるだろう。

 勿論、志半ばで死ぬ可能性は付きまとう。だが全て自分で決めた結果だ。

 俺が考え、俺が行動し、その全責任は俺だけが背負い込む。

 俺はおれだけの為に責を負い、その代わりに自由意志の下に行動する。

 

「俺は故郷に居た頃はがんじがらめに縛られたようなものだった。全ては三船の領主となるため。その為にしか存在を許されていなかったように思う。だが今は違う。俺はただの一人の男として、自由な冒険者としてここに居る。俺の意思でだ」

「ふうん。折角貴族みたいな立場に生まれたのに、冒険者の方がいいだなんて物好きですね」

「貴族にだって貧乏なのと裕福なのが居るだろう。俺は貧乏かつ領土も狭い所の跡継ぎなんだよ。しかも大国に挟まれている。そんな所の領主なんてやりたいと思うか?」

「確かに」


 アーダルは笑い、干し肉を一つ口にした。


「俺の故郷は戦乱に満ち溢れている。争いをようやく片付けて荒廃した領国を立て直したと思ったらまた戦争だ。俺の運命は跡を継ぐことにあると自覚した時、これほど気が重い事は無かったよ」


 小国の領主などろくでもない。

 大国に翻弄され、自分の意志を貫くのはほぼ無理と言ってもいい環境だった。

 父は確かに強かった。一騎当千と呼ぶにふさわしい強さを持っていた。

 だがそれも個人の強さでしかなく、所詮数に劣る精鋭はいずれ物量に圧し潰される。

 戦争で国を守れないのなら、駆け引きをするしかなかった。

 頭を使い、時にはこびへつらい、時には虚勢を張って対等であるかのように振舞う。

 すべては生き残る為に。


 食客時代を思い出す。

 あの時は今ほどではないにせよ、自由であった。

 師匠との剣の鍛錬も今は懐かしい。

 船旅での嵐に遭遇して師匠が海に投げ出されなければ、今でも師匠の剣の腕が見れただろうに。

 俺は今になっても師匠の腕を超えられていない。


「僕も一度でいいから貴族とか領主になってみたいな」


 民衆の心の声の代弁者のようにアーダルがぽつりとつぶやいた。


「夢に見るのは悪くないんじゃないか。貴族はともかく領主にならなれるかもしれんし」

「慰めにもならない言葉はいいですよ」

「ところでアーダルはなんで冒険者になったんだ?」

「まあ、成り行きですね」

「成り行き? ああ、お主の故郷では男子は何歳かになったら旅に出ろ、とかいう不思議な決まり事があったらしいな」



 アーダルは膝を抱えて口をとがらせる。


「僕は別に旅とかしたいわけじゃなかったんですよ。地元でのんびり暮らせればそれで満足だったんです。でも折角なんで、冒険者とやらにいっちょなってみようかと思って。父が行っているイル・カザレムという国なら治安も安定しているって言うんで来てみたわけです」


 もしかしたら父にも会えるかもしれないと思って。


「冒険者の仕事はどうなんだ?」

「なり始めてまだ三か月くらいなんでよくわからないんですけど……」


 でも、楽しいです、とはにかむように彼は笑った。


「ミフネさんにも出会えましたし、サルヴィの迷宮の事は除くにしても冒険者は基本的には自由でしょ? 自分の力で全てを切り開く、みたいな楽しさがあって」

「その分、自分が死ぬ可能性についても考えないとだけどな」

「ええ。でもそれ以上に冒険ってワクワクしますよね」


 目を輝かせながら語る若者の姿を見て、俺の昔はどうだったかなと思う。

 恐らく死んだ目をしていたに違いない。

 日々を鍛錬と勉強に明け暮れ、いずれは後を継ぐと決められた人生。

 それに比べれば自由に満ちた日々はなんと素晴らしい事か。

 アーダルの話を聞いているうちに、俺の心も決まって来たように思える。


「いつまで冒険者を続けるつもりなんだ?」

「それはわかりません。まだ痛い目を見ていないだけかもしれませんが、出来る限りは続けたいかなって。盗賊として経験を積んだら追跡者チェイサーにでもなろうかなって言う夢はあるけど、どうでしょうかね」

「なれるさ。きっと。俺と一緒に冒険を続ければな」

「本当ですか?」

「ああ。お主さえ良ければ今後も一緒に冒険をしたいんだが、どうだ?」


 その言葉にアーダルは大きく目を見開いた。


「是非、是非とも!」

「じゃあ、この冒険が終わったら改めて酒場で色々と話をしようじゃないか」

「はい!」

「さて、そろそろ寝ようか。ここは清らかな雰囲気を感じる。見張りを交代で立てずに寝ても魔物は入り込んでこないだろう」


 念のために焚火は消さずにそのまま自然に燃え尽きるまで残しておく。

 基本的に魔物は火を恐れる。

 例外は火属性の魔物とクマくらいで、その手の魔物はここには存在しない。

 

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 俺とアーダルは荷物を枕に、薄布を被って眠った。






 ……喉が渇いて俺は目を覚ました。

 ぼんやりとした目で周囲を見回すと、焚火は火が消えているものの残った薪がまだ橙色に熱を発している。

 泉の水が流れる音がさらさらと聞こえるだけで、周囲は静寂を保っている。

 アーダルはまだ寝ているだろうか?

 アーダルの方に首を向けてみると、彼はこちらに背を向けた状態で上半身を露わにして体を拭いていた。

 やはり服を着ているままでは満足にぬぐえない部分があったのか、念入りに横腹や腋の下などを拭っている。

 あれだけの戦闘をこなしたのだから相当に汗をかいたのは間違いない。

 俺は幾度となく戦いを経験してきたのでそれほど汗をかいた覚えはないのだが、彼はまだまだ未熟だ。緊張の汗もかいた事だろう。


 しかし、なんだ。


 俺は何とも言えぬ猛りを覚えてしまった。

 男のはずなのに随分と彼の皮膚は白く、体はなまめかしい曲線を描いているように見える。寝ぼけているのか?

 ふう、とアーダルがため息を吐いて上着と革鎧を着こみ、布を搾ろうと泉に向かって立ち上がる。

 なんとなく俺は気まずくなって狸寝入りを決め込んだ。

 アーダルは立ち上がった際に俺を見て、寝ている(と思い込んでいる)のを確認すると安心して泉の水を汲んで布を洗い、もう一度彼もまた眠りに着いた。

 彼が寝息を立て始めるのを確認し、俺は改めて泉に近づく。

 ついでにこの猛りを抑える為に俺は頭から水に潜った。

 冷たい水が容赦なく体を冷やし、徐々に欲望が落ち着いていく。

 俺もついでに体を再度洗った。

 全てを洗い流すにはちょうどいい。


 体を洗い終え、もう一度眠ろうと目を瞑る。

 ……寝付けない。

 まだ欲望は鎌首をもたげている。


 仕方がないので、荷物の奥深くに隠していたドワーフ特製の火酒を一口だけ飲んだ。

 カッと胸と胃の腑を燃やすような酒はしばらく腹に沈んでいたものの、やがて強烈な眠気を俺にもたらす。

 ようやく俺はまどろみの中に入り込む。


 傷一つない白い肌の人の夢を、その時おれは見たような気がした。

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