第21話 緊急クエスト



 エヴァンさんのトレーニングを受けるようになってから十ニ日、ようやく午後から武器の使用の許可が下りた。


「前よりはマシと言ってもまだまだだからな。午前は体力メニュー、午後は武器を使う」

「はぁはぁ……ふぁい」

「なんだその気の抜けた返事は」


 いやいや、息切れで地面に転がってる、この状況見てから言ってくれ。


 絶対神に回復してもらったあの日からニ、三日に一度、神殿にお邪魔して回復してもらっている。

 プレイヤーと遭遇できておらず、いまだにログアウト方法がわかっていない。

 そろそろマジでクビになっているかもしれないと不安もある。ログアウトできたら就活頑張ろう……

 っていうか、俺ちゃんと現実に戻れるのか? 仮死状態って飲まず食わずでも大丈夫なのか? こっちではちゃんと食ってるけど……現実リアルの栄養にはならないだろ? ゲームしてて死んだなんて聞いたことがないから大丈夫だよな?


 俺が地面に寝転がったまま現実のことを考えていると、上からエヴァンさんが覗きこんできて……顔のすぐ横の地面に片手剣をブスッと刺した。


「うおっ!」

「ボーッとしてんじゃねぇ」

「休憩くらいさせて下さいよ……またリンダさんに……」

「ゔっ! それは止めろ!」


 俺がチクる発言をすると、エヴァンさんはブルッと体を震わせて嫌がった。

 実は、前に渡したリンダさんからの手紙には脅し文句が書かれていたらしいんだ。

 詳細は教えてもらえなかったけど「オレも自分の身は大切なんだよ」と言っていたから、リンダさんの激しいスキンシップを怖がっているのかもしれない。


 休憩を終え、前回と同じ剣を手に取ると、前より軽く感じる。筋トレの成果はちゃんと出ているらしい。


「これ、やっぱり重心ズレてるんですね。クセ付かないようにしないと」

「あ? なんでお前がそんなことわかるんだ?」

「あぁ、武器鍛冶をちょっと体験したことがあるので」


 片手で剣を振りながら答えると、後ろから肩をガシッと強く掴まれた。


「な、なんですか?」

「ギルドにある武器、全部確認してもらおうか?」

「え? ええぇぇぇぇぇぇ!?」


 もう決定事項だと言わんばかりに、放心状態の俺を放置して、エヴァンさんは訓練場の隅に置いてある木箱の方へ歩いて行った。

 箱の中に武器が入っているらしい。


「今、人呼んでくるからちょっと待ってろ」

「マジかよ……責任重大じゃないか……」


 エヴァンさんはすぐに戻って来たけど……どデカい箱を抱えていて、そこから弓が飛び出していた。


「俺、武器鍛冶って言いましたよね? なんで木工の弓入ってるんですか?」

「あぁ、そういやそうか。持ってきちまったからな。置いといていい」


 木工もチュートリアルでやったから、できなくはなさそうだけど、やらなくて済むならその方がいい。面倒だし。

 俺が箱に入っていたレイピアを手に取ると、何やらガチャガチャと音が階段の方から聞こえてきた。

 顔を上げると、ギルドのスタッフと思わしき青年が五人ほど箱を抱えて降りて来ているところだった。


「ご苦労。置いといてくれ。戻っていい」


 エヴァンさんが声をかけると、青年達は会釈して戻って行った。


「これもな」

「はい!?」

「これ全部やったらギルドからの依頼っつーことにしてやる。励め」


 なんという強引さ。

 俺が肩を落とすとキュインと音が鳴り、半透明な板が目の前に現れた。



【ギルドからの依頼*緊急裏クエスト】

・冒険者ギルドの既製武器のチェック

・報酬:50000z

・条件:武器鍛冶、木工経験者のみ。エヴァンズブートキャンプ時発動

・ワンポイントアドバイス:使用しながら鑑定を使ってみてね

・注意事項:拒否してもOK。でもやった方がギルドからの信頼度が上がるよ



「マジか……こんなのもあるのか……」

「ん? 何言ってんだ? 普通のレイピアだろ。それともそんなにおかしいのか?」


 エヴァンさんにはこのプレートは見えていないらしく、俺が握ったままだったレイピアに対しての言葉だと誤解された。

 これは多分、今逃したらできなくなるやつだと思う。緊急って書いてあるし。だったらここはやるべきだろう。普通に考えたら美味い報酬だしな。


「いえ……やればいいんですね。やれば」

「あぁ。それが終わったら再開する」

「わかりました」


 書いてあったアドバイスに従って、武器を振り回して試しながら鑑定をしていく。感覚と鑑定が合ってるか確認する感じだ。

 初っ端は慣れていないからか、鑑定にレベルでもあるのか、上手く読み取れなかった。何回も何回も繰り返すとよくやくコツがわかってきた。

 俺のイメージでは魔力でスキャンする感じだ。他の人の感覚はわからん。もっと効率がいい方法もあるかもしれない。


 剣類は、超左寄り・左寄り・右寄り・超右寄りと分けて地面に置いてたんだけど……十五本目くらいで気が付いちゃった。裏表逆にすると左右が逆になることを。

(やっちまったー! 悲しすぎる……まぁ、早めに気が付いたのをよしとしよう。まだまだあるし……)

 俺の頭の中で、あの餅つきスタイルの芸人が「男は黙って鑑定だ」と餅をついた。



 結局、午後だけじゃ終わらなくて、さらに二日かけてようやく終わった。

 俺が鑑定したものを武器と防具の職人さんがもう一度確かめて、その後ほぼ全部修理に出されたらしい。

 ちなみに弓だけ残すのもアレかなと、ちゃんと弓も確かめた。


「やるじゃねぇか。親父どもが工房に来いって言ってたぞ」

「本当ですか? 大丈夫なら今度見学に行きたいですね」

「……お前職人になるつもりか?」

「いえ、違いますよ。鉄の塊から剣や防具になるのって面白いじゃないですか」

「まぁ、いい。ギルドカードよこせ。依頼達成だ」


 エヴァンさんは俺からひったくるようにギルドカードを奪うと、地下訓練場から階段を上がって行った。

 戻って来たエヴァンさんにカードと金貨が入った袋を投げて寄こされた。


「わわっ! ……セーフ」

「ったく。お前の能力に驚かされたよ。報酬、上乗せしといてやった。ありがたく思えよ」


 確認してみると金貨七枚だった。金貨二枚……二万ゼニも上乗せしてくれたらしい。


「わぁ~。ありがとうございます」

「さっさと仕舞え。ここ二日ばっかし特訓できてないからな。体が鈍ってるだろ?」


 ニヤリと笑ったエヴァンさんに俺は顔が引き攣るのを感じた。


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