第十五話:貴族の終のねぐら
魔法陣を踏むと、俺たちの体がにわかに光に包まれ始めた。
体中がぞわぞわする感覚。
アーダルにとっては初めての感覚のようで、何ともいえないくすぐったいのを我慢しているような顔をしていた。
完全に光に包まれた瞬間、俺たちの肉体は地下一階から完全に消えていた。
「……着いたんですか? 地下二階に」
「そうだ」
アーダルが周囲を見回し、様子を確認している。
地下一階とは違い、地下二階は壁と床の色が若干白色が近いものへと変わっている。
魔法陣から降りると、光は徐々に収まり、踏んでいない時のように鈍く光っている状態へと戻った。
「さっそく探索開始しましょう!」
アーダルが元気よく一歩を踏み出そうとしたので、俺は肩を掴んで制する。
「いきなりなんですか?」
「まあちょっと見ててくれ」
俺が刀の鞘でアーダルが踏み出そうとした床の三歩ほど先を突くと、鞘は床を通り抜けた。
「え、何ですかこれは」
「床に見せかけた幻影だよ」
突いてから少し時間が立つと、床の幻影が消えてぽっかりと何もない空間が口を開けているのが露わになった。穴の大きさはちょうど一人分くらいの人間なら丸飲みできるくらいの大きさだ。
「なんでこんなところに落とし穴が……。というか、幻影の落とし穴って初めて見ました」
「盗掘者避けだな。次の階層に来て早速墓荒らしをしようと意気込んだ哀れな奴をひっかける為の罠だ」
「どうしてこの罠がここにあるのを知っていたんです?」
「前に潜った時、落とし穴の周囲に落ちた奴の武器と盾が落ちていたんだ。そこで違和感を覚えて床を探ってみたらこの通りだ」
「この罠はどうやって見分けたらいいんです?」
「ちょっと気を配っていれば簡単だ。この迷宮は普段は人が入る事はほとんどない。だから床もうっすら埃が積もっていたり、瓦礫が転がっていたりする。だが幻影の床はいつも綺麗だ。その下が落とし穴で積もる物がないんだから当然だ」
「なるほど。それにしてもこんな罠を仕掛ける連中の気が知れません」
「貴族は性格が悪いからな。気を引き締めていくぞ」
アーダルは少しげんなりした顔を見せるが、罠を乗り越えなければ盗賊として大成は出来ないぞ。何より親父の宝を得る為にもこの迷宮を踏破せねばならないのだ。
魔法陣のある部屋から出ようと扉へ近づくと、壁に看板が張ってある。
[これより貴族の墓地なり。無用の者は足を踏み入れるべからず]
随分と仰々しい書き方だが、そもそも墓地に用の無い者は足を踏み入れないだろう。
俺たちは用があってここに来ているので遠慮なく踏み込むがな。
地下二階の構造は至って単純で、魔法陣のある部屋から少し進むと通路が三つに分かれている。
その三つの分かれた先にはそれぞれに貴族の墓がある。
どうやら血筋によって何処に埋葬されているかが決まっているようだ。
部屋を出る前に俺たちは少し休憩を取る事にした。
その時、俺たちの背後で魔法陣が作動する音が聞こえた。
光に包まれてやって来たのは、一人の戦士であった。
格好を見るにサルヴィの迷宮の三階あたりをうろついているくらいで、何故こちらの迷宮に来たのか理由がわからない。
「おお、お前らが地下一階の弓矢の罠を解除してくれたのか?」
戦士は剣を抜き身のまま持ち歩いている。また目の輝きが尋常ではない。
剣には魔物の体液が付着しており、それを拭う事もせずに探索しているようだ。
戦士の異常な雰囲気に気づいたのか、アーダルは手斧に手を掛けている。
立ち上がり、俺が戦士に応答する。
「そうだ。お主は盗賊でもないのに何故この迷宮へ?」
「いやね、枯れたはずの迷宮に宝があるって言う噂を聞いてやってきたのさ。だが魔物は跋扈し、罠が再び作動しているのはどういう事だと思う?」
「……さてね」
「お前もわかっているだろうが、間違いなくこれは迷宮の主が現れたに違いない! となると、宝があるという話もまんざら嘘じゃないだろうと思ってね。……さて、お前たちは何しにここにやってきたんだ?」
じとりと戦士の目が俺たちをねめつける。
「何か勘違いしているようだが、俺はこのひよっこに罠解除の腕を上げてもらう為に来ているだけだ。宝の話もどうせヨタ話だろう」
「そうなのか。へえ……。俺は、お前たちが宝の話をしている時に酒場に居たんだがね」
腰に手をやり、肩に剣を置いてため息を吐く戦士。
「という事は、お前らは宝を狙う同業者、つまり俺の敵ってわけだ。宝は俺が貰う。悪いがここで死んでくれや!」
戦士は俺たちに向かって真っすぐ詰めかけようと走り出した。
そして案の定、戦士の足は幻影の床を踏み抜いてしまう。
「うおわぁっ!!」
戦士は間抜けにも落とし穴に落ちかけたものの、瞬時の判断で剣をかなぐり捨てて落ちる瞬間に手を床のふちにひっかけ、何とか落ちるのを防いでいた。
その間に俺は悠々と戦士に向かって歩き、見下ろす。
「地下一階を通ってわからなかったのか? ここは盗賊の迷宮、罠の見本市だ。お主はそれを未だにわかっていないからこうやって罠に引っかかった」
「く、くそっ! 助けろ、いや助けてくれ!」
「悪いが、お主は俺たちを殺そうとした」
俺は投げ捨てられた剣を見やって言う。
「一時の気の迷いだよ。なあ、アンタはサムライなんだろう? サムライは敵にも情けがある、そう聞いたぜ。だから俺を助けてくれ、頼むよ!」
哀れな戦士はひたすら俺に命乞いをしている。
徐々に手の力が緩みだし、ふちから手がズルズルと滑り始めている。
「いいか。俺たち侍が敵に情けを掛けるのは利があるか、あるいは敵が見事な戦いぶりを見せた時だけだ。お主のように卑怯で情けない奴を助ける気など起きるものか。自力で這い上がって来い。そうしたら改めて相手をしてやる」
「ち、ちくしょおおおおおっ!!」
戦士の手の甲には血管が浮き出し、残る握力を込めてなんとか這い上がろうとあがいている。
無情にも手のひらはどんどん滑っていき、落ちた。
その瞬間、戦士は間抜けな顔をしたまま暗い穴へと飲み込まれていった。
落とし穴の底には何があるだろう。
針の山か、あるいは無数の虫や蛇でも這いまわっているか。
ともかく奴は落ちて、恐らく死んだ。
背後ではアーダルが俺たちのやり取りを黙って見ていた。
何とも言えない顔で視線を地面に落とす。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「いえ、何も。ただ、ああいう奴もいるんだなと思って」
「冒険者なんぞ基本的にはならず者と同じだ。今の戦士のように、自分の事しか考えてない阿呆が山ほど居る。お主も冒険者を続けるなら気を付ける事だ」
それよりも、宝の情報の拡散が速い。
今更だがギルドで話しをしたのはやはり不味かったか。後悔しても遅いのだが。
アーダルを育成しながら探索するつもりだったが、そうしている暇は無さそうだ。
考え込んでいる間にアーダルが話しかけて来た。
「どうしたんですか?」
「いや、探索に時間を掛けている暇は無さそうだなと思ってな」
「そうですね。もう二人も宝を探してやってきてますからね」
「もう少し休憩したら真っすぐ次の魔法陣へ向かうぞ」
「はい」
小一時間ほど休憩を取って体を休めた俺たちは、部屋を出て通路へと向かった。
一本道をある程度真っすぐ進むと、三つある分かれ道に出会った。
真っすぐ行くと貴族の本家が連なる墓であり、左右の道へ行くと親戚あるいは分家の墓が並ぶ墓地となっているようだ。
「道を渡す橋が落ちちゃってるみたいですね」
アーダルが言う。
左右の分家筋へ行く道はともかく、本家の墓への道は橋を渡らないと行けないのだがそれが迷宮の変動によって落ちてしまったようだ。
今は橋の残骸がわずかに道の両端に残っているのみだ。
「さて、どうしたものかな」
「僕、こんな時の為にロープを用意してました」
「おお、でかした」
「やっぱり探索するならロープは必要ですよね」
アーダルが背嚢から縄を取り出し、結び目を作って向こう岸へと投げつけて橋の残骸へとひっかけた。同じくこちら側の残骸にも縄をかけ、簡易的な渡し橋の完成だ。
俺とアーダルは縄を伝って向こう岸まで渡り、先へと進んでいく。
地下一階の一般市民が埋葬されていた墓地とは違う、明らかに装飾が施された扉の前までたどり着いた。
扉の横には何かが書かれていた看板が立て掛けられていたが、文字は既にかすれていて読めない。一体どのような貴族が埋葬されていたのか、今は知る由もない。
扉を開けると、一つの豪華な墓が部屋の真ん中に設置されている。これが貴族の墓だろう。貴族の墓を囲むように少し小さく、装飾も簡素な墓が八つあるのが見えた。
部屋はかなり広い。一般人の墓部屋は貴族の墓部屋よりも狭いのにこれ以上墓が設置されている。身分の違いを考えさせられる。
さて、地下一階の例から考えれば何も出ないはずもなく。
「ミフネさん!」
「ああ、来るぞ。構えろ」
周囲の墓の地面がひび割れ、乾ききった手が土の中から這い出してきた。
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