第28話 ゴリラとグリズリー【2】




 沼から移動して森の入り口に戻って来た俺たちは、木の根元に座ってランチタイム。

 ゴーリーさんとユジーロさんはカツ丼と親子丼。俺は言わずもがなトーマスさん手作りの弁当だ。

 今日は米に唐揚げにウィンナーなどが入った、ザ・弁当だった。

 ブレッドの方はサンドイッチと唐揚げ。ブレッド用に食べやすいものにしてくれたらしい。


 ニオイで起きたブレッドに呆れつつ、弁当の前に下ろしてやる。

 タイショーとテディは食べないらしい。

 本来従魔は契約者の魔力で生きるため、食事はいらないそうだ。

 そんなこと書いてあったっけ? ご飯が必要とも書いてなかった気がするから、従魔にご飯を与えるという頭がないのかもしない。


「ブレッドめっちゃ食うんですけど……初対面のときにサンドイッチを二つも食われましたよ」

「ガハハ! そりゃきっと味をしめちまったんだろうな」

『キュキュ~♪』


 タイミングよくブレッドが鳴き、俺達は揃って吹き出した。


「そういえば、お二人の目当てのドロップ品は出たんですか?」

「おう! さっき確認したらちゃんと出てたぜ【マレリザードの浮き袋】。これでダンジョンに入れるってもんだ」

「おぉ! それはよかったです」

「ルディに二つドロップしているハズなんだが、一つ売ってくれないか?」

「いやいや、差し上げますよ。……はい、どうぞ」


 取り出した【マレリザードの浮き袋】はクルミのような見た目だった。

 ただ触感は柔らかく、弾力がありそう。出してからグロい内臓じゃなくてよかったと気付いた。


「それはかなりいい値がつく」

「連れて来てもらいましたし、タイショーとテディが守ってくれなかったらられてたので気にしないでください」

「そうは言ってもな……ドロップしたのはおそらくルディのおかげだろう。さすがにタダでもらうのは気が引ける」

「あ! それなら昨日言ってたご飯処でご馳走してもらえると嬉しいです。この通り、ブレッドがよく食べるので」

『キュ?』


 俺の弁当の玉子焼きに手を伸ばしていたブレッドを指さすと、ユジーロさんが吹き出した。


「じゃあ遠慮なくもらおう。一つで充分だ。それはルディが持ってろ」

「んじゃ街に戻ったら早速行くか!」


 ゆっくりと弁当を食べ、腹ごなしに薬草を採取。

 ゴーリーさん曰く、この辺はあまり人が来ないため、数は少ないがいい薬草が生えているそう。

 実際、一昨日採取した薬草より大きく成長しているものが多かった。



 再びテディに乗せてもらい、街へと運んでもらう。

 行きでコツを掴んでいたおかげで、帰りはさほど疲れなかった。


 二時間ほどで到着した俺達は一度解散。二時間後に集合することになった。

 パーティは組んだままだから、どこにいるかはマップ上でわかる。



 俺は一度宿に顔を出し、夕食不要の旨を伝え、神殿へ。

 今日はドミニクさんがいたのでブレッドを紹介。

 ドミニクさんにあの笹のことを聞いたら、やっぱりあれはもらって正解だったらしい。

 ドミニクさん曰く、日頃の献上品へのお礼でしょうとのことだった。

 NPCフレンドの話をしたら、「ぜひわたくしとも!」と言われ、自動的にドミニクさんもフレンド登録された。

 登録するにはお互い気心がしれて友人と呼べるほど仲よくなっているか、お互いが打算的でも繋がりを持ちたい場合など、本人が納得しているかどうかが鍵らしい。どちらか一方通行だとできないそうだ。



 時間まで神殿にお邪魔した俺はテンション高く集合場所であるギルド前に到着。

 ほどなくしてやって来た二人に「どんだけ楽しみなんだよ」と笑われた。

 そんなにわかりやすかったんだろうか?


 ゴーリーさんとユジーロさんはギルドからほど近い裏道へ入り、クネクネと小路を曲がっていく。遅れないように付いていけてはいるが、次回一人で来られる気がしない。

 「ここだ」と止まった先は一軒の小さな家。とてもご飯処には見えなかった。

 ゴーリーさんがドアを開けるとカランコローンとドアベルが鳴った。


「邪魔するぜ」

「いらっしゃ……ってなんだ、ゴリラじゃん」

「ゴリラ言うな」


 魔女っ子スタイルの女の子にすかさずツッコんだゴーリーさんが「こんなナリしてるが店主だ」と紹介してくれた。

 店の中は入ってすぐにカウンターがあり、テーブル席は一段上がる掘りごたつのよう。なぜか床の一部がなくて、横からが丸見えだ。

 座らされて気が付いたが、この横の穴はブーツのまま座れるように開けられていたらしい。便利だな。


「隠れ居酒屋【夢見の森】の店長、メグだよっ♪ よろしくねっ」

「ル、ルディです。よろしくお願いします……」


 さっきまでやる気なさそうだったのに、語尾にハートマークでも付いてそうな自己紹介をしてくる魔女っ子店主に顔が引き攣る。

 痛いネカマみたいな人だな……でもNPCなんだよな……


「引かれてんじゃねぇか」

「ええ~!? そんなことないよねっ?」

「そ、そうですね……」

「今日はメシ食いに来たんだよ」

「何食べるのー?」

「お礼だから好きなもん食わせるつもりだ。メニューくれ」

「はいは~い♪ 今日のオススメはこれ。薄切り肉を出汁でさっと茹でて、さっぱりしたつけ汁にくぐらせて食べるの。美味しいよ~」


 それは完全にしゃぶしゃぶだな!? しゃぶしゃぶなんかあんの!?


「そ、そんな料理があるんですね……」

「あ、これはねぇ、この街にはないけど他の街ではあるところもあるんだよ。冒険者の人が考えたんだって。他にもねぇ、特殊な道具で網焼きにした肉にタレとかレモン汁を付けて食べる料理もあるよ」


 マジか! それ焼肉じゃね!? 考えた人物って絶対プレイヤーだろ!? その人とお近づきになりたい! ログアウトできるかもしれない!

 マークがないからNPCだとは思うが、念の為、念の為に聞かなければ。


「メ、メグさんが考えたんじゃないんですか?」

「違う違う。レシピがわかったからマネしてるだけ~。でも、使われている材料はメグが手に入れたやつだよ」

「メグはこう見えてBランク冒険者だ」

「えへへ♪ そうなのー♪」

「Bランクなんてすごいですね」

「ありがとう~! いい子いい子してあげる~」


 言いながら、座っている俺の頭をワシワシと撫でてくる。


「ど、どうも」

「ルディもすげぇぞ。あのボンバンダと契約してる。しかも【マレリザード】を魔法で仕留めたんだぜ! すげぇだろ?」

「ええぇぇ!? ホントに!? 見せて、見せて!」


 素早く近付いてきたメグさん肩をグイグイ揺らされた。

 ブレッドを掴み、メグさんの顔の目の前に持っていくと、鼓膜が破れるかと思うくらいの叫び声を上げられた。


「キィヤァァァァァァァァァ! ホントだ! すごーい!! なんで!? どうやって契約したの!?」

「うるせぇぞ! ボンバンダも怖がってんじゃねぇか!」


 ゴーリーさんの言う通り、ブレッドはダンゴムシのように丸くなっている。

 気持ちはわかる。キンキンと頭に響く声だ。

 注意されたメグさんは少し冷静になったのか謝ってくれた。

 ブレッドを首元に戻し、そんなメグさんにあのときのことをかいつまんで説明する。


「――と、いうわけです。どうやったと聞かれたら、ハムサンド食われたとしか言いようがないですね」

「……へぇー、なるほど。餌付けということかな? 何回も通って仲間にしたとは聞いたことがあるけど、一回とは……では【マレリザード】を倒したというのは?」


 え……なんかさっきと全然キャラが違うんだが……ネカマの素が出たみたいな。


「えっと……それは……」


 昼にゴーリーさん達にした説明を再びすると、「面白い! 面白いよ!」と手を握られた。


「いいね、いいね! キミ面白いね! ボクと友達になってよ!」

(普通にボクって言ったよ!)

「あれ? ダメなのか? 今日はゴーリーとユジーロに払ってもらうつもりだけど、次も来たらご飯代はタダにしてあげるよ」

「え……いいんですか?」 


 さっきチラっと見たメニューにオムライスとか豚骨ラーメンとか書かれていたのを見た俺の心が揺れる。


「いいよ、いいよ! その代わり、キミの考察を聞かせて欲しいな」

「役に立てるかはわかりませんが、そんなんでよければ」

「よし、今日からキミはボクの友達だ!」


 ガッチリと握手をして満面の笑みで見上げてくるメグさん。


――メグとフレンドになりました。


 お知らせがポップアップで出てきて、こういう登録もあるのかと思ってしまう。

 魔女っ子で、ネカマみたいな裏表があって、ボクっ娘って一人のNPCに設定詰め込みすぎじゃないか?


「さぁ、なにを食べたいんだい? ゴリラ払いだからね、好きなものを頼みたまえ!」

「メグ、今さらな気もするが……口調はいいのか?」


 うん。今さらだな。

 ユジーロさんがツッコむと、ハッとしたあと俺を窺うように見つめてきた。


「どちらでも大丈夫ですよ」

「そ、そうか……なら普通にさせてもらおうかな」

「はい」

「丸く収まったみてぇだし、食おうぜ。腹減ってんだよ。んで、ルディは何食う?」


 値段は書いていないが、オススメというくらいならしゃぶしゃぶが美味いんだろう。【おシャブ】って怪しげな料理名が付けられているが。


「先ほどオススメしてくれたものでもいいですか?」

「今回は特別ってことでオレらもそれにするか」

「だな」

「ありがとうございます」


 全員がしゃぶしゃぶに決まると、メグさんは準備してくるとカウンターの方へ行ってしまった。

 二人と話しながら待っているといい香りが漂ってきた。


「お待たせ!」

「おぉ!」


 運ばれてきたのはザ・しゃぶしゃぶ。

 高級な店で出てくるみたいに真ん中に穴が開いているドーナツ型の鍋。それに透き通った黄金色の出汁が入っている。

 その鍋が置かれているのはカセットコンロ型の魔道具である。

 肉も霜降り牛みたいだし、野菜もたくさん。

 めちゃくちゃ美味そうだ。


「ガハハ! 遠慮しなくていいぞ!」

「ありがとうございます! いただきます!」


 早速箸で肉を挟み、出汁でしゃぶしゃぶ。つけダレに付けてパクリといただく。

(おおおお! ポン酢じゃんかー! マジもんのしゃぶしゃぶだー! めちゃくちゃウマーイ!! まだ見ぬプレイヤーよ、ありがとう!)


「ガハハ! 幸せそうな顔しやがって」

「最高に美味いです!」

「そんな顔でそう言われると悪い気はしないね」

「メグ、素直に喜んでおけ」


 肉も野菜も美味すぎるくらい美味い。ポン酢を付けずにしゃぶしゃぶしただけでも美味い。美味いしか言えない。

 この感動を伝えられる語彙力が欲しい。


『キュキュキュキュ!』

「あ、ごめんごめん。忘れてた」

『キュキュ!』

「ごめんって。今やるから、アゴを叩くな」

「アハハハ! いいよ。ボクが面倒見てあげよう。食べさせればいいんだよね?」

「いいんですか?」

「構わないよ。ほら、おいで。【エーゴワギュー】だよ」

(A5和牛ってことだろうな……さすが日本製……)


 メグさんは俺からブレッドを受け取り、しゃぶしゃぶした肉を冷ましてゆっくり食べさせてやっている。

 これなら任せておいても大丈夫そうだ。

 再び箸を取った俺は欲望のまま箸を進める。美味すぎて止まらないんだよ。

 ガツガツと食い、途中、ミードという蜂蜜酒も出してくれ、満腹満足。遠慮なくがっつかせてもらった。

 ブレッドは腹いっぱいになったのか、俺の首元で寝息を立てている。


「メグさんは料理上手なんですね」

「あぁ、違う違う。ボクは考察が好きなんだ。考えると実験をしたくなる」

「実験、ですか?」

「そう。薬草一つでも買い取り金額が違うだろう? なぜ金額が違うのか、理由は使うものに影響が出るからだ。つまり、いい状態で採取されたものと悪い状態のものでは効果が変わる。それを実験で確かめるのさ。ボクは錬金術をメインでやっている。料理はその副産物なんだよ。似通うところがあるからね」

「なるほど」


 俺もチュートリアルで似たようなこと思ったな。その実験がマトモであることを願おう。ただでさえ詰め込みすぎのキャラ像にマッドサイエンティストが追加されるとは考えたくない。


「使い道のわからないものがあればメグに聞いてみるといい。大抵は知っているし、珍しいものであればギルドより高く買い取ってくれる」

「うん。いつでも連絡してくれて構わない。ボクもいろいろと聞きたいことがあるし」

「それさっきも言ってましたね。俺も難しいことはわからないですよ」

「キミは面白いからいい。少なくともゴーリーとユジーロと話すよりは有意義だ」


 目の前で軽くディスられている二人は肩をすくめるだけ。

 だがいい気分ではないだろう。


「みなさんが倒した魔物や採取で大変だったのってなんですか?」


 俺が話題を振ると三人とも悩んだ後「【ファンタズマの館】!」と声を揃えた。


「ガハハ! メグもか!」

「当たり前だよ! 光魔法じゃないと倒せないとか、夜中じゃないとボスが出ないなんて初見殺しもいいところだ。おかげで死にかけた」

「へぇー、そんなところがあるんですね」


 三人は相当苦労したようで、それぞれ対策して何回もチャレンジすることになったらしい。

 他にもこんなところがあったと話は盛り上がり、三人の話を聞いているだけでも面白い。

 かなり遅い時間までお邪魔してしまった。


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