第11話 神殿



 神殿に向かって歩いている途中で昨日の串焼きの屋台があった。

 今はおなかがいっぱいで入らないが、ドミニクさんの差し入れにいいかもしれない。

 リンダさんとトーマスさんも手作りの物だったし、別に高級なモノじゃなくても大丈夫だろう。勘でしかないが、ドミニクさんなら喜んでくれそうな気もする。


「おはようございます」

「おっ! 昨日の坊主か! 食うか?」

「いえ。今日は神殿に行くので差し入れに持って行こうかと」

「これをか?」

「はい。ダメですか?」


 何か制約でもあるんだろうか?


「カーカッカッカッ! 串焼きを神殿に持っていくやつなんて初めてだぜ!」

「とても美味しかったので」

「なんでぃ! 嬉しいこと言いやがって! 照れるだろうが! ちょっと待ってろ」


 屋台の店主が串焼きを三十本ほど包んで渡してくれた。

 銀貨一枚を払おうとすると、半額でいいと押し切られてしまった。

 申し訳ないと肩を落とすと、また食べにくることが条件だと言われた。そんなことがお礼になるとは思えないが、店主が引いてくれないので折れるしかなかった。

 しばらくお昼は串焼き決定かもしれない。



 神殿に着き、神官の一人にドミニクさんを呼んでもらおうとするといぶかしげに見られ、ギルドカードの掲示を求められた。

 昨日作っておいてよかった!

 カードを見せると、なぜか謝られて応接室みたいな部屋に通された。

 案内してくれた神官はそそくさといなくなり、俺は部屋のソファに一人座って待つ。


「なんで謝られたんだろ? ギルドカードになにかあんのかな? 普通だと思うんだけど……」

「それはですね……」

「うわっ!」


 ギルドカードを見ながらクチに出していたらしく、耳元にドミニクさんの声が聞こえて文字通り飛び上がって驚いた。


「驚かせてしまい申し訳ございません」

「いっ、いえ……いつの間に……」

「ノックしましたが、お返事がなかったので入らせていただきました」

「そうだったんですね……気が付かなくてすみません」


 ドキドキが治まらない心臓を押さえながらも謝ると、ドミニクさんは対面のソファに座った。


「いえいえ。先程の疑問ですが、わたくしがルディ様が尋ねてきたら優先的にお通ししろと通知しておいたからです。ですので、ギルドカードになにかあるわけではございません」

「そうだったんですね……って、俺なんかを優先しちゃっていいんですか?」

「もちろんです。出歩かないのですから、これくらいのワガママは許してもらいたいですね」


 出歩かないって出歩いちゃいけないの? それとも仕事が忙しくて遊びに行ってる暇がないってこと?

 疑問が出てきたが、聞いてはいけない雰囲気だったため、俺は疑問を呑み込んだ。


「あ! そうだ。泊まっている宿屋のリンダさんとトーマスさんから差し入れを持っていってくれって頼まれたんですけど、どうすればいいですか?」

「あぁ、献上品のことですね。では、移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい」


 ドミニクさんに付いて長い廊下を進むと、ドミニクさんは最奥の古びたドアを開けた。

 目線で促されてドミニクさんに続いて部屋に入るとそこは……尊厳という言葉がピッタリな部屋だった。壁にはツタが這い、幾年もそこに揺るぎなく存在しているかのような部屋。

 さほど広くはない部屋に、このゲームの神とされる像が五体並び、ぽわぽわと不思議な光が浮かんでは消えていく。

 とても神秘的で、厳かで、美しい空間。

 そんな情景に言葉を発することも忘れて魅入ってしまう。


「こちらへお願い致します」

「へ?」


 まともに返せなかった俺は相当アホ面を晒してしたんだんだろう。ドミニクさんにクスクスと笑われてようやく我に返った。


「こちらへ差し入れをお願い致します」

「あっ、はい。すみません」


 ドミニクさんに示されたのは真ん中のどデカい像の前にある、石のテーブルのようなものだった。

(なるほど。祭壇みたいな感じか)

 一人納得して、石のテーブルにトーマスさんとリンダさんに渡された差し入れをマジックバッグから出して置いていく。

 最後の品を置くと、ドミニクさんが石のテーブルの前で膝を付き、祈り始めた。ボーっと立っているのはいけない気がして、ドミニクさんの斜め後ろまで下がり、俺も膝を付いてこうべを下げて目を閉じた。


 ドミニクさんのお祈り言葉……祝詞のりとのようなものが終わった瞬間、部屋の空気が動いた気がした。

 こう……なんと言えばいいのか、神聖なものが降りてきたような……

 圧倒的な雰囲気にされ、俺の背中には冷や汗が流れる。頭を上げてはいけない、目を開けてはいけない、動いてはいけない、と俺の本能が警鐘を鳴らしている。

 ふと、温かい何かに包まれた気がした瞬間、この部屋にあった圧倒的なチカラが霧散した。


「もう大丈夫ですよ」


 ドミニクさんに言われて顔を上げると、立ち上がったドミニクさんに心配そうに見つめられていた。

 立ち上がろうとすると、腰が抜けたのか立ち上がれなかった。


「す、すみません。腰が……」


 いい大人が腰抜かすなんて恥ずかしすぎる!

 あまりの恥ずかしさに顔に熱が集まりしどろもどろになってしまう。


「いえ、むしろ気絶しないルディ様は素晴らしですね」

「え?」

「この部屋は上級神官でもない限り耐えられないのです」


 え? なにそれ? そんな説明なかったよね? ドミニクさん普通に俺を連れてきたよね? 気絶……耐えられないってなに?


「しかも神から加護も与えられるとは……さすがルディ様ですね」


 いやいや! そんなセクシーに微笑まないで! 俺が女だったら堕ちる笑みだから! そして神から加護ってなに!? さすがってなに!?


 俺の混乱なんて気にもしないで、ドミニクさんがうんうんと頷いている。


「ですが、このままというわけにはいきませんね。失礼致します」

「へ?」


 ドミニクさんは俺を横から抱きかかえるように支えてくれ、俺の腰に手を当てなにかを呟いた。


「ん?」

「大丈夫ですか?」

「あ、はい! すごいですね。一瞬で治りました」

「それならよかったです。戻りましょう」


 歩きだそうと顔を上げると違和感に気がついた。

 先程まであった大量の差し入れが石のテーブルから消えていたのだ。


「後ほど説明致しますので、先程の応接室まで参りましょう」

「あ、はい! モタモタしてすみません」


 ドミニクさんと部屋を後にして、また長い廊下を歩く。


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