第十六話:現世に囚われる魂
這い出してきた死体は、乾ききって包帯に巻かれているのは今まで見たものと同じだったが、違う点がある。
彼らは一様に同じ装備、曲剣に金属鎧と兜、篭手に脛当てと重装備を施されている。
長い間墓に眠っていたというのに、彼らの装備は錆びも綻びもなく手入れされていたかのように輝いている。
恐らく彼らは貴族に付き従う護衛だったのだろう。
遅れて、真ん中に鎮座する貴族の墓からも死体が這い出してきた。
不浄の黄色い光を体にまとった、干乾びた死体。戦士とは対照的にボロ布となった服をまといながらも生前と変わらぬ意思を持っているようで、こちらを向いてカタカタと笑った。
「我が眠りを妨げた罪は重いぞ。ひれ伏せ下民ども」
ただの不死系の魔物とは違い、不死の戦士は明確な意志を持っている事が多い。
この場合は主人を守るというただ一つの、しかし確固たる意志を持っている。
故に敵対者となった俺たちにはっきりと刃を向けてくる。
古く高貴な屍は戦士たちに戦いを任せるのか、杖を振って指示した以外は何もせずに成り行きを見守るつもりらしい。
俺たちをただの墓荒らしとでもみなしているようだ。
甘く見られたものだな。
「アーダル、俺に続け!」
「は、はい!」
俺は打刀を抜き、不死の戦士の首を切り落とした。
もちろん不死系の魔物の常で、頭を失った程度では行動不能にはならないが一瞬狼狽える。その隙を逃さずに手足と胴体も叩き斬って行動不能にした。
アーダルも手斧と小革盾で不死の戦士と渡り合っている。
不死の戦士はただの骨人よりは強いが、アーダルとてあのゼフの息子だ。
流石に力では彼に劣るが、その分身軽さと敵を観察する力に長けている。
瞬時にアーダルは不死の戦士が攻撃してくる瞬間を見切り、盾で受け流す。
体勢を大幅に崩した戦士は大きく前のめりになり、アーダルはその瞬間を逃さずに胴体を手斧で切断、続いて手足も斬って行動不能にする。
「いいぞ、その調子だ!」
「はい!」
周囲から襲い来る不死の戦士を切り伏せていく。
それほど時間を掛けずに全ての不死の戦士を片付ける事が出来た。
俺が六体、アーダルが二体と言った所か。
古く高貴な屍は俺たちの戦う様子を見て、少しばかり目を丸くしていた。
肉が乾ききっているので表情は動かしようもないのだが、俺たちがただの墓荒らしではない事を戦っている姿から改めて判断し直したようだ。
「これはこれは。君達を少しばかり侮っていたようだ」
「それはどうも。で、俺たちは別にお主らの墓を暴きに来たわけではない」
「その言い草を簡単に信じるとでも? 地下一階が随分と騒がしかったのを聞いていないわけではないのだぞ」
「あれはその、ここに来るための罠を解除する鍵を探していたからだ」
「ふん、どちらにせよここに来たからには生かして返さぬぞ。ようやく王が長き眠りから目覚めかけているのだ。貴様らのような下賤な奴らと会わせるものか!」
死体は杖を掲げると、杖から何やら光がほとばしり始める。
「やばい!」
「え?」
俺はアーダルを抱えてその場から飛びのけて逃げた。
瞬間、俺が居た場所には杖から発された光が襲い掛かり、地面を焦がした。
あれは前にディーンが唱えていた
ほぼ無詠唱に近い時間で発される呪文は厄介極まりない。
何しろ詠唱している間に俺たちは近づいて叩き斬るという手段を取って魔法使いたちとは戦っているのだが、ほぼ無詠唱となると近づく暇がない。
俺は、古く高貴な屍とも何度か戦っている。
奴らは大抵が高名な魔術師や僧侶が知識欲を更に求める為に変貌する事を選ぶのだが、この貴族もその類なのだろう。だがここまで魔術に長けた者と対峙した経験はない。
続けざまに何度も天雷を放ってくる死体。
「どうした、この程度か。所詮は盗人めが!」
雷光は光の如き速さで襲い来る。光が発されてこちらに来るのを見ているようでは俺たちは雷に焦がされてしまうだろう。
俺とアーダルは右往左往しながら雷光を避けるしかできなかったが、そのうち一つの考えが閃いた。
何気なくアーダルを見ると、しっかり俺の目を見て頷いた。
どうやら考えている事は同じらしい。
息を合わせ、俺とアーダルは次に発された天雷を避けた後に古く高貴な屍を前後で挟む形に分かれた。
「むっ?」
死体は前後に挟んだ俺たちを見て、どちらを狙うか少々迷った。
天雷は威力と発動後の術の速さに優れたものがあるが、ほぼ一体の範囲にしか攻撃出来ない。
故にこうやって距離を取られると、天雷ではどちらか一方を狙うしかない。
「小賢しい真似を!」
古く高貴な屍は詠唱を始める。どうやら天雷ではなく、広範囲を攻撃できる魔法を使うようだ。その証拠に詠唱に多少の時間が掛かっている。
それでも杖の上に徐々に何かが渦巻き始め、呪文の詠唱が終わりつつあるのが伺える。
当然、呪文詠唱を完了させるつもりはない。
目配せし、アーダルが頷いて手斧を杖に向かって投げつけた。
「うおっ!」
杖は魔法使いにとって集中の為に必要な道具である。
大魔導士とも称される魔法使いであれば、杖が無くとも指先から呪文を発する事が出来るが、それは高い集中力を彼らが持っているからだ。肉体の一部から呪文を発する場合、もし詠唱失敗ともなれば自分の体を燃やしたり凍らせたりする羽目に陥りかねない。
だからこそ杖を使って肉体から魔法を離して詠唱するのだ。
杖はただの木や鉄の棒ではない。それ自体が既に魔法的な触媒であり、魔法使いが呪文の詠唱だけに集中できるようにする大事な右腕なのだ。
慌てて杖を拾おうとする古く高貴な屍の頭部に、俺は打刀の一撃を叩き込んだ。
頭部は口まで真っ二つに裂け、そのまま死体は倒れ伏した。
不死系とはいえ、頭を斬ると死ぬのは他の不死とは違う所だ。
はっきりとした意思を持っている為だろうか。
それきり動かなくなったが、これで完全に倒したわけではない。
「アーダル。この死体が埋葬されていた墓の中を探してみてくれ。小箱が入っているはずだ」
「はい」
アーダルが探していると、死体がゆっくりと動き始めている。
念のため頭の他に手足胴体を分断して細切れにしておいたのだが、既に腕と肩がつながり始めている。
それに合わせてか、不死の戦士たちも切断した体が繋ぎ合わさって元に戻り始めている。
「見つけました!」
アーダルが墓から取り出したのは金属製の小箱で、勿論鍵がかかっている。
鍵を取り外すべく奮闘を始めたアーダルを余所に、俺は再び死体たちを斬りに回っていた。だが明らかに再生の方が早い。一人は完全に蘇り、再び斬るまでに何度か斬り合いを演じる事となった。
「アーダル、まだか?」
「もう少し、もう少し……できました!」
小箱の鍵を外してアーダルが取り出したのは、何らかの金属で出来た指輪と首飾りである。それらから発されている不吉な念を俺は感じ取った。
再生した不死の戦士を斬った後、すぐさま俺は首飾りと指輪を受け取って刀で叩き斬った。
その時、急に古く高貴な屍がむくりと起き上がる。
「ぐおおおおおおおおおおっ!!」
断末魔の叫びをあげながら、死体は徐々に砂のように風化していく。
小箱の中に魂を封じ込めた飾り物を入れていて、それを破壊しない限りは倒した事にならないのだ。
死体はやがて灰になり、灰すらも完全に消えてこの世からの存在が完全に失せ去った。
塵は塵に還る。
世の理に逆らった者は魂の救済すら存在しない。
従うべき者を失った戦士たちもまた、同じように灰になり消え去った。
俺は空になった墓を見ながら、立ち尽くしていた。
「どうしたんですか? やっと倒したんですし先に進みましょう」
「あ、ああ」
アーダルに生返事し、俺は考えながら歩き始めた。
先ほど古く高貴な屍が言い放った一言が頭に引っかかっている。
王が目覚めかけている。
ここの迷宮の主は何かの王ではなく、不死系の何かの魔物だったはずだ。それも大して強くもない魔物。
王、王か。今サルヴィを統べている王ではないのか?
考えて歩いているうちに、次の墓部屋に辿り着いた。
先ほどの部屋と同じように貴族の墓と従者の墓が立ち並んでいる。
しかし、ここの部屋では死者は眠りに着いているらしく何も出なかった。
そうそう何度も古く高貴な屍とはやり合いたくない。
奴らは不死系の魔物の中でも倒すのが非常に面倒くさい。
何度か墓部屋と通路を通り過ぎて、ようやく次の魔法陣のある部屋へとたどり着いた。
しかし、魔法陣の上に何かが陣取っている。
そしてこの部屋に入ると、急激に周囲の温度が下がっているのを感じた。
冬のような寒さだ。
「ミフネさん、なんですかこの寒さは?」
「霊が居ると周囲の温度が下がるんだ。しかし不味いな。これほどまでに空気が冷たいのは、目の前に居る奴は相当強いに違いない」
「そんなに……」
見るに、あれは
生霊は何らかの理由で肉体が生きている状態で魂が分離した存在で、普通はあまり見る事が無い。
サルヴィの迷宮ではそこそこ見かけるが、彼らは大体肉体を失っている存在であり、意思も既に無くして発狂して冒険者に襲い掛かってくる。
しかし妙だ。
魔法陣に陣取っている生霊は、先ほどの古く高貴な屍と同じように何らかの明確な意志を持っているように感じられる。
試しに一歩一歩、確実に歩を進めていく。
生霊はまだ動かない。
ついには人二人分の距離を挟んで対峙するまでに詰めた。
「……何用かな。冒険者たちよ」
生霊はうなだれている首を俺たちに向けて、話しかけて来た。
「まだ意思を残しているのか。お主」
「生憎、他の連中と違って狂うまでには至らなんだ」
「何故魔法陣の上に陣取っている?」
「ここに縛られているからだ。王に無理やり命じられた故な」
「次の階層に行かせない為の措置か……」
霊と重なると、その冷たさからあっという間に体力を削られる。
いかに強者とて霊との接触は避ける。無理やりに重なって次の階層に行こうとしても、その前に凍死しかねない。
強制的に成仏させたいところだが、俺たちは侍と盗賊の二人組であり、
「今の私は魔力を失い、縛めを跳ね除ける事すら出来ぬ。魔力さえあれば縛めを解いてあの世にでも行けようというのに」
忌々しげに天を仰ぎ、目を瞑る霊。
姿から察するに、かなりの力量を備えた高位の魔術師である事が伺える。
王とやらの側近として仕えていたのかもしれない。
「この世に未練はないのか?」
「あるわけが無かろう。私は無理やりこのような姿にされたのだ。その後魔力すらも切り離され、ただの生霊としてここに佇む羽目になっている。一時は呪縛からも逃れ、私は冥府で冥王の裁きを待っていた。だが王が目覚めかけ、再び現世に呼び戻される羽目になった。もういい加減、私は王に縛られるのにうんざりしている」
なるほど。道理で以前は見かけなかったはずだ。
ゼフが宝を埋めた後に王が目覚めかけ、彼らも現世に呼び戻されたのだろう。
「どうすれば魔力を取り戻して縛めから逃れられる?」
「我の肉体はこの階層のどこかにあるはずだ。王は私の首飾りに魔力を封じ込めたらしい」
「わかった。それを探して持ってくればいいんだな?」
俺がそう言うと、生霊は目を見開いて驚きを見せた。
「おお、おお……。見知らぬ侍よ。お前はまさか、このような霊の戯言を聞いてくれるというのか」
「成仏したがっている者を助けない理由などあるまいよ」
「感謝する……。首飾りを持って来た時には、必ず礼をしよう」
すると霊は、うなだれて俺の声にも応答しなくなった。
久しぶりに話をして疲れたのだろうか?
結果的には、地下二階の探索はまだ続けなければいけないようだ。
階層の浅さに反して、この先の探索は長引きそうだと俺の勘は告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます