第16話 地獄のレッスン



 次は教室かな~なんてすっかり安心していた俺は、ダンスホールのような場所に降ろされた。


「え?」

「来ましたわね」

「うお!」


 後ろから声がかけられて驚いた。

 そんな俺を睨み付けながら、物差しをパンパンと手に当てる吊りメガネをかけたおばさんに顔が引き攣る。

 マンガあるあるの教育ママじゃねぇか……


「まぁ! なんてお下品な! ワタクシが女性たる所作をしっかりと教えて差し上げますわ!」

「マジかよ……」

「言葉遣いが悪いざます!」


 おばさんは素で反応した俺にビシッと40センチほどの物差しを向けてさらに目を吊り上げた。

 直接叩かれはしないが、パンパンと鳴らす物差しと放つオーラが怖ぇ。


「自己紹介をして下さる?」

「……どうも。ティーナです」

「なんざます! そのやる気のない挨拶は!」


 時間をかけ、一人称から注意を受けまくった俺は……これから逃れるにはリンダさんの真似をするしかないと、心を無にして真似たんだが……声と顔が一致しないと怒られた。


「もっと笑顔で!」

「クネクネしすぎですわ! それでは逆効果になりますわよ!」

「姿勢が悪いざます!」

「何度言えばわかるのですか! カーテシーの手の角度はこうです! こう!」


 教育ママはめちゃくちゃ厳しい。

 事ある毎に叱責が飛んでくる。

 これできる人って絶対女でも少ないだろ……俺……男なんだけど……何やらされてるんだろ?

 おそらく俺の瞳は濁っていることだろう。恨むぞナビっ子……


 言葉遣いやら笑顔の作り方、礼儀作法なんかが終わったらメイクのやり方講座の開始。

 しかもさ、そのやり方ってのがメニュー画面からやるんだぜ? メニューの設定の項目にメイクパレットってのがあって、それ選択したらキャラのドアップが出てきたんだよ。


 ナビっ子がやってたみたいに、ドアップのキャラの顔面に指先で色塗ってくの。それもさ、化粧筆ってやつを選択しなきゃいけなくて、筆の違いがわからない俺はちんぷんかんぷん。

 まだファンデーションやリップってのはわかるんだよ。アイシャドウブラシとアイホールブラシの違いって何!? 同じ瞼じゃん!!


 怒濤の勢いで降り注ぐ教育ママのお小言に四苦八苦しながら格闘すること数時間……俺は学んだ。これは絵師向けだってことを。

 ファンデーションブラシは塗りつぶし機能付き、メイク落としシートを選べば消しゴムみたいに消せる。クレンジングオイルを選択すれば一時的に初期設定のメイクがマルっと落とせ、洗顔フォームを使えばキャラメイク時に設定したメイクに戻せる。


 ここで発覚したのは、メイクは濡れようがゴシゴシこすろうが崩れることがないってこと。その人のとして固定され、それを修正したければアイテムを使わなければいけない。

 まぁ便利ですね! 現実リアルであれば世の中の女性達が歓喜するシステムだろう。

 ちなみに、初期設定したメイクを変えたい場合はメイクリセットっていうアイテムが必要らしい。


 男でもできるやつはできるだろう。タブレットとかで絵を描ける人なら。だが俺はできん!! 絵心なんぞ皆無だ!



 やっと……やっとメイク講座が終わったと思ったら、再び服を剥ぎ取られ、ドレスを着させられてのダンスレッスン。

 ヒールで足がクソ痛てぇ! この状況で微笑めとか無理に決まってんだろうが!

 社交ダンスなんてゲームで必要!? ねぇ、必要!? ハイヒールを履く女性を尊敬します。現実に戻ったら、女性を労りたいと思います! だからさっさと終わってくれぇぇぇぇ!!



 永遠に続くと思われた地獄のレッスンはようやく終わりを迎え、俺はシャボン玉で落とされた。

 ははは…………心が死ぬと苦手なフリーフォールにも無反応だぜ……


 神殿の噴水の部屋に降り立った俺は、待っていてくれたドミニクさんの顔を見た瞬間――力が抜けた。

 男キャラの名前を呼ぶドミニクさんの声が聞こえたが、もう俺には限界だった。



 ふと目を覚ますとベッドで寝かされていて、動こうとしたら足に布が絡みついた。


「うげぇ……ドレスのままじゃねぇか。最悪」


 ここがドコだかわからないが、部屋の雰囲気を見る限り、おそらく神殿の一室だろう。

 ノック音が聞こえて返事をすると、水差しを載せたお盆を片手にドミニクさんが入ってきた。


「よかった。気が付かれましたね」

「すみません。ドミニクさん見たら安心しちゃって……運んでくれたんですよね? ありがとうございます」

「いえいえ。今は動かない方がいいでしょう。コチラをお飲み下さい」


 渡されたコップの水を飲むと、体が少し軽くなった気がする。しかも水なのにすげぇ美味い。

 なんつーの? 体の中の澱んだものが浄化される感じ?


「今の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、すみません。ティーナにしました」

「ティーナ様ですね。ナビっ子からそちらの荷物を預かっております」


 手で示された場所を見てみると、ベッド脇に置かれたイスの上に白い大袋が乗っていた。

 ドミニクさんがベッド上に移してくれた袋を確認すると……


「うわ……」

「いかが致しました?」

「いや……ドレスと化粧箱が入ってたんで……」

「そちらはイベントの報酬でのみ手に入れられたメイクボックスですね。……申し訳ありませんが、何があったのかお聞きしても?」

「えっと……」


 キャラメイクんときの話だよな?

 最後の教育ママのところは思い出したくもないが、話した方がよさそうだ。

 なるべく順序だてて一部始終を説明すると、ドミニクさんがため息を吐いた。


「……なるほど。そういうことでしたか。そちらのメイクボックスは期間限定のイベントの報酬。イベントは終了しているので、現在は入手が困難なものになります。ドレスもそうですが、ティーナ様へのお詫びでしょう」

「お詫び……ですか?」

「はい。謝っておいて欲しいと言われましたので」

「マジか……」


 おそらくだが、俺が化粧する気がないのがわかったから、を最初から狙ってたんじゃないか? ちゃんと化粧道具を手に入れさせるために。

 俺の頭の中で〝てへぺろ〟と舌を出すナビっ子がチラつき、呆れがため息に変わって口から漏れる。

 詫びとしてくれるならドレスやメイク道具よりもっと役に立つもんが欲しかったよ……じゃあ何がいいんだって聞かれたら特に思い浮かばないんだけどさ。


「申し訳ございません」

「あ、いえ。ドミニクさんのせいじゃないですし」

「そちらはアイテムとして使用したらメイクパレットに入ります。使用しなければアイテムのままですので、忘れないうちに一度開封した方がよろしいかと思います」

「……わかりました」

「本日はゆっくりお休みになって下さい。起きた後、神に挨拶に行きましょう」

「すみません。ありがとうございます」


 ドミニクさんが出ていき、部屋には俺一人。

 ログアウト出来ないか確認してみたが、このキャラでも選択ボタンがなかった。


「やっぱ出来ないのか……なんでだよ……」


 ちょっと期待していただけに落胆が否めない。

 〝ゲームにハマった男性、栄養失調で死亡!〟なんて新聞の見出しを想像してブルッと震えが走る。

 これは早めにプレイヤーを見つけないとな……

 そのプレイヤーが知らなくとも、仲よくなれば調べてもらうことができるかもしれない。


 とりあえず今は……使うことはないだろうが、忘れないうちにって言ってたから、メイクボックスを開いてみる。すると、キラキラと輝いて……消えた。

 これでパレットから使えるようになったらしい。


 さて……安眠のためにも着替えるかと袋を漁ると、貰った黒革の装備品の他にも盗賊シーフ系の服や普通のワンピース、下着や替えのブーツが入っていた。

 だからサンタクロースの袋みたいなデカさだったのかと納得。


「ん? 何だこのフワフワしたやつは……あ、パジャマか」


 プルオーバータイプのモコモコパーカーと、同じくモコモコのハーフパンツ。フード部分には嫌がらせのようにウサ耳が付いている。

 肌触りが気持ちよく、荒れた心が癒される気が……しなくもない。

 まだ袋の中には服が入っているが、面倒な服は面倒だ。


「今は女だし、これでいいか。起きたら挨拶に行くって言ってたから、キャラ変えない方がいいんだろうし」


 ちょっと言い訳がましいと思いながらも、ドレスを脱いでパーカーに着替える。

 ドミニクさんが置いていった水差しの水を飲んで横になると、フード部分が邪魔だった。


「マジかよ……面倒な……」


 そのままフードを被ればいいかと試すと、気にならなくなった。

(あぁ……しばらく女キャラは使いたくないな……)

 精神的な疲れが取れきれてない俺は、数分も経たずに襲ってきた睡魔に身を委ねた。


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