第十二話:盗賊の迷宮


 翌日、打刀と野太刀、鎧と篭手と脛当て、ハチガネに一通りの迷宮探索用の道具を持って、俺は盗賊の迷宮に赴いた。

 既にアーダルが迷宮の入り口で待っており、落ち着かない様子で足を動かしている。


「来ましたか」

「おう。回復薬に毒消し、麻痺治しの薬に石化解除の銀の針は持ったか?」

「そんなに買えないですよ。せいぜい毒消しと麻痺治しの薬に回復薬程度です」


 初心冒険者としては十分な備えだ。

 銀の針は流石に高いので、冒険者として独り立ちしてようやく持てるかどうかという所だから仕方ない。

 

 アーダルの装備を見る。

 盗賊と言う職業だけあって、父ゼフとは大きく装備も異なる。

 顔をすっぽりと覆う頭巾に、口だけを隠す面をつけている。

 鎧はなめした革を幾重にも張り付けたもので、篭手と靴も同じように革を素材にしたものだ。革とは言え、それなりの防御力はある。

 何より金属より軽いので、身軽さを保ちたい盗賊たちはこれらの防具を愛用している。

 持っている武器は短剣ショートソード。盾は小革盾スモールレザーシールドだが、アーダルの技量ではまだ短剣を持て余しているように見えた。

 剣を扱ってまだ日が浅いのだろう。魔物との戦いに後れを取っては困る。


「アーダル、いつから剣を使い始めた?」

「三か月くらい、ですかね?」

「お主は故郷では狩りをしていたんだろう? だったら手に馴染んだ武器を持った方が良い」


 俺はアーダルに手斧ハンドアクスを差し出した。

 手斧は生活用品として非常に便利な道具だが、戦いにも実は結構使える。

 中には手斧を両手に持って戦場を駆け巡ったという猛者も居るくらいだ。


「ハンドアクスですか。確かに狩りで山の中に分け入った時に使ったり、獲物の骨を断ち切ったり、投げたりして使ってましたね」


 右手に持ち、ぶんと振り回して感触を確かめるアーダル。

 剣を持った時よりもずっと様になっているじゃないか。


「うーん。今までは剣持ってた方が格好良いかなと思ってたんですが、やっぱり手斧の方が良いかな」

「迷宮では格好なんかより使えるかどうかの方が大事だぞ」

「でもやっぱり、侍とかは格好良いじゃないですか。盗賊はこうあるべきだと思って剣を持ったんですけどね」

「お主、訓練所で剣の振り方とか習ったか?」

「あー……それはあんまり。習うたびにお金取られるもので」


 こうやって剣の扱い方もロクに知らない奴が迷宮でバタバタと死んでいく。

 盗賊だから剣の扱いは知らなくても良いとぬかす奴もいるが、俺は絶対に反対だ。

 前衛に立っている戦士や僧侶がもし倒れてしまった場合、次に出るのは並び方にもよるが大体は盗賊だ。

 魔法使いで近接戦闘なんかこなせる奴は居ない。第一奴らは武器すらまともに持てない。

 それならまだ身軽で少しでも剣が扱える奴の方がマシだし、万が一に備えて戦えるようになるべきだ。

 俺はまともに戦えない奴と迷宮に一緒に潜る気はない。探索の足手まといになる。

 それに魔物があまり出ない枯れた迷宮と言っても、俺一人で全ての魔物と戦うのは流石に疲れるしアーダルの為にもならない。

 ここで少しは魔物にも慣れて腕を上げてもらいたいところだ。


 さて、盗賊の迷宮だが以前は不死の迷宮と呼ばれていた。

 ここはかつては墓地として使われており、いまでも墓が残っているのだが、魔素か何かによって迷宮へと変貌し、魔物が街へと這い出してきて問題になっていた。

 街は対策に苦慮していたが、ある時放浪していた僧侶の一人が迷宮の主を退治したと言われている。

 迷宮は魔物も弱く、階層は浅い。

 しかし墓荒らし対策としてなのか数多くの罠が設置されている。

 だから盗賊なりたての冒険者が、罠解除や鍵解除の技能を上げる為に時折潜るのだ。

 それゆえに何時しか盗賊の迷宮と呼ばれるようになった。

 盗賊が自らの技術を高める為だけに入る迷宮で、しかも遥か昔に既に宝は取りつくされているので誰もここに宝があるなどとは思いもしない。


「ゼフは良い所に目を付けたな」

「この迷宮の構造はどうなってるんです? ミフネさんは入ったことは?」

「サルヴィの迷宮に入る前に一度な。迷宮の構造が変わって無ければ地図に記してあるから大丈夫だとは思うんだが」


 地下四階にかつての主は居たと聞いているが、今はおそらく何もないはずだ。

 だから一番深い所にゼフは宝を隠しているはず。


「じゃあ、行くぞ」

「はい!」

 

 盗賊の迷宮地下一階へと踏み込んだ。

 並びは俺が前、アーダルが後ろだ。

 二人しかいないので陣形もへったくれも無いのだが、迷宮は何があるかわからない。

 新米はできるだけ後ろに居てもらった方が良い。

 迷宮の中はとても暗かった。


「おかしいな」

「どうしたんです?」

「いや、主を失った迷宮はこれほど暗くはならないはずなんだが」


 迷宮の魔素がなせる業なのかわからないが、主が存在している状態では迷宮は常に暗く、目を闇に慣らさねば明かりが無い状態ではロクに前にも進めない。

 確かに主は居ない迷宮のはずなのだが。


「まさかな」


 俺はひとまず松明とランタンに火を入れ、もう一本の松明をアーダルに持たせる。

 通路の遠くまでは見通せないが、とりあえずの明るさは確保できた。


「それで、地下一階はどういう構造なんです?」

「まあ、それは探索しながら自分で覚えて行かないとな」


 アーダルを迷宮に慣れさせるためにも、最短距離で真っすぐ次の階層へ行くのではなく、様々な場所に踏み込もうと思っている。盗賊であるからには罠と鍵をどんどん解除して腕を上げてもらわねばな。

 まずは礼拝堂に行こうとしたところ、途中の通路で誰かが倒れているのを見かけた。


「あの死体、何か新しくないですか?」

「ああ、まるでつい最近死んだような死体だな」


 近づいて、少しばかり驚いた。

 昨日酒をおごってやった冒険者の戦士じゃないか。

 血まみれになって冷たい床に倒れている。


「昨日財宝の事を聞いたから、僕たちより先に探しに来たのかな」

「考えられるが、流石に一人で来るのは無謀だぞ。敵も出ないわけじゃない。それにこいつはサルヴィの迷宮地下三階まで潜った事がある。幾ら一人とはいえ地下一階で死ぬようなタマじゃないはずなんだが……」


 さらに先に歩を進めると、彼の死因が明らかになった。

 大サソリと骨犬人アンデッドコボルトの死体、加えて包帯まみれの死体の姿もあった。随分と数が多い。合計で十体くらいは居るんじゃないか。

 それにこの迷宮では骨犬人など居ないはずだったがどうなっているんだ?


「なんですかこの包帯まみれの死体。僕は見たことがありません」

「この迷宮特有の魔物だ。たしか木乃伊ミイラとか言ったかな」


 かつてのサルヴィではこのような方法で死者を埋葬していたと言う話を聞いた事がある。実際に目にすると俺には奇妙に見えるな。俺の国の埋葬方法も、この国の人にしてみれば奇妙なのかもしれないが。

 それらの死体に亡霊か何かが取りついて動き出したのがこいつなのだろう。

 戦士はこの魔物たちと戦って致命傷を受けたのだ。

 いくら弱い魔物と言っても、数多くの敵に囲まれてはたまったものではない。


「ひとまず彼を寺院に連れていこう。この迷宮にはギルドの職員も居ないしな」


 死体を寺院まで運び、俺たちは再度迷宮まで戻る。

 その道すがら、アーダルが俺の顔を不安そうに見上げた。


「……やっぱり、仲間を募るべきじゃないですか」

「分け前が減るがいいのか? その結果、もし足りなくて蘇らせることが出来なくなってもいいのか?」

「……」


 アーダルは俯いて答えない。


「探した挙げ句、やっぱり宝が無かったって事も考えられる。その場合分け前は俺たちの懐から出すか、そいつを殺してなかった事にするしかないんだ。それでもいいのか? ダメだよな。だから結局、俺とお主の二人でやるしかないんだ」

「……わかりました」


 かなり強引な説得の仕方だったが仕方ない。

 うっかり宝探しをしようだなんて口を滑らせたのが不味かった。

 しかしそんな事を今更言っても始まらない。他にも探している奴が居るかもしれない。


 迷宮の内部に再度侵入し、俺たちは礼拝堂へと移動する。

 祭壇と神父が説教をする台の他には、説教を聞き祈る人々が座る為の木の長椅子、らしき残骸があった。かつての人々は、ここで死者に祈りを捧げていたのだろうか。

 長い時間を経てほぼ誰も入ってこない部屋の中は、その面影を残すのみだ。

 埃と湿気た匂いが鼻に付く。


「さて、まず隠し扉でも探してみようか。盗賊としての第一歩だ」

「了解です」


 その時、俺たちの足元で風化した木屑の中から何かが動き出したような気配を感じた。

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