第26話 ボンバンダ効果【2】
眉を寄せ、顔を顰めたエヴァンさんは、さながら般若のよう。ただでさえ目付きが鋭いのに、怖さが倍増している。
そんなエヴァンさんに応対してくれていた女の子はサァーっと顔色を悪くし、いつの間にか他の職員も数人を残していなくなっていた。その数人もちゃんと席に着いて書類らしきものを広げている。さっきまでこっちをニコニコと覗いてたのに……
「の、納品依頼達成です。ギルドカードをお返しします。こちらが納品の代金になります。あの……頑張ってくださいね」
最後の小声を聞き返す前に、女の子は「次の方どうぞ!」と声を張った。
え……応援されるくらいヤバいの? 俺、何もしてないと思うんだけど……
エヴァンさんを見ると、付いてこいとアゴをしゃくられた。
他の冒険者達もエヴァンさんの顔を見てはギョッとして避けていく。
案内されたのはまさかのギルド内の酒場。しかもカウンターのど真ん中に座らされた。
「なんか頼め」
「えぇ……そんな雑な……せめてメニュー見せてくださいよ……」
「チッ」
雑に渡されたメニューを見れば、飲み物は四種類しかない。ビール、ワイン、オレンジジュース、水(無料)。
その代わりなのか、飲み物と比べて食べ物が多かった。ステーキ、ハンバーグ、ラーメン……おそらく、冒険者が頼むんだろう。
酒場がメインだと思ってたが、食堂の意味合いの方が強いのかもしれない。
ゲーム内の成人年齢は十五歳。リアルでの年齢も、このゲーム内での年齢もクリアしている俺は……そう、お酒が飲めるんだよ。
未成年でもゲーム内で飲めてしまうって思うだろ? ところがどっこい、なんて言ったっけな……セーフティモード? お子様モード? 未成年バージョン? どれも間違っている気がするが……とりあえずそんな感じで、脳波測定時に未成年だった場合は飲ませないようにちゃんとなっているらしい。まぁ、ネットでチラっと見ただけだから定かじゃないが。
「……じゃあ、茹で野菜とフライドポテトとビールで」
「キール、ビールと肉」
キールと呼ばれた男性は「かしこまりました」と一言告げて、奥へ行ってしまった。
他の店員は私服にエプロン姿なのに、あのキールって若い男性だけはギャルソンスタイルだ。
やたらと目立っている気がするが、エヴァンさんはおろか、離れた位置にいる冒険者も気にした様子はない。
(こういう不思議なNPCもいるんだな)
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
『キュッ!? キュキュキュ!』
「はいはい。やるからちょっと待てって」
首元からアピールしてくるブレッドをなだめ、掴んで引っ張り出し、カウンターの上に乗せる。
「ふぅー、ふぅー。ほら、熱いから気を付けろよ?」
『キュッ♪』
フライドポテトを渡し、顔を上げるとキールさんとエヴァンさんが固まっていた。
「あ、乗せるのダメでしたか? すみません。すぐに……」
「い、いえ。他のお客様の邪魔にならなければ大丈夫です。こちらよろしければお使いください」
「わぁ、ありがとうございます」
慌てる俺にそう言って、キールさんは取り皿を渡してくれた。
さすが一人ギャルソン。気が利くな!
早速取り皿にブレッド用の野菜とポテトを移していると、隣りから盛大なため息が聞こえてきた。
「……本当に従魔にしてるとは……」
「え、何かマズかったですか?」
「マズくはねぇが……いや、マズい。非常にマズい」
「どっちなんですか……」
ジト目を送る俺に気が付いたのか、エヴァンさんはビールを煽ってから話始めた。
なんでも、ギルド職員の間で話題になり、自分も触りたいという人が続出しているらしい。
「今日の朝も女共が騒いで、しばらく仕事にならなかった」
それは俺のせいじゃないと思うんだけど……
そう思ったが、余計なことは言わない方がよさそうだ。
いいことを思い付いた俺はブレッドに頼むことにした。
「ブレッド、エヴァンさんがご馳走してくれるんだぞ。ちゃんとお礼言わないとな」
『キュ?』
「おい、オレはおごるなんて一言も……!」
「ほら、ブレッド。お礼も言えないやつは食っちゃダメなんだぞ。はい、エヴァンさんどうぞ」
「う……」
ブレッドをエヴァンさんの方に向かわせると、おっかなびっくり触れていた。
普段のオラオラな姿からは想像できないくらい緊張している。
エヴァンさんのこの姿を見られただけでも、このよくわからない飲みに付き合う価値はありそうだ。
もう一人、ブレッドに夢中の人物にも話しかける。
「キールさんもよければ」
「え……よろしいのですか?」
「大丈夫だと思いますよ。撫でられるのが好きみたいなんで。あ、嫌だったら無理にとは言わないです」
「いえ、せっかくなので僕も……」
緊張はしているようだがエヴァンさんほどではないキールさんは、一度撫でたら大丈夫になったらしい。「フワフワですね」と爽やかな笑顔を見せてくれた。
昨日は食ってる横から料理の催促がきていたが、二人が構っているおかげで自分のペースで食べられる。
あぁ……疲れた体にビールが染み渡る……久しぶりのビールは格別だな。
「……おい、これどうするんだ」
「あ、もういいんですか?」
「あぁ」
もうちょっと構っててくれてもよかったんだが……
エヴァンさんにじゃれついていたブレッドにフライドポテトを渡す。
嬉しそうに鳴いたブレッドは両手で抱えて食べ始めた。
「で、話っていうのは?」
「この従魔のことだ。お前のことだから意図はないだろうが、ボンバンダは女ウケがいい。
「なるほど。気を付けますね」
ちゃんと返事をしたのに疑いの目を向けられた俺は苦笑いするしかない。
昨日と今日であんだけ視線がぶっ刺さったんだ、実感している。NPCの恋愛事情に巻き込まれるのはごめんだ。
「どっちかって言うと、俺は女性より男性の方と仲良くしたいんですけどね」
「は? お前そっち系か?」
「そっち系? ……あ、違いますよ」
「んなら理由は?」
「だって同じ冒険者ならいろいろ情報持っているでしょう? 魔物の倒し方とかコツとか。あとは……こいつが結構食うんで、大盛りで安くて美味いご飯処なんかも教えてもらえるかもしれないじゃないですか。……え、なんで二人とも半笑いなんですか? 俺なんか変なこと言いました?」
「いや……お前はそのままでいてくれ」
「はい?」
エヴァンさんにポンポンと肩を叩かれたが、意味がわからない俺は首を傾げる。
「そうですね……後ろで聞き耳を立てている、そこのゴリラはご飯処に詳しいと思いますよ」
「おいっ、キール! 誰がゴリラだ!」
クスクスと笑いながらキールさんが言うと、後ろから怒りの声が発せられた。
振り返ると、軽鎧を身に着けたボディービルダーみたいなマッチョが立ち上がっていた。
「あちらゴーリーさんとユジーロさん。二人とも、子供も泣きそうなくらい怖い見た目とは裏腹に、根は優しい大男です」
「おい!」
「ゴーリーとユジーロはCランク冒険者だ」
文句を言いかけたゴリラことゴーリーさんは、エヴァンさんが口を挟んだことで黙ってしまった。
ゴーリーさんをゴリラだとすると、ユジーロさんはクマだな。それも凶悪グリズリーみたいな。
二人とも、
「えっと……ルディ・レーンです。Hランクです。よろしくお願いします」
「「よろしく」」
二人を交えて飲むことになり、二人は俺とエヴァンさんを挟むように座った。
カンパイをしたあとの話題はもっぱらブレッドについて。
ゴーリーさんもユジーロさんもデレデレでブレッドを構っている。
ペットを溺愛するおっさんってこういう顔をするんだなってちょっと冷静になった。
二人とも今は違う街で活動しているが、以前この街に滞在していたそう。今回はちょっと用があって戻ってきたらしい。
二人の話は面白く、この辺の魔物事情に詳しかった。
一時間ほど飲み食いし、珍しい魔物が見れたと会計は全部奢ってくれた。
「メシ屋なら任せろ。今度連れてってやる」
「ありがとうございます」
「気ぃつけて帰れよ」
「はい。ごちそうさまでした」
二人はまだ飲むとのことで別れ、俺はエヴァンさんに送られることになった。
断ったんだけど……「俺に付いて来られちゃ困ることでもあるのか?」と睨まれたんだよ。
どうもエヴァンさんには子供扱いされてる気がする。
宿でエヴァンさんと飲んだことを報告したら、トーマスさんが〆の焼きおにぎりと味噌汁を作ってくれた。
エヴァンさんは「オレのも悪いな」なんて言いながら食ってたから、絶対これが狙いだったに違いない。
ダシに使われた気がしなくもないが、知り合いが増えたのはエヴァンさんと飲んだおかげだろう。うん、有意義な一日だった。今日はよく眠れそうだ。
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