恋と呼んではならない
前提にリッター先生との会話があります。読んでないと分かりにくいかも。
✥ ✥ ✥
「エーレンハウト先生、」
雨降る午後、リナリアを活けた花瓶の水を取り替えていると、通りがかった同僚に声をかけられた。
「最近、よく彼女の話をされていますけど」
「? すまない、誰だろうか」
花瓶を伝う水を拭き取り、元の位置に戻す。
必要がなければ他人と会話することは少ないだけに、話題に上がる人物は印象に残るのだろうか。しかしこれといって相手に心当たりがなく、首を傾げて尋ねると、歯切れの悪い返事があった。
「ほら……、あの、タンタシオンですよ」
その名前を聞いた瞬間、どくん、と心臓が脈打った。
『いち生徒と随分親しげなようだな』
リッター・オルデン。彼との会話が脳裏によぎったのは、若い教師に忠告を与えたばかりだったからか。
停止した思考がゆるゆると回転を再開する。
「指導も結構頻繁ですよね? 報告も毎回しないといけないし、」
気づいてはならない。
「……手に余るようなら先輩に相談するとかした方がいいんじゃないかなって」
確信してはならない。
「それにほら、あんまり関わって先生まで陰口を叩かれるようになったら嫌じゃないですか」
『勘違いじゃないんですよ』
「——そうだな」
勘違いじゃない。
「……先生? どうかされました?」
言葉少なに俯く様子が気になったのか、顔を覗き込まれる。それに、なんとか苦笑を返した。
「大丈夫だ。近々相談する。気にかけてくれてありがとう」
予鈴が鳴る。次の授業があるという同僚と別れ、シヴェリスはひとり、教員室に取り残された。
雨音が静かに耳を打つ。
6年前のあの日も、こんな雨の日だった。
『シヴェリス先生』
勘違いではないと言った、後輩の横顔を思い出す。
『人はどこまでも、自分には逆らえないようですね』
教え子に想いを寄せていると吐露した彼に、自分は、なんと答えたのだったか。
「訂正しよう、リッター・オルデン。まったく——その通りだとな」
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