第十七話:骸の行方は
俺たちはひとまず魔法陣の部屋から抜け出し、囚われた魔術師の骸を探す事にした。
「どこから探します?」
「そうだな。ひとまず他の貴族の墓も探してみよう」
一旦分かれ道の所まで戻り、縄を張った仮橋を渡って俺たちはまず左側の貴族の墓を探す事にした。
先ほどの本家貴族の墓のように、貴族の死体が起き上がってくる事はないにせよ、彼らの従者たちが墓を守らんと這い出して襲い掛かってくる。
本家貴族の従者と比べれば装備は曲剣と盾しかなく、身にまとっていた服はボロ布と化している。それでも墓を、主人を守ろうという明確な意志を感じ取れた。
それらを再度土に還し、俺たちは先へと進む、が。
「ここで行き止まりか」
三つ目の部屋が最後だった。その先には隠し扉も壁や天井、床に隠された宝は無く、墓だけがあるのみ。
戻り、今度は右側の貴族の墓を探してみるものの結果は同じだった。
手がかりはなし。
「ここら辺に埋葬されていないという事は、彼は貴族の血縁ではないようだ」
「となると?」
「この階層はもう一つ、別の領域がある。そっちを探してみよう」
実は地下一階から通じる魔法陣の部屋から出て、左ではなく右へと向かう道もある。
そちらには何故か貴族の墓には似つかわしくない牢屋の領域があるのだ。
推測だが、貴族たちが憎き敵を捕らえてこの牢屋に繋いで置く為に作ったのではないかと思っている。
俺たちは魔法陣の部屋の前まで戻り、牢屋の方向へと向かっていった。
鉄格子の扉の隣には「牢獄」という簡素な看板が立て掛けられている。
「もう錆びてボロボロですね」
アーダルが言う通り、かつては頑丈であっただろう鉄格子は時間経過によって錆びて見る影もない。鍵もかかっていただろうがちょっと蹴りを入れてみただけで簡単に開いてしまった。
貴族の墓と違い、誰も手入れをしに来なかったであろう牢獄への通路は貴族達の墓と異なり埃にまみれている。
「こんなところに牢屋を作るなんて、貴族も悪趣味ですね」
俺と同じ感想を持ったアーダル。
牢屋は規則的に配置されている。
通路があり、その左右にそれぞれ鉄格子で作られた扉があり、扉を開けるとかつての囚人であった死体にお目見え出来るという訳だ。
各牢屋のひとつひとつを探していく事にする。
まず一つ目の牢屋の鉄格子を開ける。鍵は掛かっていない。
鉄格子なので向こう側が見えるのだが、そこには牢屋に入れられてそのまま朽ちた人の成れの果てである骨がある。諸行無常なり。
中に入ると、いくつかくぼんでいる箇所がある。
「見える方の落とし穴ですか。底には……これは尖った石ですかね」
「槍じゃない分まだ有情だな。てらてら光っているから多分毒でも塗られているだろうから迂闊に足踏み外すなよ」
見えているからと言って油断は禁物で、うっかり魔物との戦いに夢中になっていると引っかかったりする罠なのだ。
牢屋の領域はそういった落とし穴が至る所に仕掛けられており、魔物との戦いもやりづらくて仕方ない。
部屋の中央に足の踏み場もないほど落とし穴を仕掛けられており、部屋を歩くには壁際を通るしかない。
壁を伝いながら歩いていると、アーダルに腕を引っ張られた。
「ミフネさん、今すぐ一歩下がってください」
何かがあるのだろうと思い、すぐに一歩後退すると壁から槍が飛び出してきた。
ご丁寧な事に槍にも何か紫色の液体が塗りつけられており、恐らく毒だろう。
何百年経過していても罠だけは今でも稼働するのは、流石に盗賊の迷宮と言われるだけはある。
部屋の中央は落とし穴、壁際を歩けば槍。
ここに埋葬されている貴族達の敵対者がここに囚われていたのだろうか、誰かが助けに来たとしても罠で一緒に葬ろうという悪意を感じる。
牢屋は通路からざっと見て八部屋は確認できた。
最初の部屋と二つ目の部屋は骨となった牢屋の住人と魔物、そして落とし穴と槍の罠のみで空振りだった。
三つ目の部屋に入る。
ここに魔物はいない。
部屋の中央に朽ちた骨はある。だが何故か圧し潰されたように砕け散っている。
落とし穴も壁の槍の罠もなく、随分と殺風景に思えた。牢屋なのだから当たり前なのだが。
隠し扉が無いかアーダルが壁を探りながら探索していると、唐突にガチャンという音が鳴り、ずずずずと言う音が部屋に響き始めた。
「な、なんだ!?」
「上です、天井です!」
いち早く異変に気付いたのはアーダルだった。
天井が徐々に降りてきているのだ。
中央で砕けていた骨はそう言う事だったのか。
俺の観察眼もまだまだのようだ。
急いで鉄格子の扉を開けて通路に戻ろうとするも、鍵が掛かっていて開かない。
「ちっ、罠と連動して鍵がかかる仕組みかよ」
「ミフネさん、こっちに隠し扉がありました!」
「わかった!」
アーダルが隠し扉を作動させるボタンを押し、壁の一部がせりあがってその先の道を示す。俺は一気に駆け出して隠し扉まで目指す。
既にアーダルは隠し扉の先で待っている。
思ったよりも天井が降りてくるのが早い。間に合うだろうか?
「うおおおっ!」
頭から飛び込むような形で隠し扉へと滑り込んだと同時に、天井が床と接地して地響きが上がる。牢屋の骨は再度砕かれて、粉々になってしまっただろう。
この牢屋はもはや処刑場なのではないだろうか。
きっと貴族はうろたえて命乞いをする囚人の様を、葡萄酒でも飲みながら眺めていたに違いない。
「あ、危なかったですね」
「ああ。お主が居てくれたおかげで今回ばかりは命拾いしたよ」
「そうですか? 足引っ張ってないかなって心配だったんですが」
「何を言っている。お主が居なければこの迷宮は探索出来ないのだぞ。お主こそ必要な仲間だ」
「仲間、仲間ですか。そう言っていただけるのは嬉しいですね」
言いながら頭を掻いて照れるアーダル。
間違いなくアーダルの能力は先を行く為にも必要だ。俺はもっとこの若い盗賊を大事に扱ってやらねばならない。守ってやらねば。
さて、隠し扉の先を見ると地下一階でもあったような洞窟構造だった。
地図には記載がない。新たに形成された場所という事だろう。
洞窟の中を歩くと、魔物が幾つか確認出来た。
人捕り草と人食い枯木、毒粘菌はともかく、食人植物が少し厄介だ。
動きが他の植物の魔物と違い、中々機敏で隙を見て頭から丸飲みしようとかぶりついてくるのだ。
逆に言えば、その瞬間を見極めて頭を叩き斬るのが対処法となる。
所詮は植物であり、足りない栄養を補うために手当たり次第に襲い掛かるだけの魔物だ。
落ち着いて戦えば、一対一なら駆け出しの冒険者でも倒せる。
その証拠に、アーダルは早くも食人植物の攻撃の間を掴み始めていた。
「でやあっ!」
アーダルの
食人植物は事切れて倒れ伏す。
その死体の腹を裂き、いそいそと中身を探っているアーダル。
「おっ、良い物みっけ」
腹の中からは宝石袋を発見した。
食人植物はこういう風に腹の中に宝を残している事がある。その宝も元々は飲み込まれた人間の物であり、それを頂戴するのは少し複雑だが。
宝石袋の他にも人骨が山ほど腹には収められていた。
「魔物の腹から宝を探るなんて、もう立派な盗賊じゃないか」
俺が軽口を叩くと、アーダルが頬を膨らませる。
「ほっといてください。マンイーターなんてあっちの迷宮だと地下四階からじゃないといないんだから、興奮もしますよ。どんな宝があるかって」
「そんなものなのか」
「マンイーター狩りなんて職業も成立するくらいですからね」
宝石袋を背嚢にしまい込み、アーダルは満足気に笑った。
洞窟の領域は多少入り組んでいたものの、大したものは無かった。
そこを抜けると、またも牢屋の領域へと入る。
先ほどの見世物や処刑場めいた牢獄と違い、本当に隠しておきたい者を入れておくような牢屋なのだろう。なんせ隠し扉の先にあるのだから。
隠し牢屋には
しかし骨人はともかく、死骨は普段見るものとはなんだか形が違う。
腕や足が欠損していたり、あるいは明らかに子供の大きさだったりとサルヴィの迷宮では見ない種類のものばかりだ。
察するに四肢に障害を負った者や精神に何らかの異常があったりして表に出せぬ者たちがここに入っていたのだろう。俺の故郷における座敷牢と似たようなものだ。
とはいえ、今となっては魔物なので排除しながらひとつひとつの部屋を探っていく。
やはり牢屋には見るべきものはない。
牢屋なのだから宝を隠すはずがない。という思い込みを利用して何かを隠していても良いはずなのだがな……。
そして目的の魔術師の骸も見つからない。
彼のような者はこういった場所に隠されているはずなのだが、はてさて。
「隠し牢で探していないのは、あとはここだけですね」
アーダルと共に、隠し牢の最後の一部屋に向かう。
そこだけは鉄格子ではなく、貴族の墓のように装飾が施された扉で仕切られていた。
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