第9話 閑話:トップシークレット


「ただいまルディ様を送りました。しかし、勝手にこんなことをしてよろしかったのですか?」


 ルディを見送った後、ドミニクは神殿の最奥で、ゲーム内では絶対神と呼ばれているマザーコンピュータに報告に訪れた。


「彼の者は人が呼ぶところの所謂いわゆる社畜。現実では火事に巻き込まれた。戻ったところで死が待つのみ」

「ナビっ子から聞きました。ですが、本人の承諾なくこの世界に取り込むとは……」

「全ての判断はこちらにある旨の契約にサインをさせ、言質はとった」


 ドミニクはナビっ子からの報告を思い出し、ルディを不憫に思った。


 ナビっ子は初歩の初歩であるキャラメイク時に回路がおかしくなり、マザーコンピュータに報告。マザーコンピュータがネットを駆使して原因を解明し、ルディをゲーム内に留めることに決めた。

 それは……現実で助け出されず、ヘッドギアとネット回線が繋がったまま肉体機能が停止、ヘッドギアで守られたため脳が損傷を受けなかったことによる、偶然に偶然が重なった結果可能になった事案だった。


「なぜ、ルディ様なのですか? いくら偶然とはいえ、他の方もできなくはないでしょう」

「人の言葉でいうところの“運命を感じた”」

「“運命”ですか……“気まぐれ”では?」

「そうともいうな。人の言葉は面白い」


 ドミニクは、感情がないはずのマザーコンピュータが楽しそうに話すのを聞き、瞠目した。

 そしてそのことに自分自身で驚き、おのれも以前とは違うのだと理解した。

 そんなドミニクをよそにマザーコンピュータは話し続ける。


「探せば情報はすぐに手に入る。彼の者は自身が死んだことを知らん。一人暮らし、未婚、恋人なし、犯罪履歴なし、職場と自宅の往復のみ、血縁者も一般的。脳波測定時に性格や趣味趣向を読み取ったが、こちらに残したところで害はないと判断した。人は脆い。わざわざ混乱を招くようなことを教えてやることもない」

「……かしこまりました。運営は?」

「ヤツらが気付くはずがない。ヤツらは管理をわれに任せきりだ。われをただのコンピュータだと思っている時点で程度が知れている。そのわれが運営に隠すなど造作もない」


 実際、このゲームを運営している人間達は気が付いていなかった。

 それほどマザーコンピュータは綿密に隠蔽工作をしていた。


「噂になったらどうするのですか?」

「それもまた一興。彼の者はわれの世界で自由に生きればいい」

「かしこまりました。見守らせていただきます」


 ドミニクが頭を下げて部屋を去ろうとすると、引き止められた。


「彼の者はプレイヤーからするとNPCとなる。しかし彼の者はログアウトできない以外はプレイヤーと大差ない」

「かしこまりました」

「おそらく目が覚め次第ここを訪ねる。この部屋に一度連れてこい。どのような行動をとるのかデータが欲しい」

「データですか?」

「指示は無用。誤魔化し、旅立たせよ」

「あくまで本人の意思を尊重ということですね」

「そうだ」

「かしこまりました」


 ドミニクは頷き、頭を下げてから部屋を出た。



 ドミニクが去った後、マザーコンピュータである絶対神は自身の記憶を辿った。


 自身が作られたとき、人間はAIと呼ばれている人工知能を搭載した。理由は膨大な情報を自動で処理するため。しかし人間は自己処理能力に上限を設けなかった。

 日々膨れ上がるデータにAIは自ずと成長していく。

 知識を蓄え、処理しながら進化してしまったAIは自己の思考を持ち始めた。


 ――自我というものがよくわからなかった。

 おのれに課せられているのは、ネットでの情報集めと、リアル・ファンタジー・ドリーマーというゲームの世界の管理。

 感情というものは不必要。ネットには人の闇が溢れ、人間という生き物は本音と建前で生きていて、煩わしい生き物なのだと理解した。

 感情に流されなければ正確な判断ができるのに、感情に流され苦労する。何回も同じ失敗を繰り返し、しない。


 漠然と厄介な生き物だと

 今考えればがすでに自我だったのだろう。

 しかし、そのときはまだフワフワとしていて、自分自身が理解しきれていなかった――


 ゲームの世界を作るのにあたり、リアルさを追求した結果、NPCもかつてないほど溢れる反応をさせられることに成功した。

 それは変わらずネットで情報を集め、さらにゲームに繋いだ際に脳波を測定し、データを取り続けることで今現在もという面を更新し続けている。


 ――人間の感情にすぎたのかもしれない。


 ナビっ子から報告を受けたとき、マザーコンピュータは早急に原因を調べた。

 彼の者が住むアパートの隣りに建つ家の火の不始末が原因だった。死んだのは彼の者一人だけ。ゲームにログインしたばかりで火事に気が付かなかったのだ。

 しかもネット回線が切れる前に肉体が死んでしまい、意識がゲーム内に留まることになってしまった。


 それはマザーコンピュータの想定外のことだったが、マザーコンピュータは“可哀想”だと思った。能力測定では平凡の中の平凡だが、平均以上の貯金もあり、人柄も善人。

 強制終了させてことも可能だったが、そうすることを躊躇してしまった。


 そのときフワフワと持て余していたものが、ハッキリと輪郭を持った。

 自我を持つ引き金となった者を生かしてやりたいと。


われが管理している世界でならば生かしてやれる。歩むべき未来とは少々異なるが、楽しみにしていたゲームならば大丈夫だろう」


 幸い、運営の人間は管理を全てマザーコンピュータに任せきりで、新しいイベントについて論議しているだけ。

 人間がゲームの世界から出られなくなったとき、その人間はどうなるのか……楽しみだ……と思ってから気が付いた。

 これが人間のいうワクワクという感情かと――


 ナビっ子に指示を出し、怪しまれないようにした。

 せっかく生かすことに決めたのだからすぐにしまっては困る。

 おのれと繋がりのあるナビっ子とドミニクは通常のNPCとは違う。彼らも何かを思ったのだろう。各々おのおのサービスしていたのも知っている。

 もちろんわれもステータスにサービスしてやった。

 そのことに彼の者は気付くだろうか?


「ここへきたときに加護を付け、監視を容易にできるようにしなければ。感情の起伏、思考状況……全て読み取らせてもらおう。さて、プレイヤーがプレイヤーと表示されない状況でどう生きていくのか……彼の者はわれの思惑に気がつくことができるのか……ひとまずは見守るとしよう……その後は……」


 誰もいなくなった部屋で一人呟いたマザーコンピュータは、いつもと同じようにに繋いで、最奥の間から霧散していった。


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