エルフィルド編 - Mirage Egoism

序 我がまぼろしの影

 この生は、一人の人間のささやかな慈悲によって許されたものである。

 物心つくと同時に、それを理解させられた。


 妾腹めかけばら。庶子。私生児。過ちの子。薄暗い屋敷には、少女を責め立てる言葉が飛び交う。誰もが目を背け見ないふりをする。

 頭を撫でられたことも、抱きしめられたことも、愛を認められたことも、ない。


 血が繋がっているという父は無関心を貫き、兄姉たちもそれに倣う。

 少女を産んだという母は肥え立ちが悪くすぐに死んだ。名前すら分からない。


 そんな少女が、屋敷の隅で、しかし「ランバルド伯爵家の子供」として留め置かれているのは、ひとえに本妻の慈悲だった。

 本妻は、少女を痛めつけはしない。その代わり、愛しもしない。

 少女に与えられるのは、ランバルド家の人間を名乗るにふさわしい教育であり、少女は厳しい課題を必死にこなしていく。ランバルド家の子として認められれば、きっと愛してもらえると、そんな夢を見て。

 そうして、10歳の誕生日を迎えた、その日。


「王立院に入れてください」


 はじめて、少女は意思を示した。


「奥様にご満足いただける結果を残してみせます」


 ですからどうか。

 その暁には、この身を愛していただけませんか。

 あなたを母と呼ぶことを、許していただけませんか。

 抱きしめて、よくやったと、お言葉をいただきたいのです。


「分かりました。あなたを、として立てましょう。今日からあなたは、ランバルド家の名を背負うもの。恥ずかしくない成果を残しなさい」


 庶子を継嗣として認めるのは、前例がない。

 それは、少女が挑んできた中でも最も厳しい課題の報酬に相応しい。


(ああ、でも、奥様。立場や権威が欲しいわけではないのです、)


 少女が求めるのは、ひとえに、真心あいだけ。


(けれど、それがあなたの望みなら)


 偽りの性も、名も、授かりものだと享受しよう。

 そこに、少女である自分は、いらない。

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