第5話

「おや、今日も自主練ですか。テスト期間なのに、随分と悠長ですねえ」

「ッ!」

 部活停止から一週間が経った放課後。突然掛けられた声に驚いて、シュートモーションに入ろうとしていた私はバランスを崩して床に倒れ込んだ。刹那、私の手を離れたボールは、天井に歪んだ弧を描くと、ゴールリングを二周してネットを潜り抜ける。

「…珍しいですね。得意であるはずのOF…しかもフェイダウェイで体勢を崩すなんて…。まあ、それでもシュートは決めるのですから、流石と言うべきでしょうか」

「…汰月」

 振り返れば、そこに立っていたのは、ニヤニヤと笑みを浮かべたあの可愛げの無い後輩の姿だった。私が立ち上がるのを見届けると、彼は

「今、やる事無いですよね?テスト期間なのにバスケしてるあたり」

と、いつも通り憎まれ口を叩いて真っ直ぐ私を見据える。

「零音先輩」

「…何」

「…率直に訊きます。水鏡さんは…零音先輩の何なんですか?」

「…は?」

「零音先輩は、桐崎さんと付き合ってるんですよね!?なら…何であんなに水鏡さんと親しげなんですか!?」

「…それを汰月が知って、何になるの?」

「…ッ」



 冷ややかな私の言葉に一瞬だけ目を伏せると、汰月は


「そんなの…決まってるじゃないですか。…俺が零音先輩を好きだから」


と口を開いた。




「ッ!」

「…中二の夏、全中の準決勝で零音先輩のプレーを見た時から…ずっと零音先輩が好きでした。そっからはただひたすらバスケに打ち込んで、桜楼から推薦貰って…ここに来ました。零音先輩と、同じ学校でプレーする為に」

 目の前の少年は、時折表情を歪ませながら途切れ途切れに言葉を紡いだ。窓ガラスが隔てていたはずの曇天は、いつの間にか雨天に変わっていたようで、小雨の降る心地良い音が二人きりの体育館を包み込む。

「零音先輩に憧れて、零音先輩に近付きたくて…。全中後はポジションをSGに変えて、ひたすら技術を磨いて来ました。…零音先輩に認められたくて、地区総体のスタメン入りも果たしました。周りの評価とか名声とか…そんなものはどうでも良いんです。俺はただ、零音先輩に振り向いて貰えれば」

「汰月…」

「なのに…!零音先輩は桐崎さんと水鏡さんの事ばっかりで…!どうして俺を見てくれないんですか!?そんなにあの二人が良いんですか!?」

「…そんなの決まってるでしょ。私が付き合ってるのは碧だから。碧以外なんて、絶対に考えられないから。…それにね、水鏡みかがみは…悠也ゆうや君は、私の幼馴染なんだ。物心ついた頃から一緒にコートを駆けて、毎日バスケに明け暮れて…互いの技術を研鑽し合った。…もう、一緒にいる事は出来ないけど…それでも彼は、私の大切な存在」

「なら…」

「それでもね、やっぱり私には碧しか有り得ないの。桜楼に来てからずっと独りだった私に、碧は手を差し伸べてくれた。…碧が、私に『二人』の温かさを教えてくれた。だから…私は、碧から離れたりなんてしないよ。碧は私の恩人だから。碧がいてくれたからこそ、今の私が在るから。…それに、そんな建前以前にも…」




「自分でも怖いくらい、私は碧が好きだから」

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