第8話 閑話:リアル




 とある住宅街。

 ほとんどの人が寝静まっている丑三つ時に、その場所は喧騒に包まれていた。


「どなたかいらっしゃいますかー!?」

「ここは危険です! 避難してくださーい!」

「放水急げー! 上からだ上ー!」


 火事に駆けつけた消防士は懸命に救助と消火活動に走り回っている。


「ヤバくない?」

「あっちの家が火元らしいよ」

「こんな夜中とかほとんど寝てるでしょ」

「助けを求めてた人は全員救助されたって」

「マジか……」

「火、全然消えないね」


 野次馬に集まった近所の人たちの中で、若者が好き勝手話している間にも火は激しさを増して燃え続けた。




 翌朝、とある家の電話が鳴っている。


――――プルルル、プルルル


「はい。もしもし」

「もしもし。そちら――さんのお宅でよろしいでしょうか?」


 電話をかけてきた人物は、電話に出た人物の苗字の家か確認された。


「はい」

「こちら――警察署です。――――という方の御家族様でいらっしゃいますでしょうか?」

「はい……息子ですけど……」

「――――さんのアパートが火事に巻き込まれて部屋で寝ていた方がお亡くなりになりました。――さんの御家族様のご確認をお願いいたします」

「え……」


 電話を受け取った人物は受話器から聞こえてきた衝撃の事実を上手く飲み込めず、受話器を落としそうになった。チカラが入らなくなったため、しゃがみこんでしまう。

 受話器からは「もしもし」との声が聞こえている。


「どうした?」

「あ、あなた……。――が火災に巻き込まれて死んだって」

「なんだと? 貸せ」


 自分の奥さんである人物のただらなぬ様子に受話器を奪い、受話器から聞こえてくる「もしもし」という言葉に返事をした。


「もしもし、すみません。代わりました」

「――警察署です。――さんと思われる方が火災に巻き込まれてお亡くなりになりました。つきましては、御家族様に本人確認をお願いいたします。住所は――――――」

「わ、わかりました。すぐに向かいます」


 家主は近くに住むもう一人の息子にも有給を取らせ、呼び出した。




「兄貴……」

「なんでこんな……」

「これはどういうことだ?」

「消防が鎮火したときにはこうなっていたようです」


 職員が遺体の不可思議な状況を説明した。

 遺体は黒焦げなのに頭部にヘルメットのようなものを被っていて、そこだけ異様だったのだ。


「これ流行りのVRMMOだろ? ヘッドギア付けたままだから火事に気付かなかったのかよ……バカだろ……」

「ご遺体に癒着しており、着脱してしまうと損壊する恐れがあるため、御家族様に確認してからと思いまして外しておりません。どうなさいますか?」

「取るのに失敗したら?」

「大変申し上げにくいのですが、首と胴が離れるかと」

「首がもげるってことか……」


 遺体のヌシを兄貴と呼ぶ青年の言葉に、夫婦は息を飲んだ。


「そんなっ! そんなひどいことできないわっ!」

「そうだな……このまま火葬だな」


 泣き叫ぶように女性が叫び、その女性を支えながら男性が苦渋の表情で判断を下した。


「ご本人と確認していただいたということでよろしいでしょうか?」

「はい。認めたくはありませんが……ヘルメットから見える顔は息子ですから……」


 ヘルメットに守られていたからか頭だけは焼けておらず、煤は付いているもののただ眠っているように見える。

 男性が目を伏せながら職員に伝えると、書類があるのでと退室を促された。

 提出しなければいけない書類があり、引き取りはまた後日となった。



 弟である青年は家を出て近くで一人暮らしをしていたが、両親の憔悴具合に自分も一緒に実家に帰ってきた。


「バカだろ……休みがねぇってボヤいてたじゃねぇか……なんであのゲームなんかやってんだよ……」


 もう二度と帰って来ない兄を想い、兄の部屋で弟は一人呟いた。



 その日の夜、家族である三人は夢を見た。

 変わり果てた姿になってしまったハズの人物が、ゲームのような世界でピンクのツインテールのゴリマッチョに抱きつかれてお尻を撫でられていた。

 自分達の記憶にある姿形とは違っているのに、なぜかその人物が自分達の家族であると理解できた。


 父は思う……親不孝者め、と。

 母は思う……そっちに行ってしまったのね、と。

 弟は思う……こっちは大変だったんだぞ、と。


 眠る前までは悲しみに打ちひしがれていたのに、三人は苦笑いをこぼし、呆れと、もう二度と会えないという悲しみと、楽しそうな姿の安堵と、ゴチャゴチャの感情に呑み込まれた。


 目が覚めたときにはきっと、三人は悲しみはあるが、ちゃんと未来に歩んで行けるだろう。

 ――眠っているのに微笑んでいるのだから。

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