第十九話:魔術師は逝く
俺たちは首飾りを得た後、地下三階へ行く魔法陣の部屋まで戻って来た。
俺たちが戻ってくるのを見て、ゆっくりと顔を上げて俺が手に持っている深緑の首飾りに目を向けた。
「おお、おお……。我が秘宝をよくぞ探してくれた」
魔力に溢れた首飾りを手渡す。霊が物体を掴めるのか少し疑問だったが、彼は首飾りをしっかりとその手に掴み取り、首飾りをあるべき所に提げる。
首飾りから陽光にも似た優しい光が発されたかと思うと、やつれ果てた霊は徐々に生気を取り戻し始め、ついには生前と思しき姿へと完全に戻る。
薄い緑色の、肩まで垂らした髪。長く尖った耳。
只の人と決定的に異なる整った美しい顔。女性とも男性とも一見ではわからない中性的な美がそこにはあった。
彼は王の呪いの
彼の体から強い光が発され、硝子が地面に落ちたかのような甲高い音が鳴った。
王の呪いを首飾りから得た魔力によって解除したのだ。
その音が部屋に鳴り響いた後、彼は魔法陣からゆっくりと離れて宙に浮かんだ。
自由を得た彼は歓喜に満ちている。
「君達にはどんな感謝の弁を述べても足りない。ようやく、私は呪縛から逃れる事が出来たのだ……」
地縛霊の如く一か所に延々と縛られ続けると言うのは、想像もつかない苦痛なのだろう。
彼はしばし自由となった体をもって部屋を飛び回った後、思い出したかのように魔法陣の背後の壁へと向かった。
壁に触れ、呪文を唱え始める。
背後の壁は一瞬だけ形を歪ませ、その後徐々に壁が消えていく。
その先には隠された空間が姿を露わにする。
「なるほど、幻影の壁か?」
「いいや。これは魔法によって作った本当の壁だよ。私が解除しなければ誰もこの先へは行けない」
「壁の向こう側があるのがわかっていて、強引に破壊しようとしても?」
「
強固な封印か。恐れ入った。
真に隠された部屋の中は純白の大理石で作られており、誰も足を踏み入れた形跡はない。
何らかの紋様が壁一面に描かれており、それ自体が魔法となって部屋の状態を保っていると考えられる。
部屋の中には滾々と水が湧き出る泉があった。
泉は今でも清浄な流れを保っており、透明ながらも時折鈍く金色に輝いている。
泉には浮彫細工が施されており、耳の長い人と耳の丸い人と思われる姿が連なって掘られている。
太古のこの国において、エルフとの交流があったのだろうか。
エルフと言えば森に住まい、けして外界には現れぬと噂されている。
森と一体になり、森と共に生きる。彼らは故に森の民とも称されている。
サルヴィの街にはエルフの細工師の工房もあるが、あそこの店主は半分は人間だ。
封じられていた彼のような純粋なエルフは今はいない。
俺も今まで生きて来た中で、エルフを見た事は一度しかない。
その男は好奇心に満ち溢れた者だった。
そうでなければ森から出て旅などしないわけだが。
泉の中を覗いてみると、流れの中に水晶で作られた短剣と
短剣を取り出してみる。細工師による装飾が施されているようで、刀身と柄にも細かい紋様が描かれている。刃は無い。儀式用と見るべきか。
短弓も同じように細かく紋様が描かれている。これらの紋様が何らかの特殊効果をもたらしているのだろうか。短弓の周辺には水晶から削りだされた矢が散らばっている。
かき集めれば何十本かにはなりそうだった。
どちらも時折鈍く光を発していた。
「それらは不死者の群れを相手にするならば役立つだろう。君たちに進呈しよう」
俺には刀二本があれば良い。
アーダルに両方持たせ、この先の戦いに備えてもらう。
短弓には文字も刻まれていたが、古い言葉なのか俺には読み取れなかった。
泉より更に奥には金色の台座があり、その上には紫水晶が浮かびながら安置されている。
穏やかに明滅しているその水晶もまた、エルフの首飾りのように内包されている魔力が凄まじいのが感じられる。
「この水晶は何だ?」
「我が国でかつて使われていた解呪の鍵だ。恐らく王はこの先の魔法陣にも封印を施しているに違いない。封印を水晶に内包されている魔力によって破壊できるはずだ」
「先ほどの首飾りで封印を解いたのも、同じ仕掛けというわけか」
「そういう事だ」
繊細に術の解除でもやっているのかと思えば、意外に力技だった。
何らかの反動が無いのだろうかと疑問に思ったが、多分そう言うのは無いのだろう。
目の前で彼がやってくれたのだから。
俺は紫水晶を手に取り、袋にしまいこむ。
「さて、私はそろそろ逝く事にするよ。君達の行く末に幸あらんことを」
柔らかな光がどこからか差し込んできて、彼は光に導かれて徐々に消えていく。
長き紆余曲折があったとはいえ、安らかな死を得られるのは幸せであろう。
例えそれが故郷の森でなく、異郷の地であったとしても。
完全に彼の姿が消え去ったあと、俺は尋ねる。
「さて、これからどうする?」
「どうするも何も、流石にへとへとですよ僕は」
アーダルは泉の水を汲んでは飲み、飲んでは汲むを繰り返している。
流石に疲労の色が濃い。
思えば、この迷宮に入ってからどれほどの時間が経過しただろうか。
迷宮探索は時間の感覚を失いがちになる。
ついつい時間を忘れて探索しすぎてしまい、自分たちの疲労をも忘れて深入りし、そこを魔物に突かれて死ぬ事も多い。
「そうだな。もう地上は夜になっている頃合いだろうし、今日はここで眠ろうか」
「やった! 休まずに急いで先に行こうって言われたらゴネまくろうと思っていました」
現金な奴だ。
泉の水を改めて確かめる。
何の力によって浄水されているのかはわからないが、清らかな流れは聖なる雰囲気すら感じさせる。
先ほどの儀式剣と短弓がここに長い間沈められていたのならば、聖なる力が付与されていてもおかしくはない。故にエルフはこの先役に立つと言ったのだろう。
水は一口飲めば疲れが飛び、力が湧いてくるのを感じる。
時折にわかに金色に色づくのは、魔素も含まれているのかもしれない。
俺は全くその恩恵は得られないわけだが。
火を焚き、体の汚れを落とすために湯を沸かす。
鎧具足を外して俺は上半身裸となり、手ぬぐいにたっぷりの湯を浸して体を拭く。
「湯に浸かれないとはいえ、やはり多少はこうやって汚れをふき取ると気持ちいいな」
「え、ええ」
アーダルがなぜか赤面している。
見れば、俺の体に目が釘付けになっているではないか。
「なんだ。男の裸が珍しいわけでもないだろうに」
「あ、いえ。何だか体の傷が凄いなって思って。すいません」
「いや、気にすることはない。これだけ派手な傷は目立つからな」
「それに筋肉も、ウチの父ほどではないですが凄いですね。引き締まっていると言うか」
ゼフの体はそりゃもう凄い盛り上がり具合だった。
荒縄がいくつ体に埋まっているんだと思ったくらい、筋肉の鎧に覆われていた。
あれに比べたら俺の肉体など大したことはない。
だが、戦いは筋肉だけではない。
要は自分の戦い方に合った肉体を身に着ければいいだけで、無理してゼフのような筋肉を付けた所で俺は動きづらくなるだけだ。
アーダルは慌てて俺の体から目をそらし、自分の分の湯を沸かす。
体の傷、か。
「俺の体の傷はな、それはもう厳しい修練の証のようなもんだ。自慢でもあり、忌々しいものでもある。あまり思い出したくはない」
「どういう事をやってそうなったんですか?」
「お主は俺の話を聞いていたのか?」
「いいじゃないですか。夜は長いんです。僕らは仲間でしょ? ミフネさんの過去の話、少しは聞いてみたいんですけどね」
ダメですか? と首を傾げて言われてしまった。
若者の素直さと人懐っこさに、何となく負けた気がした。
湯が沸いて、アーダルは湯に手ぬぐいを浸して体を拭き始める。
上着を脱がずによくもまあ器用に体を拭くものだ。
地下一階での事といい、アーダルは極端に肌を見せたがらない。
まあ、俺のように酷い傷や醜い火傷の痕でもあるのかもしれない。詮索はやめておこう。
「それほど面白い話でもないが、構わぬか?」
「ええ。是非聞きたいですね。極東の国の人の話なんてほとんど聞けないわけですから」
そういえば、ゼフと一緒に迷宮に入った時も、こんな風に話をしたな。
親に語り、今度は息子に語るわけか。
何かの因果を感じるな。
「俺の国はここからずっと遥か東、何カ月もの航海を経てようやくたどり着けるような辺境にある……」
前置きし、俺はぽつりぽつりと語り始める。
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