物語本編

第一部:狙われた侍

プロローグ:始まりは暗闇の中から


 俺はどこに居るのかすらわからなかった。

 ここはどこだ?  辺りは真っ暗で、およそ自分の周囲しか視界が効かない。

 腰に提げたランタンの灯りはにわかに消えかかっており、慌てて油を追加する。

 灯りがあると無いとでは安心感がまるで違う。ひとまずほっとした。

 周囲は石畳と壁で作られた通路である事は確認した。

 意識がはっきりしてくるにつれ、体中にじわじわと痛みが襲い掛かってくる。

 

 俺は確か、迷宮の中を探索していたはずなのだが……。

 

 ここでハッと気づいた。

 

 装備は無事だろうか。

 慌てて俺は手持ちの装備と道具を確認する。

 刀。腰に提げている打刀と背負っている大振りの刀、野太刀。

 両方ともある。俺にとっては無くてはならない武器だ。良し。

 額のハチガネはどうか。これもある。

 しかし妙に後頭部と背中が痛い。どうして痛いんだ? わからない。

 鎧も多少の傷みはあるものの、使うには問題ない。しかしどこかにこすった様な傷が多くみられる。

 篭手も同様の傷が多く、脛当てに至っては無くしてしまった。

 履物もボロボロで使い物にならない。幸い予備の草履はあるのだが。

 この様子から想像するに、俺は恐らく罠に掛かってしまったと考えられる。

 落とし穴の類だろうか。なぜ俺は落とし穴に落ちたのだろう。


 とはいえ、考えていても始まらない。

 座った姿勢から立ち上がろうと力を入れた瞬間、あばらに鋭い痛みが走った。

 どうやら折れているか。

 一応、無理やりに動こうと思えば動けない事も無いが、脂汗が滲み出てくる。

 これでは魔物との戦いに後れを取ってしまう。

 一旦俺は鎧を脱ぎ、壁に寄りかかってため息を吐いた。

 安静にしていても痛みは治まらない。何本折れているのか考えたくもない。


「仕方ないな……」


 刀とは逆に提げている腰の道具袋から、俺は特製の痛み止めの丸薬を取り出して水と一緒に流し込んだ。

 口の中がやたらと苦いが仕方ない。そうでなければ薬効など期待できぬ。

 これは尋常の間であれば飲んではならぬとされている薬だ。

 つまりは、麻薬。依存性が生じ、薬なしでは生きられなくなり、やがて身を亡ぼす。

 腰に提げているランタンを床に置き、俺は魔法陣を描く。

 休憩を取る時に必ず描くもので、冒険者であればまず最初に習う。描くだけで魔除けの効果を発揮する優れものだ。

 描いた後、ようやく横になった。

 魔法陣を描いただけで疲労が酷い。体がまるで言う事を聞かない。

 

 俺はまだ死ぬわけにはいかぬと言うのに。

 

 暗がりには俺の息遣いしか聞こえない。

 獣のような荒い息遣いはどこまで響き渡っているのだろう。

 魔物たちに気づかれない事を祈るばかりだ。

 じっとしていれば気配はかなり殺せるし、魔法陣の魔除けの効果によって魔物自体、俺を察知するのは難しいはずだ。それでも運が悪ければ遭遇してしまう時もある。

 魔物たちには独自の縄張り意識がある、と聞いた事はある。

 そこからむやみに外に出ないにしても、好奇心に誘われて動く奴はどの種族、どの魔物においても居る。好奇心が旺盛な奴が居ない事を願うしかない。

 

 それにしてもこの階層はやたら暗い。

 俺の目は比較的夜目が利くはずなのだが、それでも石畳三枚分以上は先が見えない。

 ランタンの灯りの助けをもってしてもだ。

 俺はランタンを掲げてみる。灯明のほのかな光は暗闇に吸い込まれて、消えている。

 もしかしたらこの先は「闇の領域ダークゾーン」とされる空間なのかもしれない。

 初めて遭遇する現象だが、どんな灯りや光をもってしても周囲が闇に覆われてしまう空間があるらしい。

 冒険者成りたてのうちにこれがある迷宮に当たらなくて良かった。

 初心冒険者のうちにこの空間に迷い込んだら、混乱し錯乱しているうちに魔物に襲われて迷宮の餌となってしまうだろう。


 体の痛みはまだある。

 薬が効くにはもう少し時を要する。

 ならば安静にし、しばらく休むほかはない。

 ついでに、今までの事を思い出すとしよう。

 そうすれば何故、今ここに俺が居るのかわかる気がする。

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