シヴェリス編 - Gardenia Oath

夕暮れキャンディ

 同僚から「指導を要する生徒がいるから見てやってほしい」と聞いて来てみれば、机に向かって反省文を書かされている見慣れた少女の姿が目に入った。


「また君か、タンタシオン……私は進路指導担当で生徒指導担当ではないのだが……今度は何をやらかした?」

「やらかしてないわよ! 休み時間にだけ」

「ああ、だいたいわかった。悪童め」


 “ラヴリ”・タンタシオン——は通り名である。彼女の素行がその名を形作っている。おそらく十代の青少年が想像できる悦楽たのしいことを全て知る少女だ。それを不純だという者もいるし、ふしだらと罵る者もある。


 アルヴィラッツ王立院の教師シヴェリス・エーレンハウトは、素行不良の彼女を指導する立場だ。彼女の言動を、シヴェリス自身がどう思っているかに関わらず——他の生徒の秩序正しい学園生活が脅かされぬよう、努めなければならない。


 ただ、そういう仕事ほど骨の折れるものはないのだ。


 説教、という気にはなれず、向かいに椅子を引いて日誌を広げる。日は落ち、は終わっている。いわゆる残業だ。


「書きあがったら声をかけろ」

「テキトー! そんなんでいいの?」

「その分も君が真面目にやればいい」

「それサボリって言わない?」

「言わない。ここにいる間は教師だが、私の業務時間は終了している。それとも私の小言を延々と聞いていたいのかね」


 いいから手を動かせ、と促す。ラヴリはつまらなそうに手元の用紙を見た後、手の中でくるくると器用にペンを回した。手を動かせってそういうことじゃない。睨み付けると、ラヴリは心底嫌そうな顔をした。


「ねえ、先生って童貞?」

「それを知ってどうするんだ」


 ラヴリの素っ頓狂な質問にも慣れたもので、ペンを走らせたまま聞き返す。


「業務時間外なんでしょ。あんたは嫌いだけど甘くて気持ちいいのは好き。中途半端で終わったから物足りないの」


 よし、黙らせよう。耳障りというほどではないがあまりに生産性がない。シヴェリスは腰を浮かせると、ずいとラヴリに顔を近づける。


「なに、」

「口を開けろ、タンタシオン」

「……ふーん?」


 だと思ったのか、ラヴリは目を細めてシヴェリスを見た後、素直に唇を薄く開いて目を閉じる。

 そこに、シヴェリスは懐から取り出した飴玉をねじ込んだ。


「ふぁ!? ……ふぁにこれ」

「飴だ」


 それは分かるわよと言いたげなラヴリの視線を無視して、再び席に着く。


「舐め終わるまでに書き終わらなければ家庭科学部の新作を食してもらう」

「はぁ!?」


 殺す気ねとおののきつつもラヴリも文章を綴り始める。身の危険を感じているからかなかなかの速度だ。口の中に飴玉が入っていることもあって無駄口を叩くこともない。


 ペンだけが紙面を走る心地よい音だけが、夕暮れの教室に響いていた。

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