その5 彼女(先生)について 2

『それで・・・・逢えたんですか?』

 

 本田俊介は俺の方にかすような目線を送った。



 俺が呼び出されたのは某大手撮影所のスタジオで、報告書を渡したいと事務所に電話をかけたところ、

『某大手映画会社のスタジオで撮影中だから、そこまで来てくれ』と言われ、わずかな休憩時間にようやく会うことが出来た。


 撮影所は調布の少し外れにあった。


 今時これだけ広大なスタジオがあるのは、都内でもここくらいのものだ。


 受付には俺の名前は通してあったんだろう。


 五月蠅うるさいことも言われず黙って中に入れてくれ、そのまま警備員が楽屋への行き方を教えてくれた。


 映画の撮影所なんてものに入ったのは、正確にはこれが初めてだった。


 まあ、想像していたのとあまり変わらなかった。


 本田俊介は日本映画界に於いては、新人みたいなものだが、そこはハリウッド帰りというハクが付いてるという訳である。

 そのため扱いはいい。


 楽屋もかつて映画産業華やかなりし頃に、

『準主役級』のスターさんが使っていた楽屋をあてがわれていた。


 現在撮影しているのはSF調の時代劇で、江戸時代にタイムスリップしてきた現代の武道家が、某大名家のお家騒動に巻き込まれて・・・・という、アクションが主体の娯楽作品だった。


 無論、主役は彼であり、カツラを脱いだだけの空手衣姿で俺を迎えてくれた。


 一方が六~七畳敷きの座敷になっていて、疲れた時に横になるようになっているんだろう。そして半分がリノリウム敷きの洋間で、机と椅子、その向こうが鏡になっており、メイク道具が置いてあった。


 俊介は部屋にいた付け人にコーヒーを持ってくるように頼んだ。


 俺は黙ってファイルに綴じた報告書を出し、彼の前に置き、


『逢えました』とだけ答えた。


 付け人がコーヒーを持ってくる。彼は『しばらく席を外しておいてくれ』といい、また二人きりになると、ファイルを開いて目を通し始めた。


『アルツハイマー型認知・・・・症?』


『そうです』


『症状は?』


『身近な人の名前を思い出せないとか、食事をしたことを忘れるとか、今のところはその程度で、日常の動作はごく普通に出来るようです。』


『僕のことは?』


 彼は報告書をテーブルの上に置いてたずねた。


『一応聞いてみましたがね。まったく覚えていないようです。ただ、自分が教師をしていたという記憶だけは辛うじてあるらしく、同じ入所者の人や、介護士が分からない字なんかがあると、彼女に聞きに来ていて、明確に答えていましたよ』


 彼はため息をつき、コーヒーのカップに手をつけ、しばらく黙って何かを考えこんでいたが、やがて意を決したように、


『僕、逢いにゆきます。撮影はもうあと2~3カットが残っているだけですから、これが終わったら少し休暇が貰えるんで』


『じゃ、私もご一緒します。』


折角せっかくですが、それだけは御遠慮願います。ここから先は僕自身の問題ですから』


『いや、そういう訳にはゆきませんな』俺はポケットからシナモンスティックを取り出して口に咥えた。


『私は卑しくも探偵です。探偵業法第七条には「私立探偵は以下の依頼を受けてはならない」とあり、その中に「違法行為のほう助にあたる依頼」があります』


『僕が何かに危害を加えるとでも?』


『平たくいえば、そうです。』


『・・・・』


 彼はしばらく押し黙っていたが、やがて口元に微笑みを浮かべ、


『分かりました・・・・一緒に来てください』と、絞り出すような口調で言った。












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