第八話:侍と暗殺者

 旧き神の声を背に、地下五階まで降りて来た。

 敵の強さはここから段違いに強くなるのだが、一人でここをどうやって潜り抜けるかを考えあぐねていた。

 個々の敵はどんな奴であれ、今の俺なら倒す事は出来る。

 問題は数だ。

 地下五階は階層そのものが広いだけに多くの魔物がより集まって襲い掛かって来る。

 五体までなら何とか片付けられるが、これが十体、二十体以上ともなると流石に押し切られてしまう。

 それも巨人系ならまだマシで、広範囲にブレスを吐いてくる腐竜ドラゴンゾンビや強力な呪文を使ってくる高位魔術師ハイウィザード古く高貴な死体リッチなどが出てきたら手が付けられない。


 ひとまずは大部屋に入って魔物の構成を見て、戦うか判断するしかない。

 三船家の祖である、宗隆殿の鬼神のような強さを俺も持っていればここまで回りくどい真似をしなくても良いと言うのに……全く情けない限りだ。

 

 覚悟を決め、扉を蹴破って打刀を構えると、中に居た魔物は既に事切れていた。

 部屋の魔物は倒された後、しばらくは復活しない。

 魔物の死体も他の魔物が食べているのか、あるいは錬金術師と呼ばれる連中が素材の為に回収しているのか、それとも迷宮の糧として消えているのかはわからないがいつの間にか消えている。

 迷宮を専門に研究する奴らはサルヴィの城で議論を交わしているだろうが、生憎俺はその辺りの事は興味が無い。

 復讐のために迷宮の奥へと踏み込むだけだ。


 ともあれ、誰かが倒してくれたと言うのなら手間が省けた。

 今は少しの体力も消耗したくない。

 部屋に散らばった魔物の死骸は、見事な一撃と容赦のない魔法によって焦がされ、あるいは氷漬けになった肉体が砕け散って葬られているものばかりだった。

 崩れ落ちた巨人や、迷宮に潜んで長い元冒険者たち、あるいは遺灰となった不死者。

 どれもが地下五階における相当な実力を持った敵だ。

 それらを難なく倒しているのだから、間違いなく手練れだ。

 地下五階まで潜り込めたのは俺とゼフ以外には、両手で数えられるくらいしかいない。

 その中にはあの二人も含まれている。

 

 少し気になる事として、二人の口振りでは暗殺教団の連中は地下六階までは確実に足を踏み入れているように思えた。でなければ六階の敵が怖いだのという文言は出ない筈だ。

 暗殺教団は迷宮についてどこまで情報を持っているのか。

 冒険者としてはその辺りの情報も吐かせたいところだ。


 間もなく地下六階の階段に迫る。

 その時、誰かの話し声が聞こえた。

 俺は曲がり角に身を潜め、聞き耳を立てる。

 

「クソったれ。確かにあいつは一度迷宮から出ている、どうやってかは知らないが」

「地下五階から六階に落ちたんだから、間違いなく怪我はしているはずよ。ただ、とても運が良かったのか足を折っては居なかった、と考えるべきね」


 間違いない。ディーンとアンナだ。

 少しだけ顔を覗かせ、二人の様子を確認する。


「地下六階のタチの悪い悪霊どもの中をすり抜けてか? 考えづらいな。とはいえ、もう一週間は過ぎちまってる。迷宮を出てるなら、体を万全に治しているだろうな」

「全く、上の連中も見積もりが甘いわね」

「ああ。俺たちもあいつの事を甘く見ていた。あの時の槍を持ったサムライ、後で調べてみたら、今までに一度だけ出たことがあるが、その時は暗殺者の集団で掛かっても倒せないばかりか、全滅したらしい」


 ディーンは壁にもたれかかるようにして体を預けた。


「嘘でしょ? そんな奴まで倒せるなんて……」

「もし遭遇したら、全力で戦わなければこっちがやられるぜ」

「でもさ、あいつ、迷宮から脱出出来たんでしょ? ならわざわざ危険な所に来るわけないじゃない。ましてや私たちが暗殺者ってバレたんだし」

「甘いな。他のサムライを名乗る奴らはいざ知らず、ミフネはそう言う男じゃない。必ず俺たちを探し出して、殺しに来るはずだ。それくらい奴は執念深いし、誇り高い」


 ディーンはアンナを睨みつけ、武器の手入れをする。

 俺と一緒に居た時の戦棍メイスではなく、短刀に何かを塗り付けている。

 おおかた毒の一種で間違いないだろうな。

 アンナもカギ爪を取り出して、同じく手入れをしている。

 その顔色までは読み取れないが、深刻になっているのは間違いない。


 今が好機とみるべきか。油断なく警戒はしているが、遠間であるために俺の気配にまでは気づいていないようだ。

 俺は気配を出来る限り殺し、ランタンの灯りを消した。

 暗殺者は暗闇の中でも見えるように訓練されているが、それでも自分の存在を示すものは出来る限り消した方が良い。


 暗がりの中から確実にじりじりと近づいていく。

 気配を悟られるかどうか、ほんのわずか一歩でも踏み込めば気づくだろうと言う距離で俺は野太刀を抜いた。

 鞘を走る刀の音すら、今は煩わしい。


 丹田を意識し、呼吸を整える。

 体を流れる力を、霊気を感ずる。産毛が逆立つのがわかるほどに。

 野太刀に霊気が宿り、我が両手と同じようにまで感じるようになる。

 正眼にまず構え、一呼吸。

 そして大上段に構え、念ずる。

 目の前の敵を打ち倒さんと。


「……!」


 その時、ディーンがこちらを振り向いた。

 気づかれたか。

 だが振り抜く。


「溌!」


 空気を切り裂くように振り下ろすと、見えない圧が二人へ向かって襲い掛かる。

 流石に気配察知に優れた暗殺者の二人は、殺気に気づいて体を翻して避けていた。

 見えずとも攻撃に込められた殺意そのものを感ずれば、見えるのだ。

 二人の間を通り抜けた衝撃は壁にめり込み、石が破砕して飛び散った。


「どうやらお待ちかねの相手が来たようだ」


 ディーンは短刀を前に構える。

 アンナはカギ爪を両手に装着し、拳闘士のように構えた。

 二人ともこの得物の方が馴染んでると言わんばかりに薄ら笑いを浮かべた。

 俺は野太刀を仕舞い、打刀を抜いた。

 野太刀は一撃は重いが刀身が長く厚く、重いので振り回しづらい。打刀はその分軽く、刀身も短い。

 身軽な二人を相手にするならこちらの方が良いだろう。


「どうやって迷宮から抜け出したかは知らないけど、わざわざやってくるとはご苦労さん」

「お主たちはどこまで迷宮の事を知っている?」

「どこまで知っていると言われて教える奴が居るかよ、と言いたい所だがどうせお前はここで死ぬ。だから教えてやろう」


 ディーンが続ける。


「地下六階の半分くらいはどうにか探索して埋めた。事実上、迷宮の事を一番知っているのは俺たち暗殺教団という事になるな」

「大した事無いな」

「なんだと?」

「俺は地下六階をほぼ全て踏破している。地下五階から落とされた後にな。お前たちは地下六階に住んでいる奇妙な老人に出会った事は無いのか?」

「そんな頭のいかれた爺なんぞ、会った事もない。それよりも踏破したと言うのなら勿論地図には描いてあるんだろう、お前の事だからな。その地図を奪わせてもらう!」


 ディーンとアンナは、ほぼ同時に襲い掛かって来た。

 まずディーンが俺の前に陣取り、短剣を振るう。

 右逆手に持って横薙ぎからの斬り上げ。

 速い。目にも止まらぬ早業とはこのことだ。

 上半身を後ろに反らし、すんでのところで躱すと背後に忍び寄っていたアンナのカギ爪が襲い掛かる。

 

「しゃっ!」


 アンナは振りかぶって殴りつけるような形でカギ爪を振るう。

 拳を振るう速度で、しかしそれよりも長い間合いでの攻撃は刀を差し込む間を与えてくれない。

 前かと思えば後ろ、後ろに気を取られていれば前から。

 前後からの挟み撃ち。

 ディーンの短刀が青色の液体でぬらりと輝いている。

 暗殺者の常套手段の毒か。

 どのような毒かは知らないが、体に一滴でも入ればやがて死に至るほどの猛毒であることは間違いないだろう。


「どうした、サムライはこの程度か」


 調子づいたディーンが、喉元めがけて突きを放ってくる。

 俺は左腕の篭手で刃ではなく、ディーンの腕を払いのけて右腕のみで打刀を振るうが、素早い一足飛びで距離を取られた。

 背後からアンナが忍び寄ってカギ爪の一撃を見舞ってくるが、背後蹴りを繰り出してアンナの鳩尾に叩き込んだ。


「ぐぶっ」


 深く突き刺さったようで、アンナは三歩下がってうずくまる。

 少しの間は動けないだろう。

 しかし、身軽な奴を相手にするのはどうも調子が狂う。

 戦士や侍ならば一撃を受けて、その後に攻撃に入ると言った調子で攻防のやり取りをするのだが、暗殺者はそう言った呼吸での戦いはしてこない。

 一撃で勝負を決めようとし、決まらなければ間を空ける。

 かと思えば、一呼吸で何度も連撃を掛けてくる。

 毒を塗られているので何処を傷つけられても不味い。

 その上、この二人のように息が合う連撃で畳みかけてくるのも厄介だ。


 不意に、ディーンが距離を一足飛びに詰めて来た。

 今までのような、どこかを傷つけられれば良いと言うような攻撃ではなく、急所の喉元を正確に狙いに来た突き。

 打刀で防ぐも、握りが緩かったせいか刀を取り落としてしまう。


「ちっ!」


 仕方なく、背負っていた野太刀を即座に抜く。

 重い武器でこの二人を相手にするのは分が悪い。

 一撃で決める。

 まだ動けないアンナを後目に、呼吸を何とか整えて霊気を野太刀に巡らせる。


「むっ」


 多少の違和感を抱いたか、ディーンも俺の様子を伺うように距離を取る。

 明らかに攻めあぐねている。一対一では分が悪いと感じたか。

 俺もすぐさま攻撃に転じたいところだが、まだ霊気の巡りが遅い。

 アンナが回復する前に仕掛けたいところだが、果たして。

 しかし、来ないのか。短剣を顔の前に構えて一体何を待っている。


「……天雷ライトニング!」

「!」


 ディーンは突如、呪文を唱えた。

 頭上に雷雲が立ち昇り、光が発されると同時に轟音が迷宮内に鳴り響く。

 間一髪で俺は前に踏み込んで落雷を躱す。

 天雷ライトニングを躱すとは思っていなかったのか、ディーンの顔が苦虫を噛んだように歪んだ。

 口元を短剣で隠していたのは呪文詠唱を悟られないようにするためか。

 これで、否応なしに接近戦の距離になる。

 短剣はあと二歩踏み込まねば届かない。俺の野太刀はもう届く。


「憤!」


 ようやく霊気が完全に巡った。

 腰を捻り、下段から上段へ俺は野太刀を鋭く、鋭く振り抜いた。

 先ほどの遠当てが頭に残っていたのか、ディーンは斬った軌道上の空間から逃れようと跳んで壁際に逃げる。

 しかし通路一帯の空間が、荒々しい何かが通り過ぎたかのようにズタズタに切り裂かれる。空間上に居た者は逃れる術はなく、故にディーンも全身に刀傷を受けた。


「奥義、二の太刀、虚空牙」


 ある程度の範囲内なら全てを切り裂く真空の刃を発生させる奥義だ。

 使う為には遠当てよりも霊気の溜めを必要とするが、アンナがうずくまりディーンが攻めあぐねていた為に使う事が出来た。

 ディーンはぴくりとも動かない。壁に背を預けたままだ。

 

「よくもディーンを!」


 アンナがようやく回復してカギ爪を振るってくるが、もう遅い。

 野太刀を横薙ぎし、カギ爪ごと腕を払う。

 

「あああっ!!」


 両腕を切り落とされたアンナは、血を噴き上げながら倒れた。

 苦痛に苛まれ、玉のような汗を額に浮かべる。

 俺はアンナを見下ろし、刀の切っ先を喉元に向ける。


「言え。暗殺教団とはどういう組織なんだ。何故俺を付け狙った」

「……アンタがうちの商売を邪魔したからさ」

「俺は死体を回収していただけだ。教団の邪魔をした覚えは無い」

「その中に教団が仕事で殺した相手が含まれていたのよ。蘇った相手が、いつ私たちに復讐するかわからない。せっかく迷宮内での死亡事故に見せかけたのに、全部台無しよ。わかる? アンタは邪魔なの」


 なるほど、そういう理屈ならば狙われても仕方ない。

 そのままむざむざと殺されるつもりも無いがな。


「なるほど、これからは教団に話を通すとしよう、と思ってももう遅いんだろうな」

「その通り。教団の追手を殺したとなれば、教団も目の色を変えてアンタを付け狙うでしょうね」


 そう言うと、アンナは笑って歯を噛み締めた。

 直後、彼女は白目を剥いて絶命した。

 口を開くと、奥歯に仕込んであった毒を使ったようだ。

 身の安全を図るために治安維持部隊にでも突き出そうかと思ったが、その目論見も潰えたか。わざわざ二人を復活させるのも割りに合わない。

 そして暗殺者である以上、任務に失敗し捕まったとなれば暗殺教団の秘密が漏れる可能性もある。となれば、秘密を守る為に自殺も指示されていたのだろう。

 

「気に入らぬな」


 暗殺教団が俺の人生のこれから先の障害になる事は間違いない。

 どうにか対策を講じておかねば。


「さて」


 ひとまず、俺はこの二人の亡骸を通路の隅に寄せて埋めてやった。

 いくら命を狙われたとはいえ、死んだ以上はただの仏だ。

 今はこれしか出来ないが機を見て墓くらいは作ってやりたい。


 埋葬した後、ゼフが死んだ部屋に向かう。

 ゼフの亡骸はまだ魔物に喰われていなかった。

 丁寧に埋葬した事もあるが、魔物避けが役に立った。

 ディーンもアンナもあれだけの魔法を使いこなせていたのに、暗殺者という稼業を選んだのは何故なのか。

 彼らの事情もあったにせよ、普通の僧侶と魔法使いとして生きて行けば良かっただろうにと思うのは一方的な見方でしかないのだろうか。

 過ぎた事は幾ら考えたとして仕方ない。

 ゼフの亡骸を遺体袋にしまい込み、地上を目指そうとしたところでふと考えた。

 地下六階の老人に頼み、また一階へと転移させてもらえないだろうか。


「うむ、いやしかし待てよ」


 地下六階は悪霊が跋扈する階層。

 俺一人ならいざ知らず、亡骸を抱えて歩いていれば亡霊がゼフの体に入り込み、襲い掛かってくるのは避けられない。

 とはいえ、上がっていくのも手間だ。

 そろそろ地下五階の大部屋の魔物たちも復活しているに違いないし、一人であと数部屋をくぐりぬけるのは単純に辛い。

 

「上が騒がしいから来てみたら、またお主か。にぎやかで悪くは無いがのう」

「ぬおっ!?」


 ぶつぶつと考えていたら、既に老人が俺の背後に立っていた。

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