ルネリィ編 - Ars Ex Magica
少女の劇場
魔法大国エレンシアは、魔法使いと騎士による邪竜討伐の救国伝承を持つ。魔法使いの祝福の祈りと騎士の希望の光が闇を払ったという、色褪せてもなお語り継がれる英雄譚——エレンシア王国の人々は彼らを忘れないよう、魔法使いと騎士を養成する学園を作った。
アルヴィラッツ王立院では、生徒たちは〈見習い魔法使い〉、〈見習い騎士〉として修行を積み、魔法使いは騎士と、騎士は魔法使いと契約し伝承を再現する。そして邪竜の復活に備えているのである。
もっとも、邪竜との決戦から五百年が経った今、邪竜は復活するどころかその気配すらない。エレンシア王国は平和そのものである。どちらかといえば、近隣諸国でくすぶりつつある戦争の火種のほうが人々の関心ごとであろう。それについても、今はまだ大勢には影響がない。
だから、これからひとりの少女の話をしよう。
✥ ✥ ✥
ルネリィ・アルテレシアは見習い魔法使いである。
ルネリィ・アルテレシアは王立院アルヴィラッツに通う生徒である。
ルネリィ・アルテレシアは気弱で引っ込み思案である。
ルネリィ・アルテレシアは——
「このままいけば落第だ」
呆れ返った声がする。予想はしていたものの残酷な宣告に、ルネリィは固まった。
それは、六月のこと。始業式を終えたその足で、ルネリィは進路指導室に呼び出されていた。
眼鏡の奥の青い瞳が厳しく光る。ルネリィはアルヴィラッツ王立院に入学して2年目になるが、この魔法薬学の担当教師、シヴェリス・エーレンハウトが笑ったところを見たことがない。
「一年目から留年は厳しかろうという判断で君は進級を果たした。しかし前年度のような出席率、成績では……進級は厳しいぞ」
ルネリィは呼吸をしようとして失敗した。じわりと目頭が熱くなり、あっと思った時にはぽろりと涙が溢れる。ルネリィにはもはや涙で見えていないが、それにシヴェリスは瞠目した。
「アルテレシア嬢。泣くほどのことじゃない。君がこれから授業にきちんと出て勉強すればいいというだけの話だ」
——それが出来ないんです、先生。
ルネリィは止まらない涙をぬぐい続けながら、弱々しく首を振る。
ルネリィ・アルテレシアは極度の人見知りである。
教室に入ることさえままならず、講義を欠席してしまう。成績は当然最下位を記録するし、2年生だというのにルネリィのことを知っている生徒は一握りで、友人と呼べるものは皆無だ。
ルネリィ・アルテレシアはいつも泣いている。
とめどなく溢れるそれは、ままならない自分への諦めや失望からくるものだ。うまく笑えない自分。うまく誤魔化せない自分。期待に応えられない自分。そのすべてが、ルネリィを
そんなルネリィにも、唯一自由になれる場所がある。
ルネリィが入学した年に廃部になった演劇部だが、ルネリィを唯一の部員として、再び部活動として復活した。部室は小さく、準備室を借りているものの、小さな教壇と暗幕、そして観客席に椅子を並べれば立派な舞台だ。
ルネリィはひとりきりの部室を訪れると、明かりをつけ、舞台に上がる。
——大丈夫よルネリィ。舞台の上なら自由になれる。
怖いことがあった時、悲しいことがあった時、ルネリィはいつも「堂々とはきはきとした理想の自分」を思い浮かべる——のではなく、犬や猫、鳥や、街角ですれ違う人々を演じる。
すうと息を吸い込む。泣きはらした目が再び開かれると、臆病な色は消え、ただまっすぐにそこにある風景を見つめる。
それは、ルネリィ自身も気づいていない魔法の才能だ。自身の魂を別のものにすり替え、錬磨する、今は封印された魔法。その代償も知らぬまま、少女は呪文を唱える。
「さあ、これが僕の劇場だ」
少女は魂に魔法をかける。
喪われし〈
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