第13話 定期メンテナンス



 ドミニクさんと話が盛り上がって一日神殿で過ごした日の夜半すぎ、眠っていた俺は宿のドアのけたたましいノック音で飛び起きた。


「ルディちゃん! ルディちゃん!」


 声の主はリンダさんだ。

 ドア……というよりも壁まで壊しそうな勢いでガンガンとドアを叩きながら俺を呼んでいる。


「はい! はいはい! 今開けます!」


 破壊されたらたまったもんじゃないと声を張ってドアを開ける。


「起きたのね! 急いで準備してちょうだい!」

「何かあったんですか?」

「神殿の人から連絡があって大至急来て欲しいって」

「神殿から?」


 俺何か呼び出されるようなことしたっけ?

 首を傾げた俺を「ほら、急いで!」とリンダさんはめちゃくちゃ急かしてくる。

 背中をグイグイと押され、追い出されるように宿を出ることになってしまった。


 夜中だけあって街を歩いている人もいないし、家々の明かりも点いていない。

 街灯がポツポツと灯ってはいるものの、明るさは心許ない。


「裸とかパジャマで寝てなくてよかった……」


 思わず口をついて出た言葉は予想以上に辺りに響いた。

(ホントにプレイヤーがいないな……)

 プレイヤーなら夜中でも行動していそうなのに、人っ子一人見当たらない。

 走ったらコケそうな気がして、早歩きで歩いていると、煌々と明かりが付いている建物が見えてきた。

(あれは……冒険者ギルドか。納得)


 呼び出されているのは神殿のため、俺は道を曲がる。

 先ほどまでの視界にあった明かりが消えたため、余計に暗さを実感した。


「おい、兄ちゃん」

「うわっ!」


 暗がりからいきなり声をかけられ、あまりの驚きに声を上げてしまった。

 俺を呼び止めたのは声の感じからオッサンであることがわかったが、顔は暗すぎてわからなかった。


「……脅かさないでくださいよ」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。兄ちゃんこんな時間に何やってんだ?」

「宿で寝てたら神殿に呼ばれたんですよ」

「そうか……そりゃさっさと行った方がいい」

「あなたは?」

「おれのことはいいんだよ。さっさと行きな」


 シッシと手で追い払われ、俺は首を捻りながらもその場を後にする。

 まぁ、怪しいオッサンには関わらない方がよさそうだよな。身ぐるみ剥がされなくてよかったと思おう。


 神殿が近付くと、神殿の入り口にはかがり火が焚かれていて少し明るくなっていた。

 そのかがり火のところで影がウロウロと動いている。

 よくよく見ると、影の主はドミニクさんだった。

 神殿から出られないワケじゃないのか……


「ドミニクさん」

「ああ! ルディ様! 間に合っ……まずい! あと三分です!」

「!」


 小走りで寄った俺に気付いたドミニクさんにガシッと手首を掴まれた。

 何が三分なのかと聞く間もなく、「さぁ!」とグイグイと引っ張られる。

 そのまま早歩きで一番入り口に近い祈りの間まで連れて行かれた。


「ふぅ……間に合ったようですね。あ……」


 ホッと息をついたドミニクさんは、俺の手首を握ったままだったことに気が付いたみたいで、「申し訳ございません」と離した。


「いえ。驚きましたけど大丈夫です。何かあったんですか?」

「えぇ。とりあえず座りましょうか。少々お待ちください」


 そう言ったドミニクさんが右手を左右に振ると、ドン! とソファが現れた。

 さらに三回ほど同じ動作をしてソファにテーブル、ティーセットまで出し、着席を勧められた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ドミニクさんが淹れてくれた紅茶は昨日と同じカモミールティーだった。


「急かしてしまい、申し訳ございません」

「いえ。それでどうしたんですか?」

「今現在、定期メンテナンスが施行されております。他のプレイヤーの方には事前にお知らせしておりまして……伝えるのが遅くなり、申し訳ございません」

「いやいや! 頭上げてください!」


 顔を上げたドミニクさんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

 話題を変えようと寝起きの頭を回転させる。


「あー、あー、あー。えっと……メンテに巻き込まれたらどうなったんですか? 呼ばれたってことは何かマズかったんですよね?」

「はい。通常のプレイヤーでしたら、強制ログアウトになるのですが……ルディ様のケースは初めてのことですので、どうなるのか我々もわからないのです。通常、メンテナンスではが行われます。運営にて設定されているNPCでしたら、普段と変わらない時間になります。しかしルディ様は運営が設定したNPCではないので……としてされてしまう可能性も捨てきれません。もしそうなった場合、現実の体に記憶喪失や意識障害など影響が出ないとも限りませんし、それよりももっと酷いことなんてことも……」

「マジか……」


 それヤバいじゃん。アレだろ? 植物人間みたいなのも有り得たってことだよな? え? マジでヤバくね?

 自分の身に起きたかもしれない未来を想像してブルッと震えが走る。


「……ありがとうございます。ドミニクさんは俺の恩人ですね」

「…………いえ……ゴホン! 間に合ってよかったです。神殿はメンテナンスに影響されませんのでご安心ください」


 お礼を言う俺を何とも言えない顔で見つめていたドミニクさんは、気を取り直すように咳払いをした後ニッコリと微笑んだ。


「いきなりお呼び出ししてしまいましたので、お暇かと思います。もしよろしければお休みになられますか? もしくは別キャラを作ってはいかがでしょうか? あのエリアもメンテナンスには影響いたしません」

「別キャラ……そうですね。そうしようかな。この状態でキャラチェンしたらこの体がどうなるのかも気になりますし」


 こんな機会でもないとキャラ作るのも先延ばししそうな俺にはちょうどいいかもしれない。


「ではわたくしから一つアドバイスを。現在ルディ様は男性アバターでおられますので、女性キャラを作ることをオススメ致します」

「え……女性ですか?」

「はい。現実でもそうですが、このゲームにも女性しか入れない場所が少なからず存在致します。女性の方が情報収集に適していることもあるでしょう。そういった意味でも男性と女性、両方のキャラを持っていた方がよろしいかと思います」

「なるほど」


 銭湯とかあるのかわからないが、そういうことだよな?

 納得した俺に、ドミニクさんは「もちろん、間の性でも大丈夫ですよ」と微笑んだ。

 その言葉を受けて俺の脳裏に浮かんだのはリンダさん。


「いや……俺にはハードルが高いです。もっとも、俺が女性らしくできるのかって不安もありますけど……」

「ふふっ。すぐにキャラメイクされますか?」

「……そうですね。決心が鈍らないうちに」

「では、女性になったルディ様をお待ちしております」


 そう言えばこの神殿の噴水がある部屋でドミニクさんと初めて会ったんだっけ。

 ちょっとワクワクした様子のドミニクさんに見守られながら、俺はメニューからキャラチェンジの項目をタップした。


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