本山らのの引退

キム

本山らのの引退

『それでは皆様、今まで暖かいご声援……本当に、ありがとうございました!!』


 配信画面ではいつも通り笑顔で狐耳をひょこひょこと動かしてはいるが、声が湿っているのはこの配信を見ている誰もが分かることだろう。


 ――本山らのの引退。


 活動を始めた当時に彼女がTwitterでつぶやいていた通り、それは彼女の就職と大学の卒業をきっかけに訪れた。

 そして彼女が望んでいた第二、第三の本山らのが誕生することもなかった。事実上の『本山らのの引退』である。


 数年に渡り彼女を応援してきた私は、いずれ来るであろうこの日のために、心の準備だけはしていた。せめて最後ぐらいは感謝の気持ちを伝えて華やかに終わろう。そう決めていたのだ。

 しかし、今が本山らのに感謝の気持ちを伝える最後の機会だというのに、私は止め処なく溢れ続ける涙でまともに画面を見ることができず 、ただただむせび泣いていた。


『私は今日を持ちまして引退しますが、当チャンネルと本山のTwtitterアカウントはそのまま残しておきますので! どうぞ皆様、私が今まで薦めた作品を手に取って楽しんでいただければと思います!』


 それは、彼女を愛してきたらの担リスナーへの彼女なりの気遣いだったのかもしれない。彼女がいなくなった後も、彼女のことを感じられる場所を残しておいてくれるのは本当にありがたいことだ。


『ではでは、さよならの~』


 そして定番の挨拶をして、彼女の最後の配信は幕を閉じた。



「……終わっちゃった」

 配信を見終えた私は放心状態となり、しばらく動けずにいた。

 長い間私の心を支えてくれた推しの引退は、とてもじゃないが直ぐに立ち直れるものではない。

 私は座っている椅子の背もたれに頭を乗せ、そのまま頭を左に傾ける。

 視線の先には、本棚から溢れんばかりのライトノベルが並べられていた。

 いや、溢れんばかりというよりも、実際に

 本棚から収まりきることのできない本たちが、床に積み上がっている。


(こんな状態をらのちゃんに見られたら、きっと叱られてしまうな)


 もう居なくなってしまった彼女のことを想い、私は沈んだ気分に渇を入れて立ち上がる。

 床に散らばる本を拾い上げ、乱雑に本が詰められている本棚を整理し、本を詰めていく。そうして綺麗に納まった本の背表紙を改めて眺める。


「これは、紹介動画の一つ目で紹介した作品」

「これは、夏に読むならお薦めと言っていた作品」

「これは、紹介動画はないけれどTwitterでとても面白いとつぶやいていたから気になって買った作品」


 この本棚にはライトノベル本山らのとの思い出がたくさん詰まっている。

 一冊一冊を棚から抜き取って表紙を見ると、彼女が投稿した紹介動画やTwitterでつぶやいていた感想などが自然と蘇ってくる。

 ここにある本だけではない。電子書籍として買った作品もたくさんある。何度も読み返した作品もあれば、買って積んだままの作品もある。

 ……いつか、いつかちゃんと読もう。うん。


 私は彼女が紹介した作品の中でも、特に気に入っている一冊を本棚から取り出して、彼女が残してくれた紹介動画を再生する。


『おはらの! 本山らのです。本日ご紹介する作品はこちら!』


 動画の中の本山らのが、私が手に持つ本を紹介する。

 この動画を見て読んでみたいと思った数年前が、つい昨日のように感じた。

 動画の短さも彼女の動画の魅力の一つだろう。動画は五分ぐらいで終わった。

 そして私は最初の一ページを捲る。これを読むのも、もう何度目になるかわからない。


 ――本山らのの引退。


 本山らのはもういない。だが、彼女が薦めてくれた作品が、教えてくれたライトノベルの楽しさが、ここには残り続けている。

 私と本山らのとの繋がりは、私がライトノベルを読み続ける限り途絶えることはないだろう。

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