第29話 閑話:噂と考察



 ルディを宿の近くへと送ったゴーリーとユジーロは再びメグのお店に戻ってきた。


「おかえり。飲むだろ?」

「あぁ、もらう」


 掘りごたつに座った三人はカンパイもせずにそれぞれビールに口を付ける。

 一口飲んだメグが二人に話題を振った。


「あの噂は本当だったな。ヒョロっとした男の子がギルドで訓練してるなんて眉唾ものだと思ってたんだけどな」

「オレらもそう思ってぜ」

「あの訓練はどうすれば受けられるのか……」

「ん? メグルは受けたいのか?」

「そんなわけないだろ」


 メグに向かってゴーリーはメグルと呼んだが、メグは当たり前のように違う名前を受け入れている。


「ああなる発動条件がわからないんだ。前にも受けたプレイヤーがいるという話は聞いたけど、ボクはそんな話にもならなかった」

「そりゃオレらだってそうだ」

「いや、ゴリと裕次郎の見た目で訓練は必要ないだろ」


 メグはユジーロを裕次郎と呼びながら呆れた目を向けた。


「それに彼の身の上話には矛盾点がある」

「矛盾点?」

「あぁ、彼にはがないんだ。三日前だったか? 彼は街を出たと言っていた。だが彼はこの街の出身ではないだろう」

「んあ? なんでそんなことがわかんだ?」

「宿に泊まっていると言っていただろう。生まれ育った街なら家があるハズだ。そこから通った方が経済的だろう。それに彼はこの街にも詳しくなかった。実際、『ギルドで特訓していたからよくわからない』と言っていた。仮に近くの村出身ならとは言わないだろう。とすると、この街にポンと現れたNPCとなる。ボクたちプレイヤーみたいにな」

「よくわかんねぇが、本人に聞けばいいんじゃねぇか?」


 親切丁寧に説明したのに理解しないゴーリーにメグはジト目を送る。


「はぁ……相変わらずだな……ボクが思うに、彼はなにかのキーマンなんだと思う。それはストーリーかクエストかはわからないけど。あれだけ人間臭いNPCだ。なにかあるに違いない。だから、この先のことを考えて、変にをつつくべきではない」

「なにか? 充分あっただろ。化けの皮剥がれたじゃねぇか」

「それは……! 驚いたからだ。まさか噂のNPCがあそこまで考えるとは思わなかったんだよ。大体どうやって知り合ったんだ?」

「ん? 酒場だ! 話振られて一緒に飲んだ」

「はぁ……裕次郎訳してくれ」


 ゴーリーの完結すぎる説明にため息をついたメグはずっと黙っていたユジーロに話題を振った。


「キールだよ。あいつ面白いNPCがいるって噂聞いて即行ギルドでバイトし始めただろ? んで、オレらはオレらで【浮き袋】のために来たんだが、それを知ったキールから見かけたって連絡が来たんだよ。だから、すでに素材のために移動してたが引き返して酒場で張ってた。そうしたら夕方前、ギルマスとあいつがちょうど酒場に来てな。後ろで聞き耳を立ててたときにキールがオレたちを呼んだんだ」

「なるほど。ラッキーだったな」

「あぁ。それで昨日のうちにフレンド申請しておいたが、いつの間にか承認されていた」

「今日行動してたのは?」

「それは朝偶然ギルドで会ったんだ。そしたら……そうだ! 緊急クエストが出てきたんだ!」

「は?」


 思い出したユジーロが興奮して声を大きくしていく。

 そんなユジーロにメグは意味がわからないと片眉をあげた。


「〝レベルアップのお手伝い。初心者NPCとPTを組んであげましょう〟って書いてあったハズだ。報酬は中級ポーション三つ。正直報酬には惹かれなかったが、低レベル者と組むとレアドロが上がるのに期待した。結果はビンゴ。あんなに出ないって言われていた【浮き袋】が三つもドロップした」

「へぇー、そんなクエストが出たなんて初めて聞いたな。この前のメンテで変わったのか……小さなアプデがされたのか……これは情報を集めた方がよさそうだ。ドロップ率はそんなに変わるもんなのか?」

「いや、前にも別なNPCと組んだことがあるが、ここまで顕著に出たことはない。誤差レベルだった」


 ユジーロの答えを聞いたメグは口角を上げる。


「へぇー、やっぱり面白いね。彼がキーマンなのは確実そうだ。ボンバンダを仲間にしたことといい、彼の運がいいんだろう。今日いきなり連絡がきたときは驚いたけど、奮発したかいがあった」

「エーゴワギューか」

「そう。ボクに感謝してくれ。あれ、全部買えば軽く二百万はするんだからな」

「ちゃんと払っただろ」

「半額な。別に返してもいいよ」

「いや、ご馳走するって話だったからいい。メグルに連絡した時点で、そこそこの金額は想定済みだ。金は稼げばいい。まぁ、わざわざそんな食材使わなくてもよかった気がするが……」

「先行投資だよ。美味いメシに惹かれて、連絡しても拒否されなそうだろ?」


 メグがニヤリと笑いかけてくるのを見た二人は「美味い、美味い」とがっついていたルディを思い出す。


「ハハッ。そうだな。どうせ明日も会うんだ。腹いっぱい食わせてやってくれ。オレたちは作れないからな」

「うん。NPCの好感度がゲージで見られるようにしてくれたら楽なんだけど」

「それは運営に要望出すしかないだろ」

「あ! 要望って言えばさ!」


 先ほどまでとは打って変わって興奮し始めたメグにゴーリーとユジーロは顔を見合わせた。

 こうなるとメグの話は長い。しかも内容はメグに貢いでいる男の愚痴だ。

 ゴーリーやユジーロはサービス開始当初に何回もPTを組んだため知っているが、女らしくしておけば貢いでくる男に味をしめたメグは俗に言う姫プレイをして面倒な魔物や大変な場所にあるアイテムを貢がせている。


 ゴーリーとユジーロは普段便利な道具や魔道具を融通してもらっている手前、これに耐えなければならない。聞かなければ次に道具を作ってもらえないからだ。


 長い夜になることを悟ったゴーリーとユジーロは再び目配せし合い、こっそりとため息を吐いた。



☆ ◇ ☆


――時は少し遡る。


 ルディと繋がりを持ったキール、ゴーリー、ユジーロを絶対神ことマザーコンピュータは監視していた。

 ルディは以前にもプレイヤーと話すことはあったが、ここまで一緒に行動したことがなかったからだ。


 SNSやネット上の掲示板などでルディが噂になっていたことは知っている。

 大体は「なぜか始まりの街のギルドの地下に、特訓させられているNPCが現れた」といった内容のものだった。

 だがそれに対し「いつ行っても俺のサーバーにはいない」「固定サーバーのみに現れるNPC?」という話も出てきた。


 面白いと考えたマザーコンピュータは、ルディを成人済みのサーバー限定でランダムに配置することにしたのだ。

 その作業は決まって夜中、ルディが寝ているとき。

 目覚めたルディは気付かない。

 そのおかげで目撃者は増えた。

 ルディに対しての問い合わせのメールは運営にバレないように消去しているため、プレイヤー側は未だ憶測の域を出ていない。



 メグの考察を聞き、矛盾点に気が付く者が現れたかと感心したのもつかの間――キーマン発言に驚かされた。

 まさかそっちに考えがいくとは思っていなかったのだ。


「それならそうしてやろう。本当に人間とは面妖よな」


 その呟きは誰にも聞かれることはない。

 マザーコンピュータは運営にバレないようにシステムを書き換えていく。

 これでルディ以外のNPCでもランダムで対NPCクエストが発生するようになってしまった。


 愚痴へと突入した会話が再びルディの話に戻らないとも限らず、を切れなかったマザーコンピュータは、彼らの行動を最後まで見守っていた。


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