第25話 ボンバンダ効果【1】



 眠っていたハズの俺は息苦しさに意識が浮上した。

 何かで顔を覆われている――そう理解したと同時に鼻がムズムズとしてきた。


「へ……へ……ヘックショーイ!」

『キュ!?』


 思いっきりクシャミをしたら、顔を覆っていたものが離れた。

 ブレッドだ。俺の顔面の上で爆睡していたらしい。

 寝ぼけているのかゴシゴシと目をこすり、再び顔を登って来ようとするのを手で掴んで阻止。腹の上に乗せてやると、そのままそこで寝始めた。



「まだ食うの?」

『キュキュ……』

「美味いからって、いくらなんでも食いすぎだぞ」

『キュ~』

「あら、いいじゃない。はい、おかわり」

「すみません」

「ブレッドちゃんにも気に入ってもらえて嬉しいわ。いっぱい食べて大きくなるのよ~」

「キュー!」


 ブレッドは返事をするように元気よく鳴いた。

 トーマスさんもリンダさんもブレッドのあざとい見つめアピールに追加で料理を持ってきてくれている。

 結局、ブレッドは俺と同じか少し多いくらいまで食べやがった。

 一体この体のどこに入るのか……しかもこいつ、シッコどころかフンもしないんだぜ?

 リンダさんとトーマスさんの好意で格安で食えているとはいえ、こいつの食費も稼がないと……



 ご飯を食べたら出発。まずは神殿だ。

 リンダさんに「ルディちゃんは神殿にお世話になってるみたいだから、従魔にしましたって報告に行った方がいいわよ」と言われたからな。


 散々世話になっている俺は身分証を出さなくても顔パスで入れるようになっている。

 今日も入り口にいる神官に会釈して入ろうとしたら呼び止められた。


「ルディ様、本日ドミニク神殿長は不在となっております。お祈りでしたら、そのまま祈りの間までお進み下さい」


 出直した方がいいかとも思ったが、来たのに祈らないのかと思われそうだと最奥の間に足を進める。

 いつも通り献上品である屋台料理を石のテーブルに並べ、祝詞のりとを唱えられない俺は柏手を打って目を閉じた。


(どうも、ルディです。ブレッドと従魔契約したので報告に来ました。モフモフ、ありがとうございます)


 報告を終えて目を開けると、献上品はキレイさっぱり消えていて、その代わりに三十センチほどの笹が置かれていた。

 え? 笹? なんで笹?

 なぜここに現れたのかわかるかと鑑定をかけてみる。



【バングラース葉】

・ボンバンダが好む霊草。

・週に一度、葉を一枚食べさせるのが吉。



 え!? それだけ!? 理由はわからないにしても、もうちょいなんかないの!?

 この二文を読む限りでは完全にブレッド用だろう。

 当のブレッドは腹がいっぱいになったからか、首元でスピスピと寝息を立てている。

 もらっていいものなのかわからず悩んでいたら、笹がフワリと浮かび上がり、そのままフワフワと俺の目の前へ移動してきた。


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 言いながら手を伸ばすと、ポトンと俺の手の上へ落ちてきた。

 もらっても問題なさそうだ。

 再度お礼を述べ、最奥の間を後にする。

 入り口の神官にドミニクさんへの伝言を頼み、ギルドへ足を向けた。



 教会に行っている間にピークタイムは過ぎていたようで、掲示板前は空いていた。

(昨日薬草採取をしたから、今日は討伐依頼にしてみるかな)

 悩んで、比較的簡単そうな【クック鳥】の討伐の紙を剥がした。

 図鑑ではクック鳥は鶏みたいな見た目をしていたハズだ。わかりやすいだろう。


「おはようございます。本日はこちらの依頼ですね。【クック鳥】は東の森によく出没します。ドロップ品の種類が豊富なので注意が必要です。そのドロップ品のうち、【クック鳥のモモ肉】を二つ、【クック鳥のぼんじり】を二つ持ってきてください。よく【ムネ肉】と【モモ肉】を間違える方がいらっしゃいますので、気を付けてくださいね」

「はい。わかりました。お願いします」

「……はい。これで受注処理できました。こちらお返しします」


 ギルドカードを受け取ろうとすると、手をグッと掴まれ、カードを挟んで握手している状態になってしまった。


「えっと……」

「あの……ボンバンダと契約をしたとお聞きしたんですが……」

「あぁ、なるほど。ここにいるんですけど、寝てるんですよ」


 合点がいった俺が首元を指差すと、受付嬢は「まぁ!」と小声で驚いた。


「このままでよければ触っても大丈夫だと思いますよ」

「で、では失礼して……」


 恐る恐る手を伸ばした受付嬢の手が気持ちいいのか、ブレッドが『プピー』と鼻を鳴らした。


「はわぁ……噂通り可愛いですね……あ、ありがとうございます」

「いえいえ。では俺は行って来ますね」

「あ、お引き留めしてごめんなさい。頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


 受付嬢に構われていた俺はビシビシと背中に突き刺さる視線を感じ、そそくさとギルドを後にした。



 森へ着いた俺は早速探査サーチをかけてみる。

 昨日散々薬草探しでスキルを使いまくっていたため、慣れたもんだ。

(いないな……)


 範囲を広げるとその分魔力を消費する。ステータスを見ても数値で減り具合を確認できるわけじゃない。完全に感覚頼りだ。

(魔力が枯渇するとぶっ倒れることもあるってドミニクさんが言ってたからな。気を付けないと)


 足を進め、ある程度移動したら再び探査サーチを繰り返す。

 しばらくして、ようやく気配を掴めた。

 息を殺し、バレないように近付く。

 木陰から覗いたところ、四匹ほど地面を啄んでいた。

(デカいな……柴犬よりデカいんじゃないか? さてどうするか……)

 どうせならいっぺんに仕留めたい。近付いて剣を振り回すのは良策とは言えないだろう。

 そう考えた俺はチュートリアル以来使っていなかった魔法を使うことにした。

 火の玉を浮かび上がらせ、四匹目掛けて叩き込む。


――ギョェー!

「あぁ!? ヤバい! 水水水!」


 炎に包まれた鶏が叫びながら転げ回り、危うく森に引火するところだった。

 なんとか水魔法で消し止められたが、森で火魔法は禁止した方がよさそうだ。

 何事も経験だ。失敗から学んで人は成長するんだよ。うん。

 黒く焦げた木から目を逸らした俺を責めるかのように、ブレッドが『キュー』と鳴いた。


 ログを確認すると、鶏のドロップ品は【ムネ肉】×二、【モモ肉】、【きんかん】だった。

 ちょうど四匹だったから一発で集まるかと、ちょっと期待しちゃったじゃないか。


「そんなに上手くはいかないよな」

『キュ』

「サクサク行くぞー」

『キュ~』


 わかってるのかわかっていないのか……返事をしてくるブレッドに笑ってしまう。


 探しては狩る、探しては狩る、を繰り返し、倒した【クック鳥】はとうに二十五匹を超えた。

 一番最初に出た【モモ肉】がラスイチ出ないんだよ! 【ムネ肉】は多いのに!

 おかげで、森の中では水魔法と氷魔法が大変便利だということを学んだ。


 途中昼休憩を挟み、狩り続けること二時間、ようやく最後の【モモ肉】をゲット!


「はぁぁ……やっと終わった」


 依頼達成が決まった安堵から、木の根元に座り込む。

 今だけ、今だけはエヴァンさんのあのブートキャンプに感謝してもいい。

 おそらく、あれを経験してなかったらもっと早くバテていた。だからといってまたやりたいかと聞かれたら、答えは否だけどな。

 ブレッドのモフモフで少し癒された俺はマップを確認し、身体強化を使って走りだした。



 かなり森に入り込んではいたが、急いだおかげで夕刻前には街に到着。

 疲れが顔に出ていたのか門番のおっちゃんが「これやるから元気を出せ」とミカンをくれた。

 ギルドでは朝とは違う女の子が応対してくれたんだが……前からは他の職員、後ろからは冒険者の視線がグッサグサ刺さり、居心地が悪くてしょうがない。


「おい、ルディ。ちょっとツラ貸せ」

「!」


 で、出た……リンダさん助けて……!


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