第十話:復活の儀式
「うわああああっ! 父さん! 父さん!」
アーダルはゼフの遺体にすがって泣いていた。
寺院に着いて、俺の背負っていた遺体袋の中身を見てしまったがために。
俺とアーダルはサルヴィの寺院に居た。
彼の臨時の仲間とゼフの遺体を預ける為に寄ったのだが、どうしても俺はゼフが死んだとは言えなかった。寺院の中に持ち込めば嫌でも見せざるを得ないのはわかっていたのだが。
遺体は俺が届けるからついてこなくて良いと言ったのだが、自分が折角組んだ仲間なのだから責任をもって見届けたいとか言うから、仕方なく見せる羽目になった。
「だからついて来なくていいと言ったのに」
「そんな、僕の父さんはとても強かったんですよ! どうしてこんな事に」
「その敵に不覚を取ったんだ。仕方あるまい。仇は俺が討ったけどな」
「え? 本当ですか? ありがとうございます」
「まぁ待て、礼を言うのはまだ早いぞ」
「え?」
「お前の仲間の遺体はどうするんだ? 復活させるのか?」
言われてアーダルは手持ちの財布の中身を覗き、唸り声をあげていた。
彼の涙もいつの間にか引っ込んでいた。
冒険者はいつまでも悲しみに暮れているわけにもいかない。
現実は何時だって厳しいのだ。
流石に冒険者なり立ての彼が全員を復活させるだけの金を持っている筈もなく、仲間の死体からかき集めてみても届かないようだった。
「僕らの手持ちはこれだけですね……」
「500ガルドか。これでは二人しか復活させられないな」
一応、駆け出しの冒険者は死にやすいので救済の意味を込めて、寺院はかなり割安で復活の儀式を行ってくれる。
それでもそうそう集められる金額でもないので、大抵の冒険者は復活を諦めて遺体を埋葬し、生き残った冒険者が新たな仲間を募ってまた迷宮に潜るか、引退して堅気になるかという選択肢を迫られる。
冒険者は世界中にあらゆる所に存在し、一山いくらの初心冒険者が死んだ所で誰も悲しみはしない。むしろ厄介な奴が居なくなってせいせいしたと言われることすらある。
冒険者になる連中というのは誰もが事情を抱えていて、それこそ食い詰め者や犯罪者が苦し紛れに冒険者になる事だってある。
故に冒険者はならず者の集団と言う偏見すら持たれる。
中には高潔な意志や立派な目的を持って冒険者になる奴らも居るのだが。
僧侶や魔法使いになる連中はそういうのが多い。
信仰心をより高める為に、あるいは魔法を更に究める為に。
話は逸れたが、冒険者は山ほど居るのだ。
だからここで彼らを見捨てても、誰も悲しみはしないし理解もされる。
心配する家族や友人が居れば上等で、故郷では厄介者であった可能性すらあるのだから。
だが、アーダルはそうはしなかった。
「彼らは絶対に蘇らせます。ゼハード家の名に恥じない為にも」
俺は彼の心意気に打たれた。
「わかった。なら今回だけ特別に、俺が復活の資金の援助をしよう」
「いや、助けてもらった上にお金まで出してもらうなんて、恐れ多いですよ」
「アーダルにはこの後俺と一緒にやってもらいたい事がある。その為の手間賃を前払いすると考えてくれればいい」
「やってもらいたい事ですか。一体なんです?」
「まあ、まずは復活の儀式だ。折角だから見に行こう」
俺とアーダルは一緒に復活の儀式を執り行う聖堂へと行く。
聖堂は寺院から少し離れた所にあり、そこはかつて神の降りた場所とも言われていた。
中に入ると、簡素な石の寝台が幾つか並べられていて、そこに先ほど運んできた冒険者たちの遺体が安置されていた。
料金は既に支払い済みで、大僧正の予定も空いている。
大僧正は既に聖堂の中で待っており、いつも変わらぬ笑顔で俺たちを迎えた。
「いつもありがとうございます。ミフネ殿」
「俺は俺の為にやっているだけですので」
「貴方の行いは確かに寺院の、我々の利益につながっております。我々は守銭奴だの生臭坊主だのと言われておりますが、お金が無ければ貧しい者への施しも満足にできませぬ」
それは確かに。
「持てる者からは限りなく取り、持たざる者からは出来るだけ取らぬように。とはいえ、復活の儀式ともなるとそれなりに金額を取らなければ、有難みも感じられませぬからね。慈悲のみで救えるほど、我らにはまだ徳も余裕もありませぬ」
彼が大僧正であるうちは、この寺院はしばらく大丈夫だろう。
「それでははじめましょうか」
大僧正は懐から聖水を取り出し、遺体の周囲へと散らすように振りかけていく。
聖水を振りかけた後は聖堂の祭壇に掲げられている聖遺物「預言者の右腕」が収められている聖櫃にひざまずき、祈りを捧げ始めた。
「天におわす我らが神よ、哀れな子羊である我らに今一度、慈悲をお示しください」
大地にささやき、神に祈り、慈悲を請うように天に念じる。
「
すると、にわかに死者の体が光につつまれ、鈍く輝き始める。
「おお……」
光に包まれた後、ボロボロになっていた彼らの体は元に戻っていた。
斬られた傷はふさがり、切断された箇所も繋がっている。
そして全員が目を覚ました。
「あぁ……俺たちは一体、どうなった……?」
「皆! 良かった!」
アーダルは涙をぼろぼろとこぼして喜んでいる。
「俺たちは死んだ、のか」
「ああ。
「お前は……例のサムライか。まさか助けてもらえるとはな」
彼らの仲間が体を起こし始めるが、その動きは酷く鈍い。
あくまでさまよえる魂を体に引き戻し、最低限動ける程度に体を治すだけだ。
しばらくは安静にしていなければならない。
迷宮に入るなどもってのほかだ。
彼らは復活を喜ぶほどの元気もなく、寺院でひとまず
後程アーダルに彼らのその後を聞いてみたところ、全員が冒険者を辞めたと言う。
やはり死ぬと言うのは魂に負担が掛かるのだろうか。
復活したとしても、二度と死にたくないと思うのは当たり前なのだろうか。
俺は死んだことが一度もない。
一度は死んで復活してみないことにはわからないのだろう。彼らの気持ちは。
復活できる保証が無ければ、死にたくないが。
「儀式は成功ですね。またのご依頼をお待ちしておりますよ。お侍様」
大僧正は俺に頭を下げ、寺院へと戻っていった。
儀式が終わった後、俺はアーダルを連れてギルドの酒場に入った。
軽く食事をしながら今後について話し合う。
「それで、お主に手伝ってもらいたいのはゼフの隠し財産についてだ」
「父の隠し財産ですか?」
「彼とは少ししか話はしていないんだが、どうやら財産を貯えていたようだ。それを見つけられればお主の父親は生き返らせられるだろう」
「本当ですか!?」
アーダルが勢いよく立って席を揺らし、俺の金色の泡酒が杯から零れ落ちそうになる。
「まあ少し落ち着け。その話が本当ならだ」
「でも、本当に蘇らせられるなら僕はなんでもしますよ!」
しかし何処に隠したかまでは彼は語っていない。
だから息子のアーダルの話を聞きたかった。
彼ならゼフの性格はよく知っているだろうし、どこに隠すかの傾向も探れる可能性がある。
何より、駆け出しとは言え彼は盗賊だ。
俺では出来ない鍵のかかった扉の開錠や罠解除も出来る。
間違いなく今回の財宝探しには必要な人材だった。
「それで何処に隠した宝があると?」
「そこまでは語ってくれなかった。だから俺たちで探すんだ」
「なるほど。わかりました」
「手始めにゼフが住処にしていた部屋を当たってみようと思う。明日またここに来てくれ」
「了解です」
俺とアーダルはその後たわいもない話をして別れた。
ねぐらの馬小屋に戻り、俺は敷き藁の上に寝転がる。
宝探しと言っても迷宮に入るわけではない。
だから俺は極めて気楽に明日の準備をしていた。
後々考えると、財宝探しと言うのは何にしたって大変だと気づかされるのだが。
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