その芽を摘む

 シヴェリスはあまり自分の髪が好きではなかった。


 子供の頃、真白い髪は年寄りみたいだと散々からかわれたし、ついでに言えば青灰色ブルーグレーの目も好まれなかった。

 大人になり、過去のことは大抵水に流せるようになった後も、なんとなく肯定的になれず、せめて髪が短く視界に入ることもなければ意識する必要もなければマシだったのにと思っている。


 シヴェリスの髪は腰近くまである。髪を多少なり整えることは許されているが、ばっさり短くすることは止められていた。育ての家、エーレンハウト家にである。

 髪には魔力が宿る。養母はシヴェリスの持ち前の良質な魔力を惜しんで、髪を伸ばすよう言いつけた。


 魔法使いとして万一に備えることと、自身の感情を優先させることを比べ、シヴェリスは仕方なく前者を選び続けている。


「先生の髪、いいなあ。さらさらで艶があって、綺麗で」


 それは、シヴェリスにとっては聞き慣れた美辞麗句だった。ゆえに大して気にも止めずに生返事を返した。


「でもこんなに長いと邪魔じゃない? 切っちゃえばいいのに」


 彼女が他人と違ったのは、その一点。

 ただ単に興味の質が他とは違っただけに過ぎないのだが、シヴェリスが日頃抱えている鬱屈さに共感する者は彼女が初めてだった。

 エーレンハウト家の継嗣という地位、恵まれた環境、良質な魔力——羨まれることはあっても、窮屈そうだと、思っても口にする者は殆どいなかったのである。


 まして、切ってしまえ、などと。


「切るのはダメ? じゃあ、編んであげる!」


 少女はシヴェリスの返事も聞かず、鞄の中から身繕い道具を次々と取り出す。おしゃれというものに敏感な年頃ゆえだろうか、髪を結ぶだけの行為にやけに気合が入っていた。


 少女の名前はイヴェッタ。教師として赴任したばかりのシヴェリスの、はじめての教え子だった。


 イヴェッタはシヴェリスによく懐いていた。最年長で歳が近いということもあり、二人は周囲から兄妹のように見られていた。

 しかし勿論、教師と教え子という関係が崩れることはなかった。イヴェッタはともかくシヴェリスはわきまえてきたし、聖職である身分に誇りを持っていた。そんなシヴェリスの矜持きょうじを尊重して、周囲は何も言わなかった。


 けれど、言ってくれていたら、と思う。

 エーレンハウト、お前は一人の生徒に入れ込み過ぎている。

 誰かがそう言ってくれていたら。


 誰にも気づかれることなく、愛しく思う気持ちが種となって、冬を越え、春に芽吹いて。

 そして、降りしきる雨の日に、その芽を摘んだ。


 ——誰にも、気づかれることなく。




 人はそれを恋と呼ぶ。

 だが、恋と呼ぶにはあまりにもつたなかったように思う。


 生みの親から引き離され、愛情を知らずに育った人間が、まがりなりにも好いた相手を、しかし選ぶことができずに、ただ感情に蓋をすることでにするしかなかった、そのあまりにも不器用な末路を。


 それでも、確かに恋だったと言うのなら。


 誰かを愛する気持ちまで見て見ぬ振りをし続けることには、ならなかっただろうに。

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