第十一話:宝はいずこに


 翌日の朝。

 馬のいななきでいつものように目覚めた後、顔を洗って早速俺はギルドに向かう。

 ギルドの酒場に向かうと、既にアーダルがパンとスープを食べていた。

 

「あ! 遅いですよミフネさん!」

「アーダルが早いんだろ」


 ギルドに来たのはまだ太陽が地平線の向こうから顔を覗かせたくらいだった。

 街の人々もまだ寝ぼけ眼の時間帯だ。

 アーダルは相当やる気になっているようで、飯を食べたらすぐにでもゼフの住処に赴きたい雰囲気をありありと醸し出している。

 まあ肉親を蘇らせる機会があるなら当然か。


 ……俺は最初の使命の事を思い出す。

 人を蘇らせる術が西洋の大陸には存在する。それだけを聞いて旅をはじめ、流れ流れてついにはこのサルヴィの地にやってきた。

 復活の魔法、その一端は掴んだものの所詮俺は侍で魔法など習得できぬ。

 この国の誰もが東の辺境の蛮族が支配する国に来ようなどとは夢にも思わない。

 よほどの好奇心にあふれたもの好きな奴らでもなければ。

 

 俺は果たして、本当に蘇らせたいのだろうか。

 自らの一族を。

 最近はわからなくなってきた。

 

 この大陸は目立って大きな争いは近年起きておらず、平和だ。

 冒険者として諸国を旅していてもそれがわかる。国境を警備する兵士たちもどこか良い意味で気が抜けている。周辺諸国との仲が良好な証拠だ。

 でなければ、冒険者などというならず者一歩手前の連中がここまで街を自由に歩けるはずもない。我が故郷であればそう言う連中はまず白眼視される。

 俺は冒険者として気の向くままに生きていった方が良いのではないか。

 最近はそのような事すら考える。


「俺にも麦の粥と野菜の汁、それと串焼きの肉をくれ」


 従業員に頼み、ひとまず水を含んで心を落ち着ける。

 ともあれ、今はゼフの宝を探す事に集中せねば。


* * *


「ここがゼフの住処らしい」


 朝食を食べた後、俺とアーダルはサルヴィの貧民街を訪れていた。

 今目の前にある、石造りの二階建ての長屋に彼は住んでいたようだ。

 確かに長期に渡って街に滞在するのであれば、宿屋に連泊するよりも住居を借りた方が安く上がる。

 もっと安く上げたい場合は俺のように馬小屋にでも住み着けばいい。

 俺は馬の世話もしているのでそれと引き換えにタダにしてもらっている。

 馬の世話は故郷に居る頃からやっているし、動物の匂いはあまり気にならない。

 迷宮に居る魔物の方がもっと酷い匂いの奴らが多いからな。腐った死体ロッティングコープスとか。

 朝のいななきも目覚まし代わりと割り切れば、馬小屋も住処としては上等だ。


「それにしても、あんまり長居したい場所ではないですねここは」

「おいおい、盗賊がそんな事言ってどうする」


 アーダルは顔をしかめて周囲を見回していた。

 貧民街を初めて見たのだろうか。

 確かに住民は癖のある連中が多いが、一度仲良くなってしまえば気さくで面白い奴らが多い。何より街の裏事情に通じており、冒険者としては知己を得ておくと何かと役に立つ。

 盗賊なら情報にもより長けていなければならない。

 こういう柄の悪い連中との交流も必要だ。


「これから長く冒険者をやるつもりなら、こういう人たちとの交流こそ重要なんだぞ。ただ、良い奴か悪い奴かの嗅覚はより研ぎ澄ましておかないといかんがな」

「……わかりました」


 俺は大家に事情を話し、ゼフの部屋の鍵を開けてもらう。


「どうぞ。と言っても、部屋には寝るだけに帰って来てたみたいですよ」


 果たして扉を開けてみると、大家の言う事は正しかった。

 部屋の中は洗われていない衣服やゴミで散乱しており、足の踏み場もない。

 男の汗臭い匂いが漂っており、窓と扉を開けなければ鼻にツンとくる。


「汚いな……。全くこういう所は変わっていないんだから」

「故郷でもこんな感じだったのか?」

「ええ。掃除が苦手で帰って来た時は何度も母に怒られていたんです」


 そう言ってアーダルは早速衣類とゴミをより分け始めた。やたらと手際が良い。

 

「やれやれ、まずは部屋の掃除と整理整頓からか」


 俺とアーダルはしばらくの間、ゼフの部屋の掃除に追われる羽目になる。

 黙々と掃除をして、日がすっかり空に昇ったあたりになった。

 掃除をしている間に二人で分かった事がある。

 

「ミフネさん」

「ああ」


 この部屋には宝など全く隠された様子はない。

 すっかりゴミと衣類を片付け、綺麗になった部屋を改めて見てみると、寝台と着替えの入っている箪笥以外には何も無い。他には予備の武器が部屋の片隅にひっそりと立てかけられているくらいだ。

 男の部屋とてもう少し何かあってもいいだろうと思うかもしれないが、冒険者の仮住まいなどこんなものだ。だがそれにしても何も無さすぎる。

 俺が借りている馬小屋とて、多少の戦利品は置いてある。

 一応アーダルに壁と天井、床下の収納も探ってもらったが何もなかった。

 隠し扉などと言ったものも存在しないようだ。

 もっとも、借りている部屋を弄ったらそっちの方が問題になるだろうが。


「駄目ですね。ここにお宝の匂いは感じません」

「駄目か。参ったな」


 この二階建ての長屋は一階に共同で使う流し、台所とかまど、そして厠もある。

 基本的に住民は部屋ではくつろぐか寝るかで、食事も下の共同空間で行う。

 まれに二部屋借りている住民も居るが、家族が多いのでそうしているだけだった。

 荷物を置く為に二部屋借りるなどと言う贅沢はしない、出来ないのだ。


「手がかりが無くなったな」

「どうします?」

「ひとまず大家に礼を言ってギルドに戻ろう」


 俺とアーダルはまとめたゴミを出し、大量の衣類は洗濯屋に預けてギルドの酒場に戻って来た。

 

「すいません、泡酒ひとつ」

「こんな時によくお酒飲めますね」

「何言ってるんだ。こういう時こそ深刻にならずに酒でも飲んで気分転換した方が良いんだよ」

「そんなものなんですかね。じゃあ僕も果汁を炭酸水で割った奴お願いします」


 部屋の掃除で汗もかいたことだし、酒でも飲まねばやってられん。

 ぐっと一杯あおり、息を吐く。

 

「ところでお主の父親は、故郷ではどういう風に暮らしていたのだ?」

「主に狩りですね。シカや熊を狩ってました。弓も使いましたが、でっかい鉈剣で向かい合って戦っていましたね。それ以外には麦や野菜を育ててました」

「なるほど。道理で」


 ゼフの戦い方はどうも野生の獣じみた動きをすると思っていたが、そういう訳か。

 

「狩った獲物はどうしていた?」

「父は森で狩りをする時は作業小屋を作って、そこで肉を燻製や干物にしていました」

「ふむ。狩りの時は自宅には戻らぬのか」

「ええ。一人で集中したい、山の神と対峙したいとか言って。とはいえ、一人で全部やるのは大変だったと思うんですけどね」


 獣は大体重さの半分くらいが肉として取れると聞く。

 残った重量の中には内臓もあるだろうが、心臓や肝臓などはどうしていたのだろうか。

 それも聞いてみた。


「内臓は、熊の胆のうや脂であれば薬としても売れるんですが、他の部位は足が速いのでその場で食糧として食べていましたね。僕も一緒に狩りについていった時に熊の心臓の串焼きを食べさせてもらいました。あれはおいしかったですね」


 熊の心臓か。血と獣の臭いでむせそうだ。


「父は結構一人になりたがるほうでして。家族と一緒に居すぎると息が詰まるとかなんとか言って、森や山、洞窟に行くことが多々ありました。旅に出るのも多分自由になりたかったからなんだと思います」

「とはいってもな、そろそろ故郷に戻って落ち着いた暮らしをしたいとこぼしていたぞ」

「そうなんですか……。父ももう三十五歳ですからね。そう思うのも無理はないかも」


 あれで三十五歳なのか。見た目は相当若いな。

 その時、アーダルはポンと手を叩いた。


「思い出したんですが、父は結構自分の気に入った武具を保管するために洞窟なんかに行ってたんですよ」

「家ではないのか?」

「ええ。家に置いておくと子供にいたずらされるから嫌だって。普段からそこに置いといて、手入れする時も自分から洞窟や小屋に行ってそこで作業するみたいな感じでした」

「自分の手元に武器を置いておかないと、盗まれたりしないか?」

「父と組んでいたのならわかると思いますが、父の愛用する武器、盾は相当重くて大きいんですよ。鉈剣を一つ持っていくだけでも相当骨を折ると思います。と言って、それを持っていった所で価値が大きいかと言うと」


 そこまでの価値はないだろうな。

 大振りの武器防具など使える人間は限られる。

 業物であればそこそこの値は付くだろうが、ゼフの得物は鉄の塊に刃が付いたような、極めて単純な武器だ。

 何よりゼフから物を盗んで無事でいられるのか、多少知恵が回る盗賊ならまず手を出そうとは思うまい。

 ここまでの話を聞いて、何となくゼフの性格がわかって来た気がする。


「アーダル。俺は思うのだが、やはりゼフは街から外れた場所に宝を隠しているんじゃないか」

「やはりそう思いますか」

「となると、後は裏付けが欲しいな」


 俺は周囲の適当な冒険者に声をかけ、泡酒をおごりながらゼフの普段の行動を聞いた。


「ゼフか? あぁ、あいつは時々街の外れに行く事が多かったな」

「迷宮に行くんじゃなくてか?」

「迷宮は迷宮でも、古いほうさ」

「古い方?」


 アーダルが疑問の声を上げる。


「アーダルは知らないのも無理はない。サルヴィにはもう一つ迷宮があるんだ」


 サルヴィには、未だ踏破されていない迷宮の他にもう一つ迷宮が存在する。

 階層も浅く、出てくる魔物もそこまで強くない。

 既にとある冒険者の僧侶によって迷宮の主も倒されてしまった。

 故に魔物の出現も極めて少なく、階層も浅いゆえに粗方の宝も取りつくされてしまった。

 ある理由から盗賊のみが今でも迷宮に潜る事から、今では「盗賊の迷宮」と呼ばれている。

 主が消えたとはいえ、まだ魔物も稀に出現する事から潜る盗賊の護衛に戦士や魔法使いが付く事もある。

 俺も時々護衛をしたな。懐かしい。


「へえ。盗賊の迷宮、ですか」

「サルヴィの迷宮に宝を隠すのはあり得ないだろう。人が多く出入りするし、魔物が宝を偶然にも手に入れる可能性もある」

「僕もそう思います。人が来なくて魔物もあまり出現しない迷宮なんて、宝を隠すにはおあつらえ向きじゃないですか」

「盗賊が時折出入りするってのが少し気になるが……ここは何階層だったかな?」


 俺は酒を飲んで上機嫌になっている冒険者に尋ねた。


「確か地下四階までだったはずだ。と言っても、盗賊つったって初心者が出入りするんだ。地下一階やせいぜい二階までしか踏み込まねえよ。万が一地下四階で何か物騒な魔物でも湧いて出てきたら困るからな」

「なるほどね。隠すなら地下四階だろうかな」


 何も証拠などは無いが、隠すとするならサルヴィの街周辺ならここしかないだろう。


「決まりだ。明日行こうじゃないか」

「了解です。他の冒険者の方々は誘わないのですか?」

「魔物の出現も今は少ないからな。俺とアーダルだけで十分だろう。それに、他の面子を増やしたら俺たちの手取りが減るからな」


 本当に大丈夫かなあ、というアーダルのぼやきを聞きながら俺は馬小屋に戻り、迷宮探索の準備を行う。

 今となっては枯れた迷宮など、侍の俺に掛かれば楽勝というものだ。

 それにしても、やっぱり迷宮に潜る羽目になるとはな……やれやれだ。

 

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