第七話:再び迷宮へ

 迷宮から戻ってきて一週間が過ぎた。

 寺院における人々の目覚めは早い。飼っている雄鶏の鳴き声が目覚まし代わりで、朝日を感じた雄鶏が声高に鳴き始めると、暮らしている僧たちも目を覚まし、顔を洗って水を飲んだ後に、朝の読経を始める。

 俺もその声を聞いて目を覚ます。というか地鳴りのような声が響いて寝ていられない。

 ここは寺院だが、イアルダト教は別に肉食は禁じていない。

 鶏は寺院ではよく食べられている。牛や豚よりも効率的に育つし餌もそこらへんにある草やクズ野菜を与えれば勝手に育ってくれる。

 とはいえ基本的には卵を取るために飼っているので、卵を産まなくなった鶏が時々つぶされて肉として供される。

 

 寝台から身を起こすと、既に朝食が扉の外の小さな台に置かれていた。

 麦の粥とクズ野菜と鶏肉の汁もの。

 味付けは塩と畑から取れた香草のみと簡素で、香辛料は一切使われていない。

 麦の粥には魚醤で味付けされており、この魚醤というものは故郷の醤油に近い味がして実になじみ深い。麦を挽いて粉にした、「麺麭パン」という食べ物はどうも腹持ちが良くなく、探索前に食べるものとしては物足りなさがある。

 だが麦の粥ならばそれほど違和感なく食べられ、腹持ちも良い。

 こちらに来てからの数少ない好物だ。

 しかし、量が少なくて物足りない。あっという間に平らげてしまったが胃の中はまだ三分目くらいしか満たされていない。

 少し市場に出て何か食べるものを追加しよう。


 僧に泊めてくれたことや遺体の保管について礼を言いつつ、荷物をまとめて外に出た。

 街には早朝ながら店を開いている食事処がある。

 大体は市場で働く人々を相手にしているのだが、一般市民も利用しても良い。

 ここで朝飯を追加する。

 今日は迷宮に入るので、少しくらいは良い物を食べておきたい。

 麦の粥ともう一つ、鶏肉を串に刺して焼いたものを頼んだ。

 付け合わせの酸っぱい漬物も。唐辛子も一緒に漬け込まれていて、これがまた美味い。


 腹ごしらえも終え、俺はドワーフの鍛冶工房に足を運ぶ。

 工房も朝から熱気にあふれており、汗を流しながら鍛冶職人が武器を鍛えている。

 

「おう、来たかサムライ。全部仕上がっているぞ。点検していけ」


 俺の背丈の半分くらいより少し上の背丈ながら、筋骨隆々とした髭もじゃの男は無愛想に言った。

 点検するまでも無く、鍛冶屋の主ブリガンドの仕事は完璧だ。

 それでも持ち主本人が使ってみないとわからない事もある、とはこの男の言葉だ。

 なのでブリガンドの前で刀を振るって見たり、鎧を着けてみて違和感が無いかをいつも尋ねられる。

 今回も二人で共に中庭に移動し、早速出来上がった打刀を振るうために、藁で出来た人形を用意してもらう。

 居合の型を取り、斜め下から上に切り上げた。

 藁がズバっと斬れる音がして、次いでずるりと藁の上半身が落ちた。

 前よりも切れ味が増しているように思える。

 着用した鎧も違和感なく体に密着し、体の動きの邪魔にならない。


「いつもながらいい仕事をしている。刀も鎧も前よりも良くなっているとすら思える」

「そうか、それならいいのだ」


 ブリガンドは俺の言葉を聞くと、店の奥に引っ込んで金槌を振るい始める。

 仕事中毒と揶揄されるが、彼はその仕事ぶりだけでこの店をここまで大きくした。男として見習うべき姿勢だ。

 ただ一つの事に邁進し、その道の龍とならなければならない。


 さて、武具も帰って来た。身支度も済ませた。

 奴らは迷宮に居る。

 首を洗って待っていろよ。


 迷宮の入り口に立った。

 今回は他の冒険者は仲間にはしない。一人であいつらを始末する。

 これは俺だけの問題だ。


 迷宮の中に入る。

 腰に提げたランタンに火を入れる。

 ほのかな明かりは周囲を照らしてくれるが、灯明ライト程の輝きは無い。せいぜい石畳三つ分くらい先が見える程度だ。

 なので普段は持たない松明にも火を点けて進む。

 片手で刀を持っても、浅い階層の敵ならば十分に倒せる。松明の火を武器にしてもいい。

 今の自分の力量であれば、敵の正体が不明であっても問題なく倒せる連中ばかりで降りる事に苦労は無い。


 地下一階と二階はほぼ素通りに近い感じで通り抜けた。

 途中、追い剥ぎハイウェイマンの集団と何度か遭遇したものの、その半分を斬り捨てた所で敵が恐怖に駆られ逃げ出す有様だった。

 胴体を横に一刀両断されたのを見れば無理もない事だが。

 次は誰だ、と言わんばかりに連中を睨むと、恐れをなして慌て出す様は実に滑稽だった。

 

 地下三階に降りる。

 今回は一人で挑む事もあり、守護者たちとどう戦うかが少し難問となる。

 いくら俺より弱いといえ、多対一と戦うとなると話は違う。 

 だから正面切っての戦いは避ける。

 

 地下四階の階段に近づくと、遠目にうすぼんやりと守護者たちが姿を現し始めたのが見える。

 俺は打刀を鞘に納め、代わりに背中の野太刀を取り出して正眼に構えた。

 振りかぶり上段の構えに移行し、目を瞑って精神を統一する。

 呼吸を整える。

 胸ではなく、腹で息をする。

 丹田から霊気の流れをより感じる。全身を巡り、腕から手、そして刀へと霊気が伝わり、宿っていく。自分の体の一部となっていくのがわかる。


「溌!」


 掛け声とともに刀を振り下ろす。

 同時に振り下ろした刀から衝撃波が発生し、空間を走り抜けていく。

 ようやく形を取った魔法使いの一人が衝撃波をまともに受けて吹き飛び、壁に強かに叩きつけられて死んだ。

 驚きを隠せない他の守護者を後目に、俺は続けて刀を振り下ろし衝撃波を二度飛ばす。

 もう一人の魔法使いと僧侶も喰らい吹き飛び、片付けた。

 前衛三人が俺に向かって走り出してくるが、もう遅い。

 厄介な遠距離攻撃持ちさえ片付けてしまえばこちらのものだ。

 戦士を二撃で切り伏せ、暗殺者と対峙する。

 普段、無愛想の極みにある守護者の一人が口を開いた。


「一体、お前はどういう手品を使った?」

「奥義、一の太刀、遠当て。次に見せる時は詳しく教えて進ぜよう。お主の体にな」


 言い捨て、暗殺者の首を刎ねた。

 俺は野太刀を背中の鞘に仕舞い、一息つく。


 奥義、一の太刀「遠当て」。

 刀を音よりも速く振り抜くことで衝撃波を発生させ、遠間からでも攻撃できる。

 三船の一族に伝わる奥義の一つだ。

 三船家に伝わる野太刀でなければ撃てぬ、と聞いており、打刀で試した時は軽すぎて衝撃波を思い通りに出せなかった。武器の重さもある程度関係があるのかもしれない。


 地下四階。

 例の狂信者たちが潜む神殿のあるフロア。

 一人で信者のただ中を押し通るのは無理があるので、遠回りの道から神殿に侵入する。

 神殿裏口に通じる道だ。

 信者たちが外を巡回する経路は決まっている。裏口の方は道が狭い事もあり、多数での巡回は出来ない。

 俺は侍だが、幾らか忍びの基本的な技も叩き込まれている。

 忍び足、隠密で気配を消しながら移動するくらいは朝飯前だ。

 信者は呪死の言葉ワードオブデス以外は素人なので、俺が忍びながら移動している事にはまるで気づかない。

 気配を殺しながら、邪魔になる信者は背後から首を一突きして物陰に隠し、進む。

 しかし今日は妙に数が少ない。

 どうしたことだ?


 やがて裏口~通風孔から礼拝堂に出て、降りる。

 礼拝堂には相変わらず信者はおらず、例の異形の神が祭壇に掲げられている。

 刺さった短刀は抜かれていた。

 

「信者たちは買い物に出た。今日はほとんどおらぬであろう」


 声なき声が聞こえて来た。俺の心を読んだのか?

 掲げられた奴は動く気が無いのか、俺の事を視線だけ動かして見ている。

 

「また迷宮に舞い戻って来たのかね? 折角助かった命をまた捨てようとは、人間とは全く奇妙な生き物よな」

「黙れ」


 俺は短刀を口にめがけて投げつけたが、今度は口付近にある触腕で短刀を受け止めた。


「同じ手は二度は食わんよ。返してやろう」


 その触腕を使って短刀を投げ返してきた。

 短刀を受け止めると、べたついた粘液がまとわりついている。

 気持ち悪さで思わず短刀を投げ捨ててしまった。


「ふぁ、ふぁ、ふぁ。お主の行く末に我らが奇蹟あらんことを。ふぁ、ふぁ、ふぁ」


 意味が分からん。

 無視して階段を降りていくが、そいつの笑い声がずっと聞こえてくるのが実に癪に障る。

 結局、それは地下五階に降りるまで続いていた。

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