第22話 閑話:とあるコンビニ店員
都内某所のコンビニで、機嫌よくペットボトルの品出しを終わらせたパートの主婦――黒山絵里子は休憩に入るため、バックヤードに向かった。
ドアを開けた瞬間、本来ならまだ来ないハズのアルバイト――青木梨沙がいることに驚いた。
その顔は暗く、何かあったことは一目瞭然だったが、絵里子は明るく話しかけた。
「あら! 梨沙ちゃん、おはよう」
「……おはようございます」
「今日夕方からじゃなかった? 早くない?」
「絵里子さんと話したくて……休憩時間を狙って来ちゃいました。すみません……」
「あら嬉しい。ご褒美は生まれ変わったサラダパスタでどう?」
「いやいや。私が話したかっただけですから」
「それがね……新商品が二つあって迷ってて、シェアしてくれると助かるのよね~。付き合ってくれない?」
さも困ってますと言わんばかりに、絵里子は片手を頬に添えてチラチラと視線を送る。
「喜んで」
「うんうん。ありがとう。ローストチキンと豚しゃぶどっちがいい? チキンはチキンの味付けが、豚しゃぶはドレッシングが少し変わったらしいの」
「そう、ですね……では、チキンにしてもいいですか?」
「もちろん。じゃあ私は豚しゃぶね! こっち狙ってたからラッキー!」
梨沙が選ばなかった方をサッと取った絵里子は得意げに微笑んだ。
これもお礼を言わせないための絵里子の常套句だ。
いつもなんだかんだと理由を付けては梨沙にご馳走する絵里子は、「シェア」と言いながら味見程度のひと口ほどしか食べない。
申し訳ないなと思いながらも、絵里子の人柄に救われている梨沙だった。
素早く二つを精算し、バックヤードのイスに座った絵里子はパッケージを開けながら梨沙に話しかけた。
「今日はどうしたの?」
「あの……これ見てください」
一瞬、視線を彷徨わせた梨沙は、意を決したようにスマホの画面を見せる。
その画面には炎が燃え上がるアパートのような建物が映されていた。
「んん? 燃えてる……家? これって火事の写真?」
「はい。それ、SNSで見つけたんですけど……日付けがあの人が来なくなった前日だったんです」
「ん~……さすがにそれは考えすぎじゃない?」
「私もそう思ったんです。でも……一つ画面を戻して下さい」
絵里子は指示通りに画面をタップする。
そこには火事の写真と共に〝【悲報】住んでるアパート燃える〟と書かれていた。
「……︎上にスクロールしてって下さい」
再び操作していた絵里子は、とある一文に目を見開いた。
「……え!? ちょっと待って。隣りの社畜お兄さんが亡くなってたって……」
「そうなんです。撮影された場所も、あの人が言ってた最寄り駅と同じで……」
「梨沙ちゃん……」
絵里子は話してる途中で泣き出した梨沙の背中をさする。
「毎日っ、来てたのに……死んじゃってたなんて……もう、二度と会えないっ……名前も、聞けてないのに……」
「梨沙ちゃん聞いて。この亡くなった人の情報はわからないのよね?」
「はい……いくら調べても出てこなくて……」
「そしたら、まだ彼と決まったわけじゃないでしょ? 彼が来なくなったのは仕事を辞めたからかもしれない。毎日毎日疲れた顔してたから、耐えきれなくなってバックレたのかも」
「そう、ですかね……?」
「前に言ってたでしょ? ハゲでデブの上司が仕事を押し付けてくるって。お気に入りの栄養ドリンクのためにこのコンビニに通うくらいよ? 梨沙ちゃんは信じたくないでしょ?」
「当たり、前ですっ!」
「だったら信じなくていいと思う。引っ越しちゃったの。きっと違う場所で生きてるってことにしましょ?」
「うぅ……」
「そうね……梨沙ちゃん、明日って大学は休み?」
「いえ……四限だけ」
「それなら今日ウチにいらっしゃい。パーっと飲みましょ? 上がる時間に迎えに来るから。ね?」
「…………はい」
少し悩んだものの頷いたのを見て、絵里子はよしよしと梨沙の頭を撫でた。
「じゃあ、ほらサラダパスタ食べて。動く活力はご飯よ!」
「はい……」
もそもそと食べ始めた梨沙を確認した絵里子も中途だった食事を再開した。
☆
上がり時間になった絵里子は店長に梨沙のことを頼み、コンビニを出た。
駅で電車に乗り、夫へ事の次第を綴ったメールを送る。ほどなく返ってきたメールには了承の旨が書かれていた。
絵里子が住んでるマンションは
なぜわざわざ離れた場所でパートをしているかというと、同じマンションの人に目撃されないためだ。
絵里子は給料のためというよりは、刺激やストレス解消、暇つぶしのためにパートとして働いている。
以前働いていたカフェで、マンションの嫌味な奥様方に迷惑をかけられて以来、近場では働かないようにしていた。
マンション内にあるスーパーで色々と購入し、配達を頼んだら食材の確保は完了。後は届いた食材で梨沙のために腕を振るえばいい。
時間いっぱいおつまみを作った絵里子は車で梨沙を迎えに向かった。
アルバイトが終わった22時過ぎ、梨沙は目の前に現れた高級そうなスポーツカーに驚愕した。
「絵里子さんってやっぱりお金持ちだったんですね……」
「世の中にはお金持ちはたくさんいるからウチはまだまだだと思うけど、今のところ旦那のおかげで生活に困ったことはないかな?」
「ですよね……」
「ほら乗って、乗って! 遠慮されたら寂しいじゃない」
いつもと変わらない絵里子に促され、車に乗り込んだ梨沙は、タワーマンションにも恐れ慄いた。
カチコチに緊張している梨沙の手を引き、絵里子は自宅まで連れて行く。
イスに座らせ、ビールグラスを持たせ、勝手にカンパイ。
飲み始めた梨沙は少し落ち着きを取り戻した。
「これも食べて。久しぶりに若い子と飲むから張り切っちゃった」
「美味しいです」
生ハムのピンチョスを食べた梨沙はまだぎこちなさが残っているものの、笑顔を浮かべている。
絵里子の目論見はひとまず成功したようだった。
帰宅した夫と共に杯を重ね、グチり、泣き、笑い、騒いだ二人はリビングのテーブルからダイニングのソファへと移動していた。
絵里子の夫はすでに寝室へ行ってしまっている。
「あれ? 絵里子さんってバイク乗るんですか?」
「違う違う。それゲームの機械でヘッドギアっていうやつ。旦那に勧められてやり始めたばっかりなんだけど、面白いの」
「へぇー、どんなゲームなんですか?」
絵里子はここぞとばかりに【リアル・ファンタジー・ドリーマー】の面白ポイントを力説していく。
途中、ゲームをほとんどやったことのない梨沙から質問もされ、さらに熱が入った。
「本当にNPCが本物の人間みたいなの。大抵のゲームって、基本的にNPCは話しかけないと反応がないの。でも、街に降りたてで右も左も分からなかったときに話しかけられたの。大丈夫ですか? って。驚いちゃった」
「聞いてるだけで面白そうです。でも30万ですよね……」
「そうなのよね。もっと安かったら一緒にやろうって誘えるんだけど……長々ごめんね。ゲームの話できる人がいないから興奮しちゃった」
「いえ! また今度聞かせてください。すぐには買えないですけど、私もやってみたいです」
「きゃー! ありがとう!」
そこからゲームを一緒にやったら……と話が広がり、明け方まで盛り上がった。
――とりあえずメンタルが復活した梨沙が、アルバイト中に並べていた懸賞雑誌の景品としてヘッドギアを見つけるまであと数日――
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