彼らの会合

 「ボス、着きました」秘書が浮遊板フローティングボードを降下させた。アキユキは「おう」と答え、クッションを支えに胡座あぐらの状態から立ち上がった。ついでに、軽く膝の辺りのしわを伸ばす。浮遊板フローティングボードを収納している秘書に向かって、「別に走ってくりゃ良いんだけどな、これくらいの距離」と苦笑した。秘書は真顔を崩さず「そういう訳にはまいりません。リーダーには、舐められないためのポーズも重要ですから」とにべもない。

 アキユキは肩をすくめ、せめてもの抗議とばかりに「兎と豹の血が泣くぜ、こんなちんたらしたもんに頼ってたらよ」とその場で足を強く踏みならした。秘書はその艶やかな黄色と黒の耳をひくり、と震わせ「わたくしを相手に威嚇スタンピングしても無駄ですよ」と犬歯を覗かせて笑った。


 「薬屋の。着いたなら遊んでないで早く入りな」と構内専用通信機インターフォンからあきれたような老爺の声が響いた。二人は顔を見合わせ、そそくさと会議所に入っていった。


 酒屋、大工、呉服屋、問屋、樽屋、薬屋アキユキ情報屋ハロディに、聖職者。この地域の自治を守る面子――街衆――が顔を揃えた。「さて」と、今回の議長である酒屋――先ほど構内専用通信機インターフォン越しに声をかけてきた老爺――が口を開いた。「定例会を始めようじゃないか」ぐるり、と一座を見渡して言った。人を使うのに慣れた者特有の、明瞭でよく響く声だ。


 「その前に、良いか」アキユキがそのバリトンを響かせた。「おう、薬屋の。どうした」酒屋が鷹揚に頷いた。「うちのモンが居なくなった。ここに来てる奴は皆見たことがあるだろうが、ワタライってだ」ぎらり、とアキユキの目が光る。ざわり、一座から動揺の声が上がった。「昨日の夜中に見たのが最後だ。自分から出て行ったようだが、相当慌てていた形跡が残っていた。何か知っている奴がいたら、教えてもらいたい」


 水を打ったように静まりかえる室内に、とん、と指でテーブルを叩く音が響いた。音の主は、焦げ茶の髪をシニヨンにして、黒いハイネックのタイトワンピースに身を包んだ女性だ。背後には女性秘書を従えている。


 「皆さんから特に情報提供がないようなら、先に会議を済ませてしまいませんか?その後なら、うちでお役に立てるか考えましょう」情報屋ハロディの提案に、固まっていた酒屋が慌てて頷いた。「薬屋の、心配だとは思うが先に議題を進めるぞ。ここに来るまで動かなかったってことは、緊急性はまだないんだろ」心配半分、安堵半分といったしわがれ声に、アキユキは軽く顎を引いて同意を示した。


 その後の会議は、定期報告に終始した。その平和さがアキユキを苛立たせた。


 会議終了後、街衆は口々に見舞いの言葉をかけながら去って行った。それを半分聞き流し、つかつかとハロディに近付くアキユキ。「ハロディ、何か耳に入ってるんだろ。何でも良い、教えてくれ」書類を秘書に手渡していたハロディは、ゆるり、と視線を動かした。「ドクトル・アキユキ。私も遠出からこの会議所に直行したのです。まずは戻って、お調べしないことにはなんとも」小首をかしげて困ったように眉を下げるハロディに、アキユキの苛立ちは頂点に達した。


 「ご託は良いんだよ、どうせ俺がお前のシマで嗅ぎ回ってたことは耳に入ってるんだろうが。お前の気分を害したなら詫びは入れるが、お前んとこは不審な動きが多すぎるんだよ」黙って聞いていたハロディの眉間に、かすかにしわが寄った。「ドクトル、仰ることが分かりかねます」アキユキは「はっ」と鼻で嗤う。続けざまに「仰ることが分かりかねますは良いじゃねぇか。その調子だと、お前のシマで暴れた連中が失踪していることや、妙な薬の噂も分かりかねるんだろうなぁ?」と低くすごんだ。


 その顔を暫し眺めていたハロディは、ぷっと小さく吹き出した。そのまま答えるでもなく、くすくすと笑い続けるハロディ。彼女の肩を掴むアキユキ。それぞれの秘書が慌てて止めに入るが、がっちりと食い込んだアキユキの手が外れることはなかった。「あぁ、可笑しい。ねぇ、ドクトル。まず、『失踪』した人なんていないんですよ?聖職者ファーザーの所でアルコール中毒の治療を受けているだけ。退院した後も、うちのお店の辺りには来させませんよ。それも治療の一貫ですもの。あの更正プログラムには、ドクトルの所が一番深く関わっているはずですけど?」と、にっこりと笑う。


 一息ついてから「それと」と続ける。「妙な薬ってなんです?妙って言えば、貴方の所に入荷される食料品の方がよっぽど妙じゃないですか?いつから兎の主食が笹や甘藷さつまいもになったのかしらね?」ちらり、とアキユキの秘書に目をやり、「あぁ、豹も笹を食べるんだったかしら?勉強不足で知らなかったわ」と笑みを深める。アキユキの怒りを反映して、手に更に力がこもる。ハロディはにんまりと笑いつつ掴まれている部分をゼリー状に変化させ、ぬるり、と脱出した。


 「ドクトルは頭に血が上っているようね?スライムと言えど、レディの肩を変形するまで掴むなんて、お医者様のなさる事じゃなくってよ。冷静になってから出直して頂戴」そう言い捨てて、ひらひらと手を振って出て行くハロディ。


 その背中を睨みながら、アキユキは「聞いたな」と秘書に確認した。秘書は「は、確かに」と頷いた。「あいつ、ワタライの正体に気がついてやがる。今回の事にも、無関係じゃねぇ」そう呟くアキユキの声が、会議所の空気をかすかに震わせた。

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