第一話:依頼者は二人

 太陽はいつも変わらず昇り、同じような朝を迎える。

 俺は馬小屋の敷き藁の上に眠っていた。

 馬小屋の中は当たり前だが、獣の臭いが満ちていて慣れていない者は満足に寝る事もままならない。俺は慣れたので馬のいななきがあろうが深く眠りにつける。

 藁の中から一つの袋を取り出し、口を開ける。

 中には金貨が詰まっている。それも袋一杯に。

 普通ならばこれだけあれば、冒険者ならにやけ面の一つもこぼれる。

 だが俺から出るのはため息だけだ。

 俺が成し遂げたい目的の為には、この袋一杯詰まった金貨があと幾つも必要だ。

 あとどれだけ「仕事」をすればいいのだろう。

 金は日々目減りしていく。日々の暮らし以外にも、「保存」の為にも金は必要だ。

 この街の中央にあるオアシスのように、金も地面から湧き出てこないものか。

 馬がいななく声を聞きながら、俺は敷き藁の上に寝転がって天井を見上げた。


 俺の居た国、日ノ出国ヒノイヅルクニでは人を蘇らせる魔法や儀式など無かった。

 日ノ出国からはるか西方の大陸、この大都サルヴィの人びとが信じる宗教、「イアルダト教」とか言ったか。

 かの教祖は一度死んだ後、またこの世に復活したという逸話がある。

 それを信じてか、あるいは模倣しようとしたのかは知らぬが、人を蘇らせる術法があると言うのだ。

 俺はその儀式を、奇蹟を執り行える高僧を探しにこの国にまでやって来た。

 だが復活を司る儀式や術法はよほどの高僧でなければ行えない。

 この国においてはサルヴィの寺院に居る大僧正しか出来ないと聞く。

 無論、大僧正など連れて帰れるはずもない。

 となれば、砂漠の中から金を探すような話になるが冒険者の中から探し出すしかない。

 

 今はそれどころではない。

 

 とにかく金が必要だった。

 完全に太陽が昇り、いい加減馬小屋で寝るのも飽きが来たので小屋の隣にひいてある水道で顔と落ち込んだ気分を洗い流し、冒険者が集う酒場に向かう。

 酒場は何時でも開いており、また冒険者でにぎわっている。

 酒場の二階には冒険者ギルドなるものもあり、迷宮探索するにはギルドで冒険者として原則、登録する必要がある。まあ名前と職業さえ登録すれば後は基本的に自由だ。

 ギルドから通される依頼をこなしてもいいし、仲間を集めてから迷宮に潜ってもいい。

 中には登録せずに流しの冒険者としてやっている者もいるが、その都市ごとに管理されている迷宮や狩場に入った時にギルドに登録していた方が何かと便宜を図ってもらえる。何より無用な争いを避けられる。

 俺も侍としてギルドに登録している。そう、サムライだ。

 故郷から遥か遠く離れたこの国においても、侍という概念は伝わっているようだ。

 だが遠くなるにつれ、それは酷く歪んだものになっている。

 刀を使い、なんでも一刀両断する戦士。そのように俺は見られている。

 ここで「サムライ」を名乗る者たちもそうだと言っている。

 冗談じゃない。侍とは、武士とはそのような物ではない。

 侍とは役職であり、階級だが同時に生き様でもある。

 侍としての矜持も無しに侍を名乗るとは。

 だが、今はそれを言っても始まらない。

 

 俺は簡単な食事を一階の酒場で取ったあと二階に上がり、ギルドの掲示板に張り出されている依頼を眺めた。

 どうやら今日も空振りのようだ。


 俺が今何をしているかと言うと、死体回収だ。

 と言っても、都市の中で死んでいる者ではない。それらは治安維持部隊あるいは葬儀屋の仕事だ。

 都市の外で死んでいる者は、そもそもが野ざらしで獣に喰われているか、或いは盗賊たちによって荷物を漁られているかで身元がわからないものが多く、回収する意味が無い。

 

 迷宮の中で死亡した冒険者を回収しているのだ。


 冒険者は命知らず、例え迷宮の中で命を落としたとて本望だとうそぶく奴らは多いが、本音は誰だって死にたくないに決まっている。死んで魔物たちに喰われ、迷宮の藻屑となって消えるのは俺だって嫌だ。

 冒険者たちは当たり前だが装備や持ち物、現金を持っている。

 それらがごっそり無くなるよりは少しでも回収出来ればマシってものだろう。

 なにより、懐に余裕があればであるが、寺院で復活の儀式を執り行う事だって可能だ。

 死体回収の相場として、回収した冒険者仲間の人数が持っている全ての金から二割を取る事になっている。

 迷宮の階層が一階深くなるごとに、三割、四割と上がっていく。

 ぼったくりなどとは言わないでほしい。こちらとて命を張って回収しに行くのだ。

 特に階層が深くなればなるほど危険は増していく。

 サルヴィの迷宮は全部で七階層あると言われているが、今までどの冒険者も地下五階までしか踏み込めていない。

 俺達も地下六階まで行けそうだったのだが、惜しくも撤退する羽目になった。

 もし地下六階、七階にまで死体を回収しに行ってほしいと言われたら、依頼した冒険者仲間全員の持っている金を全て要求しても足りないくらいだ。むしろ死体の仲間入りする可能性の方が高い。

 それほど地下六階、七階は魔境だともっぱらの噂だ。


 壁に張り出された依頼はどれもこれも、何らかの素材となる獣を狩る、薬の原料となる植物を採ってくる、あるいは国と国を行き来する行商人の護衛と言ったものばかりだった。

 落胆しかけたが、ギルドに依頼が入っているがまだ掲示板に張り出されていないものもあるかもしれない。

 そう思い直し、一旦酒場で一杯ひっかけてから改めてギルドの人にでも聞いてみようかと思っていた矢先の事だった。


「もし、貴方様は遺体の回収を行っていらっしゃるお侍様ではありませんか」


 背後から声を掛けられた。

 振り返って声の主を確かめると、二人の男女がそこに立っている。

 一人は僧侶の男、もう一人は魔法使いの女。

 

 俺は死体回収をするようになってからそれなりの日にちが経っていた。

 これで顔が売れてしまうのは正直嬉しくはないのだが、仕事が入りやすくなるのは良い事だ。この二人のように直接依頼をしてくる奴もいる。

 直接の依頼は、ギルドからの依頼料の中抜きがないのでより儲けが大きくなる。

 その分、何らかの諍いが起きた時、自分の裁量で何とかするしかない。

 依頼者と自分の力量を比較して争いに負けないと確信したら、直接受けてみてもいいかもしれない。

 今回の依頼者二人は今ざっと見る限りでは、何とかなるだろう。

 僧侶は金属製の胸当てに大振りなメイス、頭部を保護する布の帽子らしきものに両手に金属製の装飾の少ない腕輪をしている。

 魔法使いは頭部に何らかの宝石がはめ込まれた頭飾りをしている以外は、杖と外套と魔法使いらしい装備をしている。

 二人とも地下三階をうろつく冒険者にありがちな装備で、迷宮にようやく慣れて来たと言った所か。

 少なくとも自分の敵ではない。


「そうだが、何か用か」

「立ち話も何ですし、あそこのテーブルにでも座りませんか。じっくりとお話ししたいもので」

「構わぬぞ」


 そうして話を聞くことになった。


 大体の話を聞いた所、彼らは地下五階にて魔物の奇襲に遭い、仲間を一人死なせてしまったという。


「見た所、お主らは地下三階をうろついている冒険者によく見る装備だが何故地下五階などに行ったのだ?」

「行けると思ったんですよ。四階も思ったほどじゃなかったし。でもこの様です」


 よくある慢心だ。

 まだいける、はもう危ない。と言うのは冒険者の標語としてよく上がる言葉だ。

 そうして奥へと踏み込んでいった結果、強い魔物と遭遇して散々な目に遭う。

 四階を踏破したと言っても、隅々までじっくりと探索したわけではないだろう。大方下に降りる階段を見つけてすぐ降りたに違いない。

 大した事は無かったと言っても、厄介な魔物に遭遇していないだけかもしれない。

 まあ四階は、半分くらいしか探索し甲斐のある階層ではないのだが。

 持ち物なども見せてもらったが、大したものは持っていない。

 

 冒険者は臆病なくらいでちょうどいい。

 欲目を出せば即座に死につながる。

 迷宮は悪意で渦巻いている。何も魔物だけが死因ではないのだから。

 時に迷宮には宝箱もあったりするが、それに罠が掛かっていて全滅する事もある。

 冒険者同士の争いでお互いに全滅する事もある。

 それくらい、迷宮内での死は日常茶飯事なのだ。


「事情は分かった。しかし、死んだ仲間が地下五階に居るとなると危険だな」

「わかっています。ですから、私ディーンと魔法使いのアンナも一緒に行きます。貴方様以外にも前衛を務める戦士も既に雇っています」


 前を守る者が一人だけでは後ろの二人を守り切れぬかもしれない、と言おうとした矢先に先手を打っていたか。装備の質に似合わず、用意周到な事だ。なぜこの用心深さを何故冒険で生かせなかったのか、わずかに疑問に思う。

 

「ところで、お侍様の実力を疑うわけではないのですが、どれほど迷宮に潜っていらしたのでしょうか」


 アンナが尋ねてきた。俺の事を聞きつけているのなら知っている筈だが、改めての確認の意味を込めてだろう。


「俺は地下五階の大体の探索は行ってきた。そこまでの魔物であれば、対処は可能だ」

「おお……五階まで潜って来たのですか。それは凄い。五階までの経験者が居るのであれば心強いですね」


 迷宮探索は大体一階は初心者、二階で初級、三階で中級、四階まで自由に踏破できるようになれば上級者と呼ばれている。五階以降ともなれば達人とも言われる。

 それ以外にも、僧侶や魔法使いであれば五段階目の呪文を使いこなせるようになれば上級者とは言われる。呪文は七段階の位があるらしいが、生憎俺は呪文の類は一切使えないので詳しい事はわからない。とはいえ、俺の冒険者仲間だった僧侶と魔法使いは六段階目までの呪文を使いこなせていたので、間違いなく上級の位にあると言えそうだ。

 戦士は明確な基準が無くわかりづらいが、一対一で上級悪魔グレーターデーモン吸血鬼ヴァンパイアなどと渡り合えるようになれば上級者、らしい。

 

「だが地下五階は俺とて下手を打てば危険な事には変わりない。報酬はお主たちの持っている金の六割を頂こう。そうでなければこの依頼は受けぬ」

「はい、それで構いません」


 六割と聞いて渋面を作るかと思ったが、平然と受け答える僧侶のディーン。

 思った以上に資金が潤沢な集団なのだろうか。


「随分と気前が良いんだな。六割ともなれば大金になるが構わんのか」

「そんな、お金なんかよりも仲間の方が大事に決まってるでしょう。貴方だってそうでしょう? 貴方がなぜこのような仕事を始めたのか、私たちにだって事情は行き届いてますよ」

「愚問だったな」


 仲間は大事だ。確かに言える真理の一つである。

 同時に冒険者など替えの利く存在でもある。これもまた真理だ。

 天秤にかけてどちらの選択肢を取るか、それは彼らにしかわからない事だ。

 俺もまた天秤にかけた者の一人だ。


「しかし、回収したとして復活させる金は持ち合わせているのか?」

「それは大丈夫です。ディーンの家は資産家ですし、一人くらいなら何とか捻出できるでしょう。それでも相当の金額が必要でしょうが」


 資産家の息子が冒険者家業か。いい気なものだな。

 思わず額に皺が寄った俺をみてか、アンナは口を手で押さえていた。


「いえ、そのお気持ちはよくわかりますよ。でも私は次男坊です。跡取り息子でも何でもないですからね。だから自由に、好き勝手にやっているわけですが」


 私の話はこれくらいでいいでしょう、とディーンは杯に入っている氷水をあおって立ち上がった。


「明日の早朝、迷宮入口で待ち合せましょう。さっき言った戦士の方もその時に顔合わせしましょう」

「心得た」

 

 二人が店を出る間際、ディーンは振り返って俺に尋ねた。


「ああ、そういえば気に掛かっていた事があったのですが」

「何か?」

「いえ、ちょっと小耳に挟んだ事なのですが。ミフネ様はサムライであると言うのに魔法が使えないと言うのは本当なのですか?」

「依頼人に嘘を言っても仕方ないが、本当だ」

「へえ。珍しいですね。サムライと言えば、刀剣による一撃必殺の攻撃と魔法の両輪によるバランスの取れた戦士だと思っていたのですが」

「そのような戦い方だけで侍と見るのは間違っていると俺は言いたいがね。魔法は確かに扱えないが、その分俺は刀の扱いには自信がある。頼りにしてくれ」

「ええ。勿論頼りにしております」


 そうして俺は二人と別れた。

 寝床にしている馬小屋に戻り、明日に向けて準備を整える。

 装備の点検、持ち込む道具の選定。刀はちょうど鍛冶屋に研ぎに出していたのが今日帰ってくる。

 後で鍛冶屋に寄るとしよう。

 さて、持っていく刀だがどうすべきか。

 地下五階に潜るとなれば、いつも使っている打刀のみでは少々不安がある。

 魔物の打倒自体は打刀でも問題ないが、打刀は耐久力が無い。

 それでも使っている理由は、この西方の国でも打刀は流通しているからだ。

 加えて、大都サルヴィではドワーフなる種族の鍛冶屋も存在している。俺が刀を主に出しているのも彼らの工房だ。

 彼らに刀を見せて同じものを作れるか聞いてみたところ、寸分違わぬ造りで再現してくれた。ドワーフの鍛冶技術には目を見張るものがある。

 その分金は掛かるが、刀は武士の魂である。何物にも代えがたい。

 まあ武士の本当の武器は、長弓なのだがそれは流石に大きすぎて迷宮には持ち込めないのでな。俺は弓も使える、というか武士はこれが使えないと話にならない。

 ただ、俺が故郷から持ち出してきた無銘の野太刀は再現できない、と彼らに言われた。

 似たような見た目の物は作れるが、太刀に込められた不思議な力は唯一無二のものだと。

 だから無くしたりするなよ、と鍛冶屋のドワーフの親父に言われた。

 それでも折れたら直してやるというのだから頼もしい限りだ。

 

 迷った末に、俺は両方持っていくことにした。備えあれば憂いなし、だ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る