その4 彼女(先生)について 1

 結局、俺はこの依頼を引き受けた。


 まずは名古屋に飛び、彼の卒業した中学について調べた。


 学校に行くのは好きじゃないが、まあ、金のためだ。



小林直子は当然ながらもういない。

 彼女は15年勤務して、その後県内の別の学校に転出していったそうだ。


 幸いにも、元教え子の一人が理科の教師として赴任していたので、彼から話を聞けた。


 学校の教師にしては愛想のいい、意外と物の分かった人物で、俺が探偵だと名乗っても、さほど警戒もせずに校内に入れてくれ、聞き込みに応じてくれた。


『小林先生、ですか・・・・ええ、確かに厳しかったですよ。ついてこれない生徒は特にね。私もどちらかというと、あまり成績のいい方じゃなかったので、随分びしびしやられました。でも、決して悪い先生ではなかったですがね』


 彼は校庭の見える屋上の手すりに寄りかかりながら、そう話してくれた。


『それで、小林先生は今どこに?』


『4~5年前まで年賀状のやりとりをしていたもので、住所は知ってるんですが・・・・』彼はそう言って、上着の内ポケットから手帳を取り出して頁を繰った。


『ああ、そうそう、住所は県内のK市ですね。名古屋から電車を使って1時間ばかりのところですよ』


 俺は彼が読み上げてくれた住所をメモし、礼を言った。


『この学校も以前ほど受験に関してうるさくはいわなくなりましてね。いじめだって他校程ひどくはないですよ。全くないとは言い切れませんが』


 俺が校門を出る時、最後に彼はそう付け加えた。


 確かにまあ、他の学校に比べると、学校の雰囲気も悪くないように俺には見えた。


(でも、やっぱり学校は苦手だな)


 俺は腹の中でそうつぶやいた。




いぬい・・・・宗十郎そうじゅうろう、探偵さんですか?』


 彼は俺の提示したライセンスとバッジを見て、ちょっと考え込む風をしてから、


『まあ、どうぞ』と、


 俺を招き入れてくれた。


 ここは愛知県のK市内から、ほんの少し離れた住宅地だ。


 元々は田園地帯だったのだが、昨今は田畑もすっかり少なくなり、マンションや一戸建てが立ち並んでいる。


 居間に通された俺が待っていると、先ほどの男性・・・・小林直子の弟なのだそうだ・・・・がお茶を淹れて戻ってくる。


『今日は私は有給を取ったんですが、生憎家内が外出してまして、何もなくて恐縮です』と、俺の前に湯呑みだけを置いた。


『姉は独身でしてね。両親が早くに亡くなったものですから、歳の離れた私の面倒を、ずっと一人で見てくれたんです。確かに気難しいところもありますが、いい姉ですよ。』


 自分を大学に出し、結婚するまで、ずっとこの家で一緒に暮らしていたのだという。


『で、お姉さんは今どこに?』


『市内にある特別養護老人ホームです』


 なるほど、そういうことだったか。


『相当にお悪いんですか?』


『いえ、足が少し不自由なことを除けば、今のところ他は大抵生活してます。ただ、私も家内も仕事を持ってますし、家で面倒を見るのはちょっと手間がかかるものですから、と医師から伝えられた時に、自分の意思で「入りたい」と申しましてね』


 彼はちらりと時計を見て、


『ちょうどいい時間です。今から見舞いに行こうと思ってたんです。よろしかったら・・・・』


『構いませんか?』


『構いませんよ。私が一緒ならトラブルも起こらないでしょう』








 

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