第十八話:竜の仔と魔術師

 扉を開けると、そこは狭い部屋だった。

 墓がひとつ部屋の中央にひっそりと建っている。

 今は色褪せてしまっているものの、墓はかつてはよく弔われていたに違いない。

 その証拠に供え物であるが乾燥花ドライフラワーの残骸が墓の前にある。

 花自体はこの地域で今でも生えており、それほど珍しい物ではないにせよ一手間をかけて供えられたものはそれだけで想う人の心が伺えるというものだ。

 墓も簡素ながら多少は装飾の跡が施されていたのが見て取れた。

 

 墓の前にはこれも供え物と思われる金属の小箱が一つ置かれていた。

 朽ちた墓とは違い、それだけは時の流れが止まっているかの如く真新しい輝きを保っている。

 金の装飾が至る所に施されている。

 こういった細工を施すのは主にエルフの職人によるもので、彼らは金銀と水晶の装飾、細工にかけては右に出る者はいない。

 ここに埋葬されていたのはエルフに関係する人なのかもしれないな。


「この箱、鍵はないですね」

「開けてみるか」


 小箱のふたをゆっくりと上に動かし、開けてみた。

 中には緩衝材となっている絹の布とともに、白い金属で出来た横笛フルートが入っていた。横笛には見た事の無い花らしき紋様が刻まれている。

 笛はわずかに輝きを放っている。金属の光沢なのか、それとも笛に込められた何かしらの魔力によるものかはわからない。

 時の流れに逆らう道具など俺は見たことが無かった。


「綺麗な笛……」


 思わずアーダルもほれぼれするほどの美しさだ。

 

「ここに葬られていた人物は大事に想われていたのだろうな」


 そういえば、この部屋は奇妙な点として笛と同じ紋様が壁に描かれている。


「……笛、吹いてみますか?」

「そうだな、やってみるのもいいだろう」


 何かの鍵になっているかもしれない。

 それにどういう音色が奏でられるのか気になる。

 アーダルは横笛を構え、静かに一つ一つ音階を確かめ、次いでもう一度今度はなめらかに音階を鳴らした。

 頷き、旋律を奏で始める。

 どういった曲なのかはわからない。

 彼の故郷である北の彼方を思い起こさせるような、寂しい音色を含みながらも情緒に満ち溢れている。

 やがて曲は軽やかな調子に変わり、跳ねるようなその律動は一緒に飛び跳ねたくなるような感覚を覚える。

 一通り吹き終えたあたりでアーダルは横笛から口を離した。


「どうですか?」

「良い腕だ。こんな特技を持っているとはな」

「いや、演奏ではなくてですね」


 とはいうものの、顔を赤らめながら笛を小箱にしまい込むアーダル。

 箱にしまった所で壁の紋様が白く鈍く輝き始め、壁の一部がくぼんで沈んでいった。

 やはり隠し部屋があったか。

 隠し部屋にはまたも扉があったが、他の牢屋と違い分厚い鋼鉄で出来ていた。

 扉は鍵を差し込んで解除する方式ではなく、つまみを左右に捻って特定の数字に回して解除する仕組みになっている。

 今度こそ、ここに魔術師の骸が遺されているに違いない。


「どうだ、今までの方式の鍵とは違うが外せるか?」

「似たようなのは一度だけやったことがありますが……何とかやってみます」


 この手の鍵は手先の微妙な感覚とわずかに異なる音だけで正解の数字を探る必要がある。俺は背後で彼の仕事を静観している以外にすべきことはない。

 幸い、この部屋に入ってからというもの魔物が出るような雰囲気は感じられない。

 アーダルも落ち着いて作業が出来るだろう。


 彼は目を瞑り、ひたすらつまみの回る音と手先の感覚を頼りに正解の数字を探っていく。

 集中しているうちに額からは汗が流れ、頬を伝う。

 

「左に5……、右に13……、左に……20!」


 明確にかちりという大きな音が鳴り、鍵は開いた。

 しかし鋼鉄の扉は重く、一人では開けられそうにない。

 俺とアーダルの二人がかりで、肩を預けるような形で押していってようやく少しずつ扉は開き始める。

 

 完全に開き、中に押し入る俺たち。

 やはり中は牢屋で、その先にあったものはまたしても骨だった。

 しかしその骨ははっきりと人間とは異なる形をしている。

 人には無い角があり、牙があり、そして長い尻尾がある。

 

「この骨は……何でしょう?」

「恐らくは、竜。それも子供だ」

「竜の仔……」


 竜の仔の骸はそれほど大きくない。

 生きていれば体高は俺よりも少し高いくらいだろう。

 

 竜は子供でも手強い相手で、一匹の竜の仔に対して冒険者は前衛後衛を両方きちんとそろえた形でなければ太刀打ちできないと言われる。勿論初心者では死ぬのがおちだ。

 それもそのはず、まだ不完全とはいえ竜の吐息ブレスは脅威であり、爪や牙、尻尾のどの攻撃も痛手を被る。子供だからと舐めてかかると全滅しかねない。

 それを捕えて厳重な牢に入れていたのだから、この墓地を建設した支配者の力の一端が伺える。

 

「何のためにこの子はここに囚われていたんでしょう?」

「……わからんな。見世物だったのかもしれんが」


 俺は竜の仔の骸に拝んで、牙と角を削って取る為に小刀を取り出した。

 子供のものであっても竜の牙と角は貴重品だ。


 確か、牙は体力と持久力、そして腕力を大幅に増強する効能がある。

 なんでも粉にして飲むだけで一晩走り続けても疲れない体となり、どれだけ重い武具を持っても軽々と振り回せるようになるらしい。

 

 角は魔術師が涎を垂らして喉から手が出るほど欲しがる代物で、それを薬にして飲めば最上級の魔法ですらも何十発と撃てるようになるらしい。

 また、武器防具の属性付与や魔力付与の触媒としても使える。

 基本の四属性(火、水、風、土)のみならず、光と闇属性すらも付与できるようになると言われている。ただし、その二つに関しては属性を持つ素材を探してくる方が大変なのだが。

 また無属性の魔力も付与できるようになり、無属性であるが故にどの魔物に対しても効果があるという万能な武具が作れるのだ。

 

 このように、竜の牙と角は使い勝手が良い。

 使わずとも売ればかなりの金額になり、十年は遊んで暮らせると良く言われている。

 だがそれも成体の竜のものであればであり、竜の仔の場合はどれくらいの効果があるのか未知数だ。竜専門の鑑定士に調べてもらう必要がある。


「骨になっても効能が残っている……それは凄いですね」

「骨も本当は持っていきたいんだが、流石にかさばるからな。角と牙だけでも良しとしなければな」

「骨はどういう効果があるんですか?」

「骨そのものに効果は無いが、槍の先端や弓の矢じり、剣なんかによく加工されるな。ただ加工が難しいから専門の鍛冶師が必要になるが」


 竜の体は捨てる所が無い。

 そして竜を倒したとなれば英雄と持て囃され、それだけで生きていく事が出来る。

 竜狩りの名誉を得る為に何人もの冒険者が命を落とした事か。

 生きていてこその冒険者稼業だ。

 倒せる目算があっての竜狩りであれば良いが、大抵はそうではなく憧れと栄誉と報酬ばかりに目がくらみ、自らの力もわきまえずに死にに行く。

 愚かな事だ。


 俺は竜の仔の亡骸から牙と角を削り取り、自分の腰に提げている道具袋の中にしまい込んだ。

 改めて竜の仔を土に葬り、簡単な墓を作り弔った。

 果たして人間の埋葬の仕方が竜の意に沿うものかはわからぬが、せめてもの手向けだ。

 竜の寿命は長命と言われるエルフたちよりも更に長い。

 千年は軽く生き、長く生きるものでは一万年を超えると言われている。

 なのに、まだ子供の状態で死んでしまうとは哀れではないか。


 竜の仔はいたが、肝心の魔術師の骸は見つからない。

 一体どこにあるのだ?

 

「ミフネさん、どうやらまだ隠されたものがあるようですよ」


 アーダルが指している方向は、下だ。

 

「まさか、床下?」

「ええ。ここだけ歩いてみると音の反響が異なるんです」


 隠し牢の床は石が敷き詰められているのだが、普通であればコツンコツンと言う足音がする。しかしアーダルが指し示す周辺を歩いてみると、カツンカツーンという響く音がするのだ。

 そこで俺が床を丹念に探り、ずらせる箇所が無いかを調べてみた。

 

「……ここか」


 床下収納のように一部の床を横にずらすと、梯子が掛かっているのが見えた。

 そこを降りていく。


 人がやっと一人分だけ通れるような狭い空間。

 俺のような背の小さい人間が何とか立って通れる高さ。

 人が何人ぶんかようやく座っていられる空間の先に、彼は居た。

 座禅を組んで、干乾びている骸。

 あれこそが囚われていた魔術師であろう。

 骸には首飾りが掛けられている。深い緑色の、こぶし大の宝石で彩られた首飾りは魔力が全くない俺でも強大な魔力が内包されているのがわかる。

 これだけの魔力が込められている装飾物は今まで見たことが無かった。


「持っていくぞ」


 魂の無い骸に断り、首飾りを外す。

 骸は一瞬だけ笑みを浮かべたかと思えば、首飾りを外した瞬間に塵へと帰った。


「良し。急いで彼の下に行くとしよう」

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