第4話

「零音」

「…碧……?」

「まだ残ってたのかよ。…もう学校閉まるだろ、行くぞ」

「…ん。すぐ片付けるから待ってて」

 汰月が去ってから、どのくらい経っていたのだろうか。開け放たれた鉄扉の側に茶髪の男の姿が見えて、ボールを籠に投げ入れた私は彼の元へと駆け寄った。

 桐埼きりさきあおい。男バスの主将を務めるPGで、私の恋人。

「碧、今日は早く上がったんじゃないの?」

「泪衣に呼ばれてたんだよ。弓道部の引継ぎが大変だからって、データの処理とか手伝ってくれって。…一つ上の代は四人しかいなかったって話だから、今年とは比にならないくらい楽だったんだろうな」

 碧の親友でもある弓道部主将…東条泪衣さんの姿を思い浮かべて、私は小さく笑みを零した。去年の冬…全国大会に出場した彼は、古豪である桜楼を率いて、見事団体戦で準優勝を果たしたらしい。

 そんな私の横で、リングピアスを弄っていた碧が突如「そうだ、零音」と思い出したように口を開いた。

「零音さ、最近水鏡と話すようになったじゃん?去年とか口も利いてなかったのに」

「…ッ」

 突如挙がったその名前に、私の方は分かりやすく揺れた。

 遠い昔…親の都合で離れ離れになって、昨年再会を果たした幼馴染。…そんな彼を突き放したのは私なのに、少なからず動揺してしまう自分もいて。

「…うん。今年は同じクラスになったから…ね」

「それに関係してるか知らねえけどよ、最近鷲尾が水鏡に絡むようになったんだよ。いや、絡むっつーか、何て言うか…当たり強い?って感じ。確かにアイツは昔PFだったし、元とは言え同じポジションの水鏡に敵対心を抱くのは納得だけど…」「え…碧、汰月のポジションってSGじゃないの?」

「今はな。でも、二年前の全中を境にSGに転身してる。それまではPFとして名の知れたプレーヤーだったから、アイツの転身は結構有名な話だったはずなんだけど…知らなかったのか?」

 訝し気に眉を寄せた碧に、私は黙って首を振って見せた。

「私ね、去年初めて汰月の事を知ったの。ほら、碧が話してくれたでしょ?『今一番期待されてるSG』って。…それまではずっと、周りが見えてなかったから、さ」

「…そうだとは思ったけどよ。そういえばアイツ、去年の春時点で桜楼への入学を希望してたらしいぞ。なかなか珍しいよな。確かアイツ、去年のウィンターカップ優勝校からも推薦来てたって噂だったのに…」

「…もしかしたら、悠也く…水鏡に対抗したって事?」

「可能性として否定は出来ないだろ。まだ鷲尾がPFだった頃に、当時同じ学校だった水鏡が全中準優勝に貢献したからな。ちょうどその年の全中開催地が宮城だったから、鷲尾達はその枠で出場したはずだ」

 隣を歩く碧は、わずかに表情を歪ませながら、吐き捨てるように言葉を紡いだ。磨かれたように滑らかな双眸は、その奥に何かを滾らせているようにも見えて…。

 隣に並ぶリングピアスが、照明を反射して微かに揺れた。

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