第31話 錬金術師のレッスン【2】




 日が陰り始めた時間、森の中の少し開けた場所で野営の準備を始めた。

 場所の選び方やたき火の作り方、結界石の設置方法などのレクチャーを受け、メグさんが作る料理を手伝う。

 今日のメニューは醤油ベースのスープと串焼きだそうだ。

 ゴーリーさんとユジーロさんは料理は作れないそうで、ブレッドの相手をしてくれている。


「ボクは作る派だけど、買ってきたもので済ます冒険者が多い。特に一人の場合は警戒もしなければならないから余計に。調理中に襲われる可能性もある。結界石は設置し忘れないように」

「はい」

「よし、あとは煮込むだけだ。その間簡単なポーションの作り方を教えてやる」


 それからメグさんによるポーション講習が始まった。

 それがすごいんだよ。

 一本の薬草でも作るポーションによって使う部位を変えるそう。そうすると効果にかなり差が出るんだと。

 俺がチュートリアルで体験したのは初歩の初歩。メグさんが「ニワカが作ったモノだ」と鼻で笑っちゃうくらいお粗末なものだそうだ。


 ポーションも普通にケガを治すポーションに魔力を回復させるマジックポーションは当たり前。

 飲んだ相手を眠らせる睡眠ポーション、逆に目覚めさせる覚醒ポーション、麻痺ポーションに毒ポーション、変声ポーションなんてのも作れるらしい。

 最早なんでもアリの劇物だ。

 マッドじゃないにしてもサイエンティストであることは確実だな。

 見たことも聞いたこともない薬草がたくさん出てきて、俺の頭はパンク寸前。


「一回じゃ覚えられる気がしない……」

「まぁ、そうだろうね。あの街の周りではこういった薬草は生えていない。こういうポーションもあるんだと記憶に留めておいてくれればいい」

「わかりました」

「錬金術はなにもポーションだけじゃない。傷薬や魔道具の制作もそうだ。制作の面で応用が利くから一番使い勝手がいい」


 メグさんは喋りながらも、終始手は動かし続けていて無駄がない。俺には決してマネできない芸当だ。


「さてもう煮えただろう。そろそろ食べよう。ゴリラの腹の虫が鳴らないうちに」

「やっとか!」

『キュー!』


 メグさんの声にゴーリーさんとブレッドが食いつき、俺とメグさんは肩をすくめあった。

 スープは食べやすく、串焼きもシンプルな味付け。一日動き回った体に染み込む素朴な美味さだった。


 食べ終わった俺は満点の星空の下、寝袋にくるまった。

 ブレッドはゴーリーさん達にめいっぱい構われたからか、朝の機嫌の悪さが嘘のように機嫌が直っていた。

 そんなブレッドを撫でつつ、メグさんの話に耳を傾ける。

 考察が好きだと言っていた通り、メグさんの話は尽きない。

 途中、ゴーリーさんが「今日もやたら喋るな」と呆れたようにつぶやいていた。



 ブレッドをなでながら寝落ちしていた俺は、夜中を過ぎた時間にユサユサと揺すられて意識が浮上した。


「ほら、起きろ」

「んん……メグさん? どう、したんですか? トイレ? 怖いんですか?」

「そんなわけあるか。出発するぞ」

「はい? こんな時間にですか?」

「こんな時間だからだ。ほら、さっさと起きる!」

「ふぁい」


 俺が動き始めたのを見たメグさんは、ゴーリーさんの方への歩いていき……ゴーリーさんに水をかけた。

 ビシャッとかけられて飛び起きたゴーリーさんに、悪びれる様子もなく「さっさと起きろ」と冷たく言い放ちやがりましたよ。

 揺すられた俺は優しい起こし方だったんだな……


 起きて準備した俺は促されるまま暗闇に包まれた森の中を移動する。

 森が暗すぎて目を凝らしてもよく見えない。木にぶつかりかけ、何回も石や草に躓いた俺は「しょうがないな」と言うメグさんに手を引かれることになった。

 しばらく歩いているのに昼間はチョコチョコと遭遇した魔物とも出くわさない。そもそも気配が全然しない。世界に取り残された気分になってくる。


 さらに歩き続けていると、なにやら異質な気配を察知した。

 んん? なんかデカい気配が……

 キョロキョロと辺りを見回しても何もない。暗くて見えないは見えないんだが、。違う、ここじゃない。気配はするのにことがわかる。


「もう少しだ」


 俺の落ち着きのなさに気が付いたのか、メグさんが小声で話しかけてきた。


「着いた」


 そう言って止まった場所は、森の中にある大きく開けた場所だった。

 その真ん中にぶっとい巨木が立っている。


「上を見てみろ」


 メグさんに促されて視線を上に向けていく。

 なにもない状態が続いて首が痛くなってきた。

 ほぼ真上まで顔を上げて、ようやく木のてっぺんに何か白っぽい塊があることがわかった。

 その塊はモコモコと動き、羽を広げた。

(でけぇ……鳥?)


――ピィィィィィィ…………!


 恐ろしくデカいその鳥は超音波のような音を発しながら飛び立った。

 その鳥から抜けた羽が何枚か雪のように舞い落ちる。その羽は地面に着く前に溶けるように消えてしまう。

 俺はあんぐりと口を開けたまま、圧倒されて声も出せずにそれを眺めていた。

 美しい……たった数秒ではあったが、そう思うには充分な光景だった。


「これを見せたかったんだ」

「あれ……鳥、ですよね?」

「たぶん、おそらく。あれはね、わかっていないんだ。神の鳥とも始祖鳥とも不死鳥フェニックスとも呼ばれている。たまにしか現れず、近付けない。遠すぎて鑑定もかけられない。見られるかどうかは賭けだったが……ルディとなら見られるんじゃないかと思った」

「あれが何者かはわからないが、見られたらラッキー、運気が上がると言われている。オレも以前来たことがあるが、見たのは今回が初めてだ。あんなに優雅で美しいとは思わなかった」


 メグさんの説明を引き継いだユジーロさんは、あの光景の余韻が残ったように静かに語った。

 が現れる前兆として、夜中に魔物の気配がなくなると言われているのもその一因らしい。

 メグさん曰く、「世界は謎に満ちている。少し足を伸ばしただけで面白いものはザラにある」とのこと。

 んん? 言い方に何か引っかかりを覚える。


「あの……俺、別にあの街に固執してないですよ?」

「え? ……そうなのか?」

「えぇ。もう少し滞在したら出るつもりです。目的もありますし」

「へぇ……目的ね。なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに。てっきりあの街にずっといるつもりなのかと」

「すみません」

「いや、面白くなりそうだ。ボクがいる街やゴーリー達が居座っている街にも来るのか?」

「はい。時間はかかるかもしれませんけど、冒険者は続けるつもりですので」

「そうか……なら、いい。今日は朝まで魔物は出ないだろうから、ここでもうひと眠りしよう」


 なぜ誤解されていたのかはわからないが、とりあえず誤解が解けてよかった。

 現実に戻ったらなかなかインできないかもしれないが、せっかく買ったんだ、やり込めないにしても一通りはこの世界を見て回りたい。


 さっきの不思議な鳥も見られたことだし、わりと早くプレイヤーが見つかるかもしれない。

 の安否、会社での状況、親や弟など気になることは多い。

 希望が見えてきたと幸せな気持ちで眠りについた。


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