その6 復讐 1

『クランク・アップだ』と、本田俊介から連絡があったのは、それから2日後の事だった。


 彼が宿舎に使っているホテル(赤坂の某高級ホテルだ)に着くと、すでに彼は支度を整えて待っていた。


 念のためにということで、俺が荷物を改めさせてくれと言うと、彼はにやりと笑い、


『僕が何か物騒なものでも持っていると疑いましたか?』と言った。


 俺はもちろんいいえと答えたが、万が一と言うこともある。


 探偵はお巡りじゃないから、相手が拒否をすればそれ以上無理強いはできない。 しかし俊介はあっさり荷物を全部見せてくれた。


 俺は一つ一つ丹念に点検をしたものの、怪しいと思えるものはどこにもなかった。


 一応納得した俺達は、彼が呼んでいたタクシーで東京駅に向かう。


 午前十時発、博多行き、『のぞみ』である。


 驚くなよ。しかもグリーン車だ。


 何しろハリウッドの国際スター様がご一緒と来てるからな。


 こんな時でもないと、文無しの私立探偵は贅沢も出来ない。


 幸い、今日は平日だ。


 車内は俺達以外、2~3組が乗っているだけで、殆ど貸し切り状態だ。


 俺達二人は名古屋につくまで、一言も口を聞かなかった。


 俊介はずっと目をつぶり、腕を胸の前で組んでいる。

 何を考えているか分からない。


 俺は、といえば座席を思い切り後ろに倒して、短い贅沢を満喫していた。


 2時間と少しで、『のぞみ』は名古屋駅に滑り込んだ。


 そこでJRの在来線に乗り換え、K市へと向かった。


 前もって連絡をしておいたので、K市中央駅の改札口に、小林直子の実弟である、茂氏が迎えに来てくれていた。


  彼は今日もわざわざ俊介氏のために仕事を休んでくれたのだという。


『わざわざ遠いところからいらしてくださったんですから』彼は俺と俊介にそう言って何度も頭を下げた。


 彼が自家用車を出してくれ、ハンドルを握って、


『特別養護老人ホーム・あかつき荘』へと向かった。


 あかつき荘は、木立に囲まれた、割といい環境の中に建てられている。


 入所者は全部で80人。


 建物は3階建てで、症状が重い人が最上階で、小林直子は、

『重くはないが、軽くもない』


 といったところなので、中間、つまりは2階に入所していた。


 茂氏が玄関近くの受付で案内を乞うと、事務係の職員が出て来て、


『ちょっとお待ちください』といって、二階の係に連絡を取ってくれた。

 

 すると、フロアの手前にあったエレベーターが開き、水色のポロシャツにジャージ姿の、アンパンのような丸い、人の好さそうな顔をした女性が降りて来てくれた。


 彼女は『いつもどうも』と、丁寧に茂氏に頭を下げ、それから俺たちの方を見て、驚いたような表情をした。


 俺はともかく、何しろ今日は有名な俳優がいるのだ。


 驚くなと言う方が無理と言うものだろう。


 彼女は俺達を先にエレベーターに乗せ、まず『2』のボタンを押してから、


 操作パネルのボタンをランダムに押した。


 俊介がいぶかしそうな眼差しをむけると、


『あれはパスワードなんですよ。』と、俺より先に茂氏が説明をしてくれた。


 認知症のある入所者には、徘徊はいかいの症状が出る人がいて、そういう場合、エレベーターを勝手に操作し、外に出て行ってしまうという例が時たまある。


 それを防ぐために、週に一度パスワードを変えて、それを押さないとドアが開閉しないし、エレベーターそのものが動かないようになっているのだそうだ。


 程なく、エレベーターは2階に停止し、女性職員の指がまた操作パネルの上で動き、ドアが開いた。


『ここはこの間教えたでしょ?』


 ドアが開くと殆ど同時だった。


 鋭い女性の叱責する声が俺たちの耳に届いてきた。


 




 





 


 


 















 

 


 


 


 


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