第二十話:侍は過去を語る
どこから語るべきだろうか。
やはり、何故国を出たかを話すべきだろうかと思う。
俺の生まれは大都サルヴィのある国、イル・カザレムから遥か東。
この国の人々からしてみれば世界の果てとも思えるほどの距離を徒歩で、或いは船で、馬で俺は旅をしてきた。
各地に滞在してきたので、この国に来るまでに数年は経っていると思う。
どの国も興味深く、滞在してみて素晴らしい国々だと思った。
なんせ、俺の国のように戦乱に満ちていないのだから。
人々は笑顔で暮らし、平和に飽き飽きしながらもそれでも日々を無事に生きている。
俺の国、
なんでもそれまで国を治めていた幕府とやらの権勢が維持できぬようになり、その為に各地の大名が各々のやりたいように国を治め始めた結果、争いが各地で勃発しそれが連鎖反応のように広がり、戦乱に満ちた国になった。
強くなければ生き延びられない。弱者は容赦なく踏みにじられる。
血で血を争うような戦いは続き、隣り合った国々は機会を見ればすぐに領地を奪おうとする。
同じ領国内でも村同士で糧を得る為ならば水や土地、物を奪い合って争っていた。
人も増えすぎれば口減らしに赤子は殺されるか、或いは人買いに売り飛ばされる。
民に笑顔はなく、日々の暮らしに汲々として先の事を考える暇はなかった。
俺はそんな島国の、小国の跡取り息子の一人として生まれた。
長男だったから親の、特に父親の期待みたいなものはあったように思う。
とはいえ、それは平民の親が抱くような愛情に満ちたものではない。
戦乱に満ちた世の中で、男子として生まれた以上は世継ぎとしての教育を受けるのが定めだ。
その教育が苛烈を極めた。
数え年にして五歳になったばかりだと言うのに、脇差とはいえ実際の刀を振るう事を覚えさせられる。
助けを得ながらとはいえ、馬にも乗る。弓も子供用に合わせたものだが射る。
的から外しでもすれば師匠からなじられ、殴られる。
実の父母と接する事はあまりなく、日々は目付の者や乳母、師匠などとしか話せない日々。
俺は未だに親の愛というものがよくわからない。
何故このような教育を受けたのか。
それは我が三船家の支配する領土に関わってくる。
三船家は大国に挟まれた小国であり、俺たちは常に大国の思惑に左右される存在だった。
だが三船家の持つ領土は峻嶮な山の中にぽつぽつと少しばかりの平地があるくらいで、そもそもがまず攻めづらい土地にあった。
兵たちの練度も非常に高く、小国だからと言って舐めてかかれば手痛い出血を強いられる事になる。
何よりも三船家で一番恐れられるのは当主だった。
当主は一騎当千である事を求められ、歴代の当主はそれはもう強かった。
俺の父である
ひとたび十文字槍を手に戦場に立てば、雑兵たちからは鬼と怖れられるほどの大立ち回りを披露した。
三船の当主を見たら死んだと思え。あれは鬼じゃ。鬼に出会うて逃げ延びられると思うなかれ。
そう人々に言わしめる強さこそが、三船家が今まで小国ながら長きの時を経て生き延びて来た理由である。
独立を保つには強く優秀な長が欠かせない。
その為には親の情を一切捨ててでも、息子を厳しく育てる必要があった。
今になってようやくわかる事情で、子どもの頃の俺には一切わからなかった事だが……。
だが、時を経て世継ぎが増えた。俺だけじゃなく次男と三男が生まれたのだ。
最初は俺を世継ぎと決めていた家中の皆だったが、次男と三男が生まれた事で次の世継ぎを担ぎ上げ、自分の地位と足場を固めようとする奴らが出始めた。
父は知ってか知らずか、何も言わなかった。
その頃は大国の片一方に攻め込まれており、侵入を防ぐ為に国境で戦闘を繰り返していたと思う。戦地を次々と変えて大立ち回りし、知る暇が無かったのかもしれない。
兄弟についても少し話そう。
次男だが、奴は一言で言えば猪突猛進型の単純で喜怒哀楽が激しい男だった。
そういう性格なだけに、戦の才能は多分にあったように思う。
しかし喜怒哀楽が激しすぎる為か、国を治める器では無かった。
戦のような状況であれば将として活躍するかもしれないが、戦はいずれ終わる。
平時の領主としては苛烈過ぎる。民の不満も高まっていき、いずれは一揆や反乱が起きるに違いない。
大国がそのような隙を逃すはずがない。
三男は情緒に富んだ優しい奴だった。
故に戦場には全く向かなかった。武器の扱いも、指揮も兄弟の中では一番下手だった。
だが、人を思いやる心を持っている。
国を治める立場になれば、よく治める領主になったに違いない。
何よりも民の事を第一に思っていた。
しかし当時は戦に明け暮れる日々を送っていた。
民に想いを馳せる前にまずは自分たちが生き延びなければ話にならない。
土地を治める侍たちが死んでしまえば、民は隣国によって蹂躙されるだろう。
領民は思ったよりも強かだが、同時に草のように燃やされ、踏みにじられる。
戦乱極まるこの時代においては、あいつは三船家の当主としての役割は全く果たせそうになかった。平時ならば、むしろ俺よりも当主に向いている。
そして俺は、取り立てて特長のない男だった。
どちらにも秀でず、戦も治世も平凡に行えるだろうとは父がかつて言っていた。
優秀な家来が居れば大国に翻弄されることなく国を率いていけるだろうと。
実際俺は厳しく教育を施されていたし、いずれは自分が三船家を継いでいくのだろうと思っていた。
だが、そうはならなかった。
隣国との境界線を争っている時に、父が死んだという連絡が入った。
俺はその時ちょうど戦場の最中で初陣に臨もうとしていた矢先の事だった。
父が死んだなど信じられなかった。
苛烈で、嵐のような
戦場にあっては単騎で敵の軍勢を攪拌し、敵兵を心底震え上がらせるような猛者だ。
その父が、死んだだと?
俺にはにわかに信じがたい事だった。
初陣を済ませて城に戻ってみると、布団の上で青ざめた顔で横たわる死装束姿の父の遺骸があった。体を改めても傷一つない。
酒を飲んでいる最中にいきなり倒れたと言う話だから、卒中だったのかもしれない。
それでも俺の疑念は消えなかった。
父は俺を世継ぎとして育てていたものの、誰を次の当主にするとは明言していなかった。
当然、野心を持つ者たちが次男と三男、そして俺を擁立して争い始めた。
隣国は混乱を逃さない。
二つの大国が全く同じ時期に、混乱に乗じて攻め込んできた。
家中争いの最中に敵が攻め込んでくると言うのは全く最悪な事で、当然統制も取れないまま敗北に敗北を重ね、ついに三船家は蹂躙されてしまった。
領土は二つに分割され、それぞれの大国が支配する運びとなった訳だ。
恐らく情報を得た両国が通じ合って仕掛けてきたのではないか。
今となっては確かめる術はもうないので、全ては謎のままだが。
俺は這う這うの体でようやく脱出できたが、次男と三男はどうなったかはわからない。
俺は母と剣の師匠と、わずかの部下と共に逃げた。
俺たちには情の無い母だったが、父とは仲睦まじかったようで父が死んだと聞かされてからは半ば狂乱状態に陥っていた。
逃げた先の宿で、母は俺に対して毎日こう言っていた。
「お前は必ず父を蘇らせ、父と共に国を再度興すのだ。ゆめゆめ忘れてはならぬ」
俺はまだ元服も済ませていない十三歳の子供だった。
自分が当主となるには貫目も足りず、領国経営をするにしても知識が全く無い。
後ろ盾となってくれる者も居ない。そうすることが自然に思えた。
数少ない伝手をたどり、俺たちはある家の食客として生き延びる事が出来た。
その家も規模は大きくは無いものの、
しかし三船の領国に住み慣れた母にとっては慣れない環境だったのか、母は次第に衰弱してしまい、二年後には死んでしまった。
その間に俺は師匠と共に鍛錬を積み、剣術を習得した。
更には人を蘇らせる秘術が海を渡った大陸には存在する、という情報を得た。
俺と師匠はただちに
それが今につながる冒険者人生の始まりだった。
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